読切集
柳花翠且
クリーニング・ザ・ヴィラ
「別荘長い間ほったらかしにしてるから掃除に行きたいんだけど」
休日、遅めに起きた矢先にいきなり言われた。
別荘?
「うん、そろそろ掃除に行かないと埃もいっぱい溜まってるだろうし、そう言えば布団とかも敷きっぱなしだった気がするのよ」
僕の返答に気にもせず普通に話し続ける。
「庭の草刈りもしないといけないしとにかく早く出る準備をしてほしいの」
頭の寝癖を掻きながらふと横を見ると僕によく似た顔の小さな女の子もパジャマから服に着替えてもう準備万端といった装いだ。
とにかく僕は妻に急かされるままに顔を洗い歯を磨き洋服に着替えた。
「準備できた?さあ出ましょう」
妻は何かと急いでいる様子だ。
それもそのはず、まあ向こうでもやることがいろいろおありなのだろう。
家から歩いて5分ほど行ったところにレンタカー屋がある。
我が家にはマイカーがないので遠出する時には専らこの店で車を借りるのである。
レンタカーの台数も多いのでいつも予約せずに行くのだがこの日はなんと全車両貸出中で借りることができないと言うのだ。
「えぇ!そんな!」
妻は大慌てだ。
最近は車を持たない家庭も増えてきているんだもんな、これからはこういう事態も予測しないといけないよなあ、なんて考えていると
「バイクならありますよ?」
「バイク?」
「ええ、バイクなら在庫ありますのでどうですか?」
「分かったわ、ちょっと寒いけどバイクで行く」
こんな冬空の下、なんとバイクで別荘まで行くことに。
そこまでして掃除に行きたいのかよ、勘弁してくれよ。
そんなことを思いながら後ろに妻と娘を乗せバイクを走らた。
険しい山道を上り下りし、1時間半ほど走らせた先に別荘はあった。
「あー寒かった、とりあえず私は家の中を一通り掃除するからあなたは庭の草刈りしててくれる?」
え、寒いのに。
「で、草刈り終わったらこの子と遊んであげて」
ふぅ、妻のマシンガントークにはいつも参ってしまう。
しかしここで意見をして怒られるのも億劫なので妻に従うことにする。
気温は5℃。
僕は軽快に草刈り機を使い、庭を綺麗にしていく。
ギィーンと草を刈るものすごい音が耳を劈く。
耳栓持ってくればよかったな、なんて思っている内に草刈りは終了。
妻の様子を見に別荘の中に入る。
妻は布団を押し入れの中にしまっているところだった。
「終わったの?なら美央のこと見ててほしい」
もうすぐ3歳になる娘の美央。
自分にそっくりなところがなんとも愛おしい。
美央と元気いっぱい遊んでいたがそろそろ疲れてきた。
時間もどれくらい経ったのだろうか。
もうそろそろ終わらせて帰ったほうがいいんじゃないかな。
妻がいない。
別荘の中を見回しても妻の気配がないのだ。
おーい、どこいったー!そろそろ帰るぞー!
返事がない。
一生懸命掃除でもしているのだろうか。
あれ、美央もいない。
さっきまで一緒に遊んでいた美央がいなくなっているのだ。
え、外に行っちゃったのか、探しに行かなければ。
こんな山の中である。
3歳の女の子が遊べるような場所ではない。
別荘から出ると外はもう薄暗くなってきている。
おーい!美央ぉー!!
少し先に人影が見えた。
でも子供ではないことはこの距離からも分かる。
ん?こんなところに誰かな。
すいませーん、小さな女の子見ませんでしたか?
ってあれ?
なんでキミがこんなところに?
そこにいたのは自分が勤める会社の後輩社員だった。
「先輩、こんな暗い山の中で何してるんですか?」
それはこっちのセリフだよ。
「下山するバスがそこまで来てるんで行きましょう!」
いや、レンタルバイクで来たし、妻が別荘掃除してるし、娘の姿が見当たらないし。。。
「とにかくついて来てください!」
彼女は僕の腕を掴み駆け足で走り出した。
おい、ちょっと、待ってって!
彼女は無言。
なんでこんな女性一人も振り払えないんだ僕は。
「先輩、あそこです!あのバスに乗ってください」
確かにそこには観光バスが停まっていた。
いや、俺妻と娘と一緒に来てるんだよ。
「とにかく乗って!」
背中を押されバスの中へ。
何人かもうすでに座っている人がいた。
「先輩の席はここです、隣は私が座りますからね」
いや、ちょっと、状況が全く分からない。
「すいませーん、運転手さーん!出してくださーい!」
彼女の声でバスが動き出した。
いやちょっと待ってよ、キミいったい何なんだ?なんでこんなことするんだ?
「静かにして下さい」
彼女の顔は真顔だ。
バスは山を下っていく。
僕はこれまでのこととこれからのことを考えていた。
妻は怒っているだろうな。
みおはいったいどこに行ってしまったんだ。
レンタルバイクも返しに行かないと。
山道を抜けると明かりがパッと広がった。
イオンモールが見える。
麓まで下ってきたのだろう。
僕の家ももうすぐだ。
「先輩、私の胸に手を当てて下さい」
は?何言ってんの?そんな事出来るわけないだろう。
「はぁ、もうまったく。。。」
そう言うと彼女は僕の手を取り自分の胸に当てがった。
ちょ、キミ!やめなって!
「先輩!よく考えてください!」
よく考えないといけないのはキミのほうだろう!
「ちゃんと話を聞いて!」
いや、キミ!自分のしていることが分かっているのか?
「先輩、落ち着いて、自分のこと分かりますか?」
え?
「自分が何者か分かりますか?」
何言ってんの?
「落ち着いてよく考えてください。」
いや、ちょっと言ってる意味がよくわからないんだけど。
「んーじゃあ質問しますね。名前は?」
はい?
「先輩、自分の名前分かります?」
小嶋広之だ、なんだよキミはからかっているのか!
「職業は?」
キミと一緒の会社だよ!分かるだろう!
彼女は少し寂しそうな顔をした。
「今日は何をしてましたか?」
今日は朝から家族みんなでレンタルバイクを借りて別荘まで行って掃除してたんだよ!そして娘の美央がいなくなっちゃったから外に探しに出たらキミに連れられて今このバスの中!
「先輩。」
なんだよ。
「失礼なこと言いますけど」
なにがだよ。
「先輩、別荘なんか持ってないですよね?」
へ?いや、今行って来たし。
「先輩の娘さんの名前、美央ちゃんじゃないですよね」
は?何を言っているんだキミは!
「レンタルバイクで来たってバイクは3人乗れないでしょ?」
ん!!!????
「ってか先輩、バイクの免許持ってないし」
???????
「おかしいと思いません?」
ん、まあそう言われれば。。。
「先輩あのままだと危なかったですよ」
彼女はとても寂しそうな顔で続けた。
「でもよかった、なんとか間に合って」
そういうと彼女は少し微笑んだ。
僕は全く状況が飲み込めないままでいた。
「とりあえずこの手を離すと全部分かりますんで」
あ、そういえばまだ僕の手は彼女の胸に当てたままだった。
「先輩、ちなみに私、会社の後輩じゃないですからね」
そう言うと彼女は僕の手を自分の胸から離した。
「じゃあまた後で」
????
ふと気づくとそこは見慣れたベッドの上。
「あなた!いつまで寝てるの!」
そこには見慣れた顔が。
「あなた、私のこと分かる?」
えっと、、会社の後・・・
え?
違う。
彼女は僕の妻だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます