1.これからの事
グレゼリオン王国の最南端、リラーティナ領が領主の館。俺とヒカリは賢者の塔があったロギアから帰還して、真っ先にここへ訪れた。
当然、お嬢様ことフィルラーナ様への報告の為である。俺とヒカリは客間で、何があったのかを詳しくお嬢様へ話していた。
「……なるほど。取り敢えず、よくやったと言っておくわ。」
第一の感想がそれだった。兎に角ホッと胸をなでおろす。この結果は流石にお嬢様でも満足いくものだったらしい。
「話自体は最悪に近いものだけれど、アルスの責任ではないものね。成果としては十分なものだわ。」
ただ、と言葉を続ける。
「その転生者がどうのって話、もっと早くに聞きたかったわ。どうして黙っていたのかしら?」
鋭い視線が俺へと注がれる。弁論の余地もなく、完全に俺が悪い。それでも何とか罪を軽くしようと口を開こうとするが、お嬢様の目を見ると喉元から先に声が出ていかない。
結果、俺は情けなく視線を逸らす事しかできなかった。それを見てお嬢様は溜息を吐いた。
「いいわ、別に。この情報があって何かが変わるわけじゃないもの。ただ私が色々と納得するだけ。」
「……はい、すみません。」
「だから、謝るぐらいなら最初からしないでちょうだい。もうやってしまった事には胸を張りなさい。貴方、卑屈過ぎるのよ。」
そんな事を言われたって、これで開き直るのは流石にどうかと思うんだが。たまにお嬢様はとんでもない無茶を言ってくる。
「ああ、そうそう。貴方に暇を出す事にしたの。」
「――え?」
「シルード大陸の様子を見るついでに里帰りして来なさい。当分、私からも用事はないのだから。」
「……なんだ、そういう事ですか。」
びっくりした。辞めろ、って言われたのかと思った。言い方が紛らわしい、というかわざとやったに違いない。俺の心を弄んで楽しんでいるんだ。
それにしても里帰りか。今まで色々あって忘れていたが、もうシルード大陸から出て十年近く経っている。そろそろ顔を出しても良い頃だろう。
「ちなみにヒカリはお留守番よ。流石にシルードは危ないわ。」
「えぇ、今更じゃないッスか?」
「駄目よ。そうよね、アルス。」
お嬢様は俺へと視線を飛ばす。ヒカリも不満げにこっちを見ている。しかしこればかりは俺も賛成だった。
「お嬢様の言う通りだ。例えヒカリが今より何倍強くたって反対する。生まれ育った俺が言うのもなんだが、碌な環境じゃない。」
生活水準が低いのもそうだが、何よりいつ襲撃が来るか分からない。むしろ夜の方が都合の良い魔族は大勢いる。
いつ敵が攻めてくるか分からない場所だ。どんな強者であっても、そんな状況では心を擦り減らす。俺でさえ久しぶりに行くから少し怖いのだ。もう一人連れて行く余裕はない。
「それに、アルスには調査もしてもらうから。あそこには魔族が多いし、新しく現れた魔王軍と関係があってもおかしくないわ。」
「結局、仕事なんですね。」
「あら、不服かしら?」
そう言われて、そうだと言える奴がいるはずもない。今までに比べればずっと楽なのには違いないし、ありがたくこの暇を受け取っておこう。
「もちろん喜んで。」
「よろしい。安心なさい、暇が終われば直ぐに仕事があるわ。それもとびきりに大きな仕事が。」
全然嬉しくない。そりゃあ断りもしないし、必要ならどんなに大変な事でも俺はやる。しかし楽をしたいという気持ちに変わりはない。
言いはしないけど。
「ヒカリにも活躍の機会はあるわ。むしろ、これからヒカリが重要になってくる。」
「……ヒカリを戦わせるつもりですか?」
「ええ。それ程までに勇者の力には価値があるわ。悪いけど無駄にはできない。」
こればかりは簡単にイエスとは言えない。俺がどれだけぞんざいに扱われて構わないが、ヒカリは話が別だ。本来、この世界にいる事すらおかしい人なのだから。
俺は曲がりなりにも先輩として、ヒカリを五体満足で元の世界に戻す責任がある。いくらお嬢様とはいえ、これは譲れない。
「――先輩。」
口を開こうとした俺を制するように、ヒカリはそう言った。
「私、やるッス。このまま役立たずのまま終わる方が嫌ッスから。」
「それが、命をかける程の理由かよ。」
ヒカリは決して目を逸らさない。反対の姿勢こそ見せるが、残念ながら俺にヒカリは止められない。これは前世から同じだ。
最初は大人しかった気がしたんだが、気付けばあらゆる悪を許さない猟犬のようになっていた。俺が無駄だからやめろと言っても、異様に上手く立ち回って何故か部下からも上司からも愛されていたのも覚えている。しかしその為の苦労と賃金はどう考えても釣り合っていない。
それでもヒカリはやるのだ。自分の体が理論上可能であれば、それに必ず挑んで逃げない。不器用だけどそれがヒカリの長所だ。
「……仕方ない。ただ、無茶だけはするなよ。自分にできる限りの事だけをするんだ。」
「了解ッス!」
「本当に大丈夫かな……」
不安がぬぐえない。誰かのために大軍に一人で突っ込むとか、本当にやりそうで困るんだよな。いや、そうならないように俺が立ち回れば済む話かもな。
「話はもういいかしら。それなら今日はここまでにしましょう。二人とも疲れているでしょう?」
お嬢様はそう言って立ち上がる。すると間もなく、廊下から大きな足音が聞こえて来た。その足音の正体を俺は知っている。いや、あの人しかいない。
足音の主は走る勢いをそのままに、ノックもせず扉を開けた。
「おいアルス、貴様ぁ! 誰の許可を得て妹と――」
「うるさい。」
お嬢様の指先から放たれた岩を飛ばす魔法が、的確にその男の脳天へ直撃する。間違いなくお嬢様の兄であるノストラ・フォン・リラーティナである。不憫なのは相変わらずのようだ。
初めてノストラのこんな様子を見るヒカリは何が起こったか分からないようで困惑している。
「さあ、部屋へ案内するわ。ついてきて。」
その場で倒れ込むノストラの隣を通って、お嬢様は部屋を出た。俺も後で挨拶をしておこう、と思いながら部屋を出る。
ヒカリは最後まで悩んでいたが、倒れるノストラを部屋のソファまで運んでから部屋を出た。
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