混乱



「襲われた!?」


 昨日、ランティーニ家からの帰り道に襲撃を受けたことを話すと、アンゼリカは目を見開いて驚きをあらわにした。




 あのあと……工房兼自宅に帰るまでの間に再び襲われることもなかったのだけど、警戒を解くことも出来なかった。

 だから昨日は結局、殆ど睡眠も取れず……



「それで、そんなに眠そうにしてるのね……」


「あふ……。そう……なのよ、流石に眠いわ……」


 あくびを噛み殺しながら答えると、アンゼリカは気の毒そうな表情になる。

 何とかランティーニ家にはやってきたのだけど、強烈な眠気が襲ってくるのは如何ともし難い。

 私もまだ若いから一日くらい徹夜しても大丈夫だけど、安心して眠れない状況が続くのは勘弁してほしいわね。

 睡眠不足は美容の天敵でもあるし……



「ミャーコがずっとお護り出来れば……ニャ」


 そんなふうに、申し訳なさそうにミャーコが言うけど。


「何言ってるの、あなたがいなかったらそもそも最初の襲撃のときに助からなかったわよ。護ってくれてありがとうね」


「うにゃ……」


 頭を撫でながらお礼を言うと、嬉しそうにはしてくれるけど、納得は出来ない様子。


 まあ、彼女の気持ちはとても嬉しいのだけど、こればかりはしょうがない。

 昨日の帰りもだいぶ遅くなってしまったし、実体化できる時間もギリギリだったから。

 実体化していた時間が長ければ長いほど、それだけ絵の中で休息する時間も必要になるのよね。



「でも……なんでマリカが襲われたの?」


「さぁ……分からないわ」


 明らかに私を狙った攻撃だったと思うのだけど、何故襲われたのかは皆目見当がつかない。


 ……いや、もしかしたら?



「う〜ん……そしたら、午前中はすこし休んだら?ウチなら警備もしっかりしてるから、安心して眠れると思うけど」


 と、アンゼリカが提案してくれる。

 私は最初、迷惑をかけるから……と、断ろうとしたのだけど。


「……そうさせてもらえるかしら?」


 少し思うところがあって、お言葉に甘えることにした。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 そうして、アンゼリカに案内されてやってきたのは、来客用の部屋の一つ。

 高位貴族の屋敷を訪問するような賓客が宿泊するのだから、その部屋も相当に広く快適そうな居住空間だった。



「ちょっと仮眠させてもらうだけなんだけど……こんな立派な部屋を使って良いのかしら?」


「あなただって良家のお嬢様なんだから、まさか使用人の部屋に案内するわけにもいかないでしょ」


 まあ、それはそうかもしれないけど……

 エルジュ家実家の自室もそれなりだから、慣れてないわけではないけど、どうにも私自身はあまり貴族子女って感覚を持っていないのよね。


 まあでも、彼女が言う通りね。

 ランティーニ家の体面もあるでしょうし、ありがたく使わせてもらいます。



「じゃあ、ゆっくり休んでね。お昼前には起こしに来るわ」


「うん、ありがとう」



 アンゼリカが客室から出て行き、客室は私だけとなる。



「ふぁ……もう、限界……おやすみなさい……」


 さっそく強い眠気が襲ってきて、私は早速ベッドに横になって目を閉じた。



 ………………


 …………


 ……




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 ギィィンッッ!!!



「っ!!??」


 金属同士が激しくぶつかる音に、私の意識は急速に浮上する!

 慌てて布団を払い除けてベッドから飛び起きる。

 そして、そこで私が見た光景は……



「フーーーッッ!!!!」


『ナンダ!!?コノ クロネコ ハ!!?』



 黒猫の姿のミャーコが全身の毛を激しく逆立てて、何者かを威嚇していた。

 その口には昨日も見た果物ナイフをくわえている。

 先程の金属音は、それで攻撃を防いでくれた音だったらしい。



 そして彼女と対峙するのは……



「あなたは……まさか、カルロさんっ!!?」


 カーテンで閉めきられ、明かりも消えた寝室は薄暗い。

 だから直ぐには分からなかったけど、そこにいたのはカルロさんだった。

 いったいなぜ彼が……?


 だが、よく目を凝らしてみれば、その顔は確かにカルロさんなんだけど……

 これまで見てきた穏やかな様子からは想像もつかないくらい、その表情は怒りで歪んでいた。

 目は血走り、ギリギリと音が聞こえてきそうなくらいに歯ぎしりする……それはまるで悪鬼のようだ。



「なんでカルロさんが……なんで私を襲うの!!?」


『ダマレッ!!シネッ!!コムスメ!!!』

 

 !!

 カルロさんの声じゃない……!!

 これはもしかして……何かに憑かれてるのっ!?



 と、カルロさんは手にしたナイフを振りかざし、私に向かってくる!!



「させないニャっ!!!」


 瞬時に黒猫から人間の姿になったミャーコが、私の前に飛び出して果物ナイフでカルロさんの攻撃を受け止めると、再び甲高い金属音が部屋の中に鳴り響いた。



『ジャマスルナ!!』


 そして二人の戦闘が始まろうとしたとき……



「お客様!!!何事ですか!!?」


 この場の騒ぎを聞きつけたのか、何人か客室に入っ来たようだ。

 たぶん入口で警戒にあたってくれていた、この屋敷の警備の人だろう。


 ミャーコと対峙していたカルロさんは、その音を聞きつけると、多勢に無勢と判断したらしく逃げの態勢に入る。

 カーテンの閉まった窓の方から飛び降りるつもり……?


 だけど、そう簡単には逃さないわよ!!



「【退魔エゾルチズモ】っ!!!」



 私は咄嗟に逃げるカルロさんの背中に向かって魔法を行使する。

 そして、私の手から放たれた鮮烈な青い光がカルロさんを捉えた。


 しかし……


「効かない!?」


 何か悪霊のようなものがカルロさんに憑いてると思って退魔エゾルチズモの魔法を使ったのだけど、全く効果が見られない。




「マスターを狙うやつは逃さないニャ!!!」


 一拍遅れて追跡していたミャーコが、猫のような俊敏さでカルロさんに肉薄し、果物ナイフを振るおうとするが……


「ミャーコ!!殺しちゃダメ!!!気絶させて!!」


 何者かに取り憑かれているだけなら、カルロさんの肉体を傷つけるのは不味い。

 そう思った私の声に反応して、ミャーコはナイフを止めて反対の拳で殴りかかる。


 しかし。


 ぱしっ、と軽い音を立ててあっさりと受け止めてしまう。


『ククク……ソノ テイドデ ワレヲ タオセルモノカ』




 ちょうどそのタイミングで、寝室に警備の人たちが入ってきた。


「お客様!!!ご無事ですか!?」


「これはどう言う状況ですか?……って、カルロ様!?」


「いったいどうされたのです!!?」


 状況が直ぐには飲み込めず警備の人たちは戸惑いの様子を見せたけど、明らかに様子がおかしいカルロさんを見て驚愕の声を上げる。



 そして、更に新たな来訪者が。


「マリカ!!大丈夫!!?……って、カルロ!!何をやってるの!!?」


 アンゼリカも騒ぎを聞きつけてやって来たみたいね。


 その場は更に混乱の度合いが増したけど……さあ、どうする?


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