43.勇者と魔王は対を成す
――かくしてロギア民主国家建国史上、最も大きな事件は終わりを迎えた。
賢神第一席にして精霊王であるレイ・アルカッセルは、巨大な茶色の水晶の中で封印されていた。今は安全な場所に移動させられ、保管されている。
一応、封印の解除も試みたそうだが上手くいっていない。元々封印術は使い手の少ない分野で、尚且つしかけた側が一方的に有利なものだ。解除の見込みは当分ないとされている。
それを実行したとされる犯人、ハデスは一夜明けた今でも発見されていない。様々な記録から、賢者の塔が破壊されやすいように細工していたと推測されており、彼を国際指名手配とする事が決定した。
動機も不明、いつから計画していたのかも不明。しかし彼の工房の中でレイが封印されていた事から、ハデスが裏切ったという事だけが確定している状態だ。
他に裏切り者がいないかどうかも含めて、賢神内でも調査が進められている。
オーディン・ウァクラートは現在、教会で治療を受けていた。心臓や肺の損傷が激しく、もはや生きているだけで奇跡という状態である。
今でも目覚めておらず、仮に意識が戻ったとしても、魔法使いの核となる心臓を失ったのだ。もう魔法使いとしては生きていけないと予想されている。
ハーヴァーン、アローニアは賢者の塔の防衛システム作成に追われている。次の侵攻に備える必要があるからだ。
アルドールは空間魔法を活かして復旧を手伝っており、彼のおかげでかなりの作業が進んだ。あと数日で帰るというのが惜しいぐらいだ。
ヴィリデニアはお国の人と話したり、賢神達へと指示をしたりと忙しなく働き続けている。恐らくこの復旧において一番苦労するのは彼女だろう。
さて、それではヒカリはというと――
『階段で転んで、頭をぶつけた? 本当に?』
『ハハハ、やっちゃったッス。』
『やっちゃったじゃねえよ。あんまり心配させないでくれ、頼むから。』
そんな会話をアルスとして、現在彼女も入院中である。オーディンの所に行っていてアルスはここにいないが、ヒカリにとってはそっちの方が都合が良かった。
魔王軍四天王であるフロガと遭遇した話は、アルスにはしていない。全てアローニア一人で追い払った事になっている。これ以上アルスの心労を増やしたくないという彼女なりの配慮だ。
長く話していればボロが出るかもしれないし、今だけは一人でいた方が都合が良い。
「……もっと、強くなりたいな。」
ここが生まれ故郷でなくたって、この世界には同じように助けられるべき良い人がいて、振り下ろされるべき正義がある。ヒカリにとってそれだけで戦う理由は十分だ。
強くなって沢山の人を助けたい。それがヒカリの、この世界での夢だ。
「――誰かを照らせる光であって欲しい。」
それは幼い頃、学校の課題か何かで聞いた自分の名前の由来。子供の時分には理解できなかったが、その意味が今ならよく分かる。
「お父さん、私異世界でも頑張るよ。異世界の人だって照らせるような、そんな光になるよ。」
その決意の声は彼女の父親に届く事は決してない。それでも、天野光という一人の人間にとっては大きな意味があった。
この星には五つの大陸が存在する。
穏やかな気候で暮らしやすく、数多なダンジョンという資源に溢れる地。大陸国家グレゼリオン。
寒冷地ではあるものの平地が多いため国を興しやすく、その分だけ争い、強大な一国が生まれやすい修羅の地。軍事大陸グラスパーナ。
砂漠地帯が多く発展途上の国が多いが、教会の聖地も多く、最も精霊が集まる地。精霊大陸ポーロル。
この世の法の中で生きられないものが辿り着く最後の地。無法大陸シルード。
そして最後が、人が生きることを諦めた地。環境大陸デルタ。
この世で唯一、文明が立ち入ることのできない陸地。そんなはずのデルタ大陸の中心に城があった。
赤と黒が目立つ不気味な城で、魔力によって無理矢理建てられたせいか不格好で歪んでいる。何よりこの危険な大陸で城が建っているという事が異様であった。
それは暗に、誰も攻め入る事ができないほどの強者がそこにいるという証明である。
「エダフォスが死んだか。」
玉座にて男がそう呟く。その姿は人に酷似しているが、細部が異なった。
白目と呼ばれるはずの部分が黒く染まり、その瞳は真っ赤に光っている。英雄の髪と呼ばれるその黒髪も、まるで髪の毛の一本一本が生きているかのように揺れ動いている。その口元の歯や手の爪は肉食獣のように鋭い。
この大きな城にいるのはこの一匹だけ。いつもはいるはずの魔物達も、賢者の塔へ侵攻する為に一度ここを離れていた。
「……ままならぬものだ。」
そうは言うものの彼の顔色には陰りがない。落胆もなく、後悔もなく、ただ思うようにいかなかったという事実だけを受け止めていた。
魔王とは強く賢いものだ。その強さ故に魔物たちは頭を垂れ、その賢さ故に王となる。
「その犠牲は無駄にしない。余が必ず、人を滅ぼそう。」
ただ無感情に魔王はそう言った。
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