ご令嬢は猫がお好き
「ミャーコ、これにそっちの試薬を垂らしてくれる」
「ハイですニャ」
私が採取した絵の具のかけらに、ミャーコが試薬を数滴垂らす。
もう何度も行われている、使われている絵の具の種類を確かめるための作業だ。
幸いにも、この絵に使用されている絵の具のほとんどは、私の手持ちにあるものであった。
足りないものも入手の目処はある。
まあ、これまでに確認した範囲では……なんだけど。
でも、もう『貴婦人』の絵は八割がた確認できているから、たぶん大丈夫でしょう。
希少なものや私が知らない未知の素材だったらどうしようかと思ってたので、まずは一安心ね。
あとは術式もかなり分かってきた。
最初の印象通り、これらの絵は守護を目的としたもの。
まだ具体的な機能までは分かってないけど、その点は間違いなさそう。
何回か休憩は取ったけど、時間も忘れるくらいに集中して……今日一日で調査は想定よりかなり進んだ。
『貴婦人』の分析ができれば、残る『紳士』『兄弟』の分析はもっと効率的に出来るはず。
調査だけで数日はかかると見込んでいたけど、この分だと早ければ明日には終わりそうね。
修復計画もそれによって見込みが立つでしょう。
「マスター、反応が現れましたニャ!ピカピカ点滅してるですニャ」
「ふむふむ、ルミネルヴァ溶液による三色の明滅反応……これも手持ちで調合出来そうね。よし、あともう少し。今日中に『貴婦人』の分析は終わらせてしまいましょう」
「ハイですニャ!」
作業部屋の窓から差し込む光はまだ明るいけど、もう少ししたらそれも赤く染まる。
日が完全に落ちる前には区切りの良いところまでは終わらせたい。
そして私とミャーコは、引き続き作業に没頭するのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「マリカ、ミャーコちゃん、お疲れ様」
窓の外に見える景色が赤く染まる頃になって、『貴婦人』の調査は一段落付いた。
そして、それを見計らったかのようにアンゼリカが作業部屋へとやって来て、ねぎらいの声をかけてくれる。
「どう?すごく集中して作業してたけど……」
「ええ。『貴婦人』の調査はほぼ終わったわ」
「もうそこまで……凄いわ、マリカ」
途中何度か様子を見に来てたのは分かったけど、私達が作業に集中してるのを見て、話しかけるのは遠慮してくれてたみたい。
そういうところ、アンゼリカはかなり気が利くと思う。
使用人とも良好な関係が築けてるみたいだし。
初めて会った時の印象よりも、気さくで人当たりのよい人物だということが分かった。
彼女とは出会ったばかりだけど、事件が解決したあとも友人として仲良く出来たら良いな……なんて思った。
「それで、この絵はどんな力を持ってるの?」
「三点揃って役目を果たすものだから、他の二つも調査しないと機能の断定はできないけど……何らかの守護の力を持っていることは分かったわ」
「守護の力……?」
「ええ。魔法絵の役目としては割とポピュラーなものの一つみたいなんだけど。家人を災厄から護るとか、もっと現実的には、侵入者を撃退するための存在を呼び出すとか。あとは……何か良くないものを封じている、とかね」
「ふぅん……『良くないもの』って?」
「それこそ悪霊とか強力な魔物とか……まぁ、かなり前から力は失われていたでしょうし、もしそんなモノを封じていたとしても、とっくの昔に解放されてると思うわ。でも、そんな話は特に伝わってないでしょう?」
「そうね……少なくとも私は聞いたことないわ。私が聞かされてないだけかもしれないけど」
どちらにせよ、これだけ大掛かりな魔法絵で何かを封じていたとしたら、そんな存在が解放されたら大騒ぎになるはず。
そんな話は私も聞いたことないし。
そうすると防犯目的が濃厚かしらね……
もしかしたらミャーコみたいに絵に書かれた人物が具現化したりするかも?
「まあ、とにかく。今日の調査はここまでかしらね。明日から残りの絵の調査に取り掛るわ」
「うん、お願いね。……あ、そうだ。夕食もウチで食べてく?二人分追加するくらいなら今からでも大丈夫だし」
と、アンゼリカがお昼ごはんに続いて、夕食も誘ってくれたけど……
「せっかくのお誘いだけど……ミャーコを休ませないといけないから、今日はこれで失礼させてもらうわ」
「そう、残念ね。たしかにミャーコちゃんも今日は疲れたでしょうしね。こんなに小さいのに、良く頑張ったわね」
「うニャ〜……ありがとうございますニャ」
アンゼリカがミャーコの頭を撫でながら労を労うと、彼女は目を細めて嬉しそうに応えた。
子供が好きなのか、獣人族が好きなのか……その両方かもしれない。
ちょうどミャーコの話になったので、私はここでタネ明かしすることにした。
「え〜と、確かに疲れたと思うけど。この子、そろそろ一旦『絵』に戻らないとだから」
「……へ?」
言葉の意味が分からなかったのか、アンゼリカはキョトンとする。
まあ、分からないよね。
「実はね、ミャーコは私が描いた魔法絵から生まれた存在なの」
「……え?」
ふむ、まだ理解が追いつかないみたいね。
「ミャーコ、猫の姿になってみてくれる?」
「はいニャ!」
と、私がお願いすると、ミャーコの全身が光に包まれて、見る見るうちに小さくなっていく。
光がおさまった時、そこには黒猫のミャーコが。
「えええええーーーっっ!?」
それを見たアンゼリカは目を大きく見開いて驚きの声を上げた。
そして、その後も興奮が冷めることはなく、ミャーコの事について色々質問された。
その間、ミャーコを抱き上げてしきりに可愛がっていたところをみると、彼女のことをますます気に入ったみたいね。
……というか、『うちの子にならない!?』とか誘ってた。
もちろん、お断りです!
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