第四話 のろいいし 5




 


 蘇芳は、祖父の様子がおかしいことに気付いた。


「おじい?」


 蘇芳の言葉にも反応せず、祖父はぶつぶつ呟きながら石を撫で回していた。


「また、呪いとかやっとんちゃうやろな!」


 舌打ちして石を取り上げるが、そこには何も書かれていなかった。


「……おじい?」


 静かな表情の祖父に寒気を覚え、蘇芳は屈んで視線を合わせる。濁った目が、孫を射る。


「復讐じゃ。双神に復讐するぞ」


「――やめとけ」


「できる。今なら、できる」


 祖父の声は狂気を帯びてはいたが、ひどく冷静だった。


「双神に手を出すな。俺らに返ってくるだけや。大体、青葉たちはようしてくれとるやろ。村八分に遭わんの、誰のおかげやと思っとる」


 長内は呪われた家。そのため村八分の対象となりかけたこともあるが、双神が今まで通り接してくれているから、村人は長内をそういう対象として見ないのだ。


「双神が、わしらによくするのは当然じゃ。長内がおらんかったら、双神は続かんかった。わしらが、双神を守ってたけん」


「今更、言うてもしゃあないやろ。呪いを浴びたんやけん、俺らはもう元に戻れん」


 蘇芳の諦めたような口調に、祖父は憤りを露わにして立ち上がった。


「長内を継ぐ奴が、そいなこと言っとってどないする!」


 お前のせいで更に呪いを浴びたんやけんしゃあないやろ、と言いかけて、蘇芳は口をつぐむ。


「まあ、どうせあんたにはもう何の力もないけん、心配はしとらんけど……もう一度言う。双神に手を出すなや」


 蘇芳が最後に告げると、祖父は返事もせずに部屋から出ていってしまった。


 祖父は、なぜか強い霊力を持って生まれた。もちろん双神の巫女たちに比べれば相当に劣るが、人を呪うくらいの力は持ち合わせていた。


 しかし祖父の霊力は、双神を呪った罰として先代の巫女――青葉の祖母によって封じられた。まだ霊や神を見る力はあるらしいが、もう呪うことはできないはずだ。


 だから安心して良いとは思いながらも、蘇芳は不安を隠せないでいた。


 祖父の霊力が強いのは、双神の血が濃く出たためだと本人は言う。しかし蘇芳は、血の濁りが生み出したものだと思っていた。


(おじいは、歪んどる……)





 


 青葉は、レポート用紙を前に苦悩していた。


「あと七枚……って書けるわけないやろ!」


『頑張れ頑張れ』


 双つ神は、呑気に応援している。


 もうすぐ夏休みだが、その前には怒涛のレポート課題とテストが待っている。


「あああ、明日提出やのに」


『ちゃんと、前もってやっとかんけん悪いんじゃぞ』


 青葉の横から、カザヒがレポートを覗き込む。


『青葉は、ぱそこん使わんのか?』


「俺は、パソコンと相性悪いんよ。誰かさんのせいで」


 誰かさん、とは当の双つ神のことなのだが、本人たちは気付いていないらしく、きょとんとしている。


「あんたらがパソコンに近付いたら、壊れるやろ」


 なぜかは知らないがパソコンと神は相性が悪いらしく、双つ神が近付くとすぐに壊れてしまった。そのため、以前快くパソコンを買ってきてくれた父には悪いことをしたと思っている。


 そのため、双神家にはパソコンも携帯電話もない。不便といえば不便だが、壊れるのだから仕方がない。青葉はいつも、レポートを手書きで書いた後、学校のパソコン室にあるパソコンで打ち込み、仕上げることにしていた。


 パソコンはともかく、スマホを持っていないと言ったら大学の友人に化石扱いされるのが、青葉の悩みの種であった。


「だけん、パソコンでレポートしとる小町には近付いたらいかんよ。わかった?」


『ほう。それで、お前とこまっちゃんは別々の部屋で〝れぽーと〟しとるんじゃな。なるほどなるほど』


『納得納得』


 カザヒとミナツチは謎が解けたのが嬉しいようで、しきりに頷いていた。


「そういうことや。でも、もう小町はレポート全部終わってテスト勉強しとるけん。邪魔したらいかんよ?」


『はいはい』


 カザヒとミナツチは同時に返事をする。


「あと、俺のことも邪魔せんとって。つまり、ちょっと黙っといて」


 青葉に言われ、カザヒとミナツチは口をつぐんだが、しばらくして、ヨイヨイ踊り出す。


「やかましわ!」


『何も言っとらんじゃろ。踊っとるだけじゃ。なー、ミナツチ』


『んだなー』


「ああもう!」


 青葉はため息をついて、立ち上がった。双つ神も、当然のごとく付いていく。


 向かったのは、小町の部屋だった。


「小町」


「青葉? 入って良いわよ」


 呼びかけて返事が返ってきたので、青葉は襖を開けた。


 小町はペンを握ったまま、顔を上げた。


「どうかした?」


「お願いがあるんや!」


 青葉は突然、手を合わせる。


「何?」


「神さんたちと、ちょっと遊んだってくれへん? レポート書きたいのに、集中できんくて……」


『何じゃ。わしらを邪魔者みたいに』


『んだ』


 カザヒとミナツチは不満そうだ。


「もちろん良いわよ。ちょうど、勉強もひと段落付いたところだし。さあカザヒさん、ミナツチさん。お話ししましょう」


『はーい』


 カザヒとミナツチは元気な返事をして、あっという間に青葉から離れてしまった。


「現金なんやけん……。小町、ありがとな」


「いえいえ。レポート頑張ってね」


 小町の応援に「ありがと」と手を振り、青葉は小町の部屋を出た。


 階段を下りていると、電話の鳴る音が聞こえた。慌てて電話まで走り、取る。


「はい、双神です」


『青葉か?』


 蘇芳の声だった。


「蘇芳か。どしたん?」


『まあ、用ってほどでもないんやけど。ちょっと気になることがあってな』


「気になること?」


 青葉は、眉をひそめた。


『おじいが、相も変わらず双神を呪う呪う言うてるんやけど、様子が変なんや。えらい、自信持っとるっていうかな』


「自信、なあ」


『俺の勘違いやったらええけど……』


「いや、蘇芳。念のため俺がまた、じいさんとこ訪ねるけん。明日でええか?」


 青葉の返事に、蘇芳は安心したようだった。


『ああ、もちろん明日でええよ。すまんな』


「そっちこそ、知らせてくれてありがとな」


『ああ。また明日』


 電話が切れてからも、青葉はしばらく考え込んでいた。


 まさか封印が破られたのだろうか。いやしかし、双神最強の巫女と言われた祖母の封印が、そう簡単に破られるはずはない。


 されど、妙に胸が騒いだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る