家族
『われが振るうは神の御筆。其は理の色を宿し、生命を描き、世界を描き出さん……』
古代の言葉による
ただ単に色を塗り重ねるだけでは、魔法絵として復活させることはできない。
もともと描かれている術式に合わせて魔力の質を合わせ、定着させる必要がある。
それも傷んだ箇所だけでなく、絵画全体のバランスを考えなければならない。
色褪せていた『貴婦人』の絵は、私が塗り重ねていった部分から鮮やかさを取り戻していく。
古い作品というのは、それが積み重ねてきた歴史によって深みや味わいが生まれるものとは思うけど……魔法絵としての『命』を取り戻すためには生まれ変わらせる必要がある。
ここで朽ち果てるよりも、蘇って再び人々に感動を与えてほしい。
そう、願う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「すごい……あの絵が、こんなにも色鮮やかになるのね」
「これが描かれた当時は、多分こんな感じだったはずよ」
一〜二時間ほど修復作業に没頭して、流石に魔力がキツくなってきたので休憩しているところ。
修復作業の進捗は、1/10程度と言ったところかしら。
まだまだ完成にはほど遠いけど、これでも作業スピードはかなりの速さだ。
まだ修復範囲はそれほどではないものの、色鮮やかに蘇ったその部分を見てアンゼリカは感激している様子だった。
事前に説明はしていたけど、彼女はこの絵が好きだと言っていたから……修復によってイメージが変わってしまい、がっかりするかもしれない……なんて懸念していた。
でも、それは杞憂だったみたいね。
「マスター、お疲れ様ですニャ。お茶をどうぞ、ニャ」
「ありがとう。ふぅ……冷たくて美味しいわ」
ミャーコが冷たいお茶を渡してくれたので、それを頂く。
どうやらウチからティーセットを持ってきてくれてたみたい。
爽やかな香りとほどよい冷たさが、火照った身体に心地よい。
「ミャーコもお手伝いしてくれて疲れてるでしょう?アンゼリカも一緒に、お茶しましょう」
「ハイですニャ!」
「あら、ありがとう。頂くわね」
そうして魔力が回復するまでの間、しばしティータイムを楽しむことになった。
部屋の端に寄せてあったテーブルと椅子を引っ張り出し、即席のティールームにて会話が弾む。
アンゼリカから魔法絵師の事を聞かれたり、お母さんの事を聞かれたり……私も彼女に魔法学園の事を聞いたりした。
作業部屋の扉がノックされたのは、そんなふうに穏やかな時間を過ごしているときのことだった。
「失礼します」
入ってきたのはカルロさん。
どうやらアンゼリカに用事があるようだ。
「どうしたの、カルロ?」
「旦那様がお戻りになられました。もう少しでこちらにいらっしゃるかと思います。マリカ様にもご挨拶したいとの事でした」
「お父様が?こんな時間に……お仕事は大丈夫なのかしら?」
アンゼリカのお父さんか。
何かと仕事が忙しく不在がちとは聞いていたけど。
職場は王城で近場だとは思うけど、もう少ししたらお昼時のこの時間に帰宅というのは……確かに変な感じではあるわね。
と、それほど間を置かずに再び扉がノックされた。
「失礼するよ」
そう言って部屋に入ってきたのは、アンゼリカと同じような赤い髪に翠の瞳をした紳士。
歳は四十代前半くらいだろうか。
スマートで理知的な雰囲気のおじさまだ。
この人がランティーニ家の当主……アンゼリカのお父さんか。
「……おぉ!あなたがメイリュール様の娘さんか。作業中にすまないね。私はこの家の当主、ベルナルド・ローネ・ランティーニだ。いつも母上にはお世話になってるよ。よろしくたのむ」
こちらに歩み寄り握手を求めつつにこやかに挨拶をしてくれた。
「こちらこそ母がいつもお世話になってます。マリカ・エレデ・エルジュです。よろしくお願いしますね」
握手をしながら私も挨拶を返す。
お母さんの事を知っている相手なので、今回はフルネームを名乗った。
高位貴族の当主がやってくると聞いて緊張していたのだけど、穏やかで優しげな雰囲気に少し安心した。
「お父様、どうしてこんな時間に?お仕事は大丈夫なのですか?」
怪訝そうに尋ねるアンゼリカ。
どこか遠慮がちなのは、私がいるからかしら?
「うむ……仕事はまぁ、アルノルドに任せてきたから大丈夫だ。私も直ぐに戻るから心配ない」
アルノルドというのはアンゼリカのお兄さんの事だろう。
ちょっとバツが悪そうにしているのは、無理やり仕事を押し付けてきたのかも……
「『幽霊』騒動の原因が分かりそうだと聞いて、居ても立っても居られず……な。本当はもっと頻繁に戻って来たいのだが……お前ばかりに屋敷のことを任せてしまってすまない」
「い、いえ……お父様たちの仕事がお忙しいのは分かってますから。私の事は心配ありません」
そうは言うものの、アンゼリカは嬉しさを隠しきれない様子。
やっぱり、母親を早くに亡くして兄も父も仕事で不在がちだと、寂しかったんだよね……
お父さんもそんなアンゼリカを心配して、こうやって何とか時間を作って会いに来てくれるのだから……良い家族だと思った。
そうしてお父さんも一緒に少しだけティータイムを楽しんだあと、彼は慌ただしく仕事に戻っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「良かったわね、アンゼリカ」
「な、何を言って……べ、別にお父様が来たくらいで喜んでなんかいないわよ」
顔を赤くして目をそらしながらそんな事を言っても説得力がないわね。
私はそんな彼女を微笑ましく思い、思わずクスッと笑いがこぼれた。
「……もしかしたら、今回の『幽霊』騒動は、この『貴婦人』があなたを心配して、何とか出てこようとしたのかもしれないわね」
「そうかしら……そんな事がありえるの?」
「分からないけど……でも、もしそうだったら素敵じゃない?」
「……そうね」
そう言って彼女はじっと『貴婦人』の絵を見つめる。
母親の面影を重ねて思い出しながら、心のなかで会話をしているのかも知れない。
私はそんな彼女を、しばらくそっとしておくのだった。
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