私のイマジナリーフレンド

火属性のおむらいす

友人と疑問

『社会はいつだって忙しい。会社に学校、付き合い__誰もが今日やるべき事を果たす為、1分、1秒を無駄にしまいと必死に駆け回っている。自分が空っぽにならないように、目の前の「平穏」を守るために。

__しかし、そんな社会とは違う動きをする者も居た。

何の変哲もない、田舎町に住むただの学生である小川香おがわ かおるは、社会の流れなど気にもとめず、一日一日をただ「気分」だけで生きていた。やるべき事を考えず、全てを自らの気分に委ねて過ごす彼女は、誰よりも自由で、誰よりも無責任だと言えるだろう。学校も、宿題も、付き合いも考えず、今日やりたい事をただ成し遂げる。何もしたくない時は何もせず、かと思えば突然学校へ赴いたりもする。彼女の周りの人間は誰もが口を揃えて、「いつまでもそんな風に過ごしているとろくな大人になれないよ。」と言う。それでも彼女は、笑って答えるのだ。

「未来なんてどうでもいい。私は、今の幸せを大切にしたい」と。

なんとも無責任で、自由な彼女らしい考え方だ。しかし彼女はそうやって、今日も生きていく。本音をさらけ出し、否定も肯定も耳を貸さず、自由に、無責任に、我が道を進むのだ。』

        ❀.*・゚

そこまで書いて、私はペンを置いた。

ノートには下手くそな似顔絵と共に、『小川香』__私の「空想上の友人」の説明が書かれている。...何度見返しても、酷い生き方だ。無責任なのも、やるべき事から逃げているのも。私は普段ならこういう人間は嫌いだし、仲良くしたいとも思わない。

『やっほ〜、何?私の事書いてるの?照れるなぁ』

後ろから声がして振り向けば、不満そうな顔の小川香が立っていた。中途半端に伸びた髪に、だらしなくパーカーを着ている彼女の格好は、自身の性格をよく表しているように見えた。

彼女は何の連絡もなく、突然現れてはこうして私に話しかけてくる。部屋着のような格好のまま、周りの目も気にせずに。私は会う度に彼女に、もうちょっとちゃんとした格好をしたら?と言うけれど、聞いているのかいないのか、笑顔を浮かべたまま、いつも彼女は答えない。

...彼女の姿もまた私の空想で、本当は誰にも見えていないのだけれど。

「今日は遅かったね、香。」

『月が綺麗だったからね、ちょっと外を歩きたい気分だったんだ。』

私達の会話は、いつだって透明な言葉で紡がれる。私と香だけが聞き取れる、不思議な言葉。

香は、はいこれお土産と、私に透明な花を手渡した。冬の空のように青い、小さくて可憐な花。私がありがとう、と微笑むと、香は照れくさそうに笑って、私の髪に花を飾ってくれた。

『いいじゃん、似合ってるよ。』

香が笑う、つられて私も笑った。

ふと幸せだ、と思う。自由で気ままな、私と正反対な性格の彼女だけれど、私は何故かそんな彼女が大好きなのだ。

「ねぇ香、あのね__」

今日学校で起こった出来事を話そうとして、ふと自室の扉が開く音に我に返った。

「あら、お勉強?偉いわね。」

「お母さん。...うん、週末課題。早くやっておかないと気が済まなくて。」

「しっかりしているのね、凄いわ。終わったらリビングにいらっしゃい。ドーナツ買ってきたの。」

「ありがとう。楽しみ。」

「良かった。...じゃあ、また後でね。」

ぱたん、と扉が閉まる。私は母親に嘘をついた罪悪感に目を逸らしつつ、作った笑顔を消して、もう一度香に向き直った__が、もう彼女はどこかに行ってしまっていて、そこには誰もいなかった。

「香...」

ひとりぼっちの部屋に、私の透明な言葉だけが虚しく響く。今日は何も話せなかったな、と少し落ち込んでいると、今度は私の中に居る、表向きの「きちんとしたわたし」が話しかけてきた。

『お母さんにうそついちゃ駄目じゃない。』

空想そんなことばかりしてないで、早く課題を進めないと』

「きちんとしたわたし」の言葉は、いつも一方的で、私に反論の余地も与えない。

ひとつ、ため息をついて、私は机の隅に積み重なっている課題のひとつを手に取った。

「きちんとしたわたし」の言葉は正しいと思うし、きっと私は、やるべき事をきちんと果たさないと気が済まない性格だ。


...本当に、本当にそうなのだろうか?

ふと疑問が頭に浮かぶ。

私はそんな性格だったか?ならばどうしてすぐに課題をやらず香の事をノートに書いていたんだ?

__本当は、香が羨ましいんじゃないのか?

『何やってるの、ほら、早く課題やらないと。お母さんも待ってるよ。』

「ちゃんとしたわたし」が眉をひそめて私を急かす。私はそれに反抗もせず、思考を断ち切って、もう一度ペンを握る。香の事が書かれたノートを閉じて、課題の問題を開く。

...それでもなお、私の中の疑問は消えてくれなかった。

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