27.避難と責務

 塔の至る所で戦いが起きていた。一体何が起きたのか、その全容は未だに掴めない。

 だが、まずは何よりも先にヒカリを安全な場所へ連れ出す必要があった。ヒカリはまだ俺の工房の中にいるはずである。平時であれば安全な場所だが、この状況で置いておくには心許ない。


「ヒカリ、いるか!?」


 俺は扉を壊れそうなぐらいに勢いよく開けて、中にいるだろうヒカリの姿を探した。想像より落ち着いた様子でヒカリは椅子に座っていた。


「お帰りなさい、先輩。私って逃げた方がいいッスかね?」

「まあその方がいいが……随分と落ち着いてるな。」

「流石に慣れてきたッスよ。それに状況を整理する時間もありましたから。」


 なるほど、確かにそうだな。こんな感じの出来事はヒカリにとって初めての事ではない。そうなると逆に申し訳ない気持ちになってくるが……今は緊急事態だし忘れよう。

 賢者の塔は下の方が重要な施設が多く、それを守る為の設備も多い。きっとここにいるよりもずっと安全だ。


「取り敢えず、転移魔法陣を使って2階に行こう。流石にあそこにはまだ魔物が来ていないはずだ。」


 ヒカリは頷いて俺の後ろについてくる。扉を開けると、数匹の魔物が空を飛んでいるのが見えた。ここに来るまでに何匹か撃ち落としたのだが、また湧いて出て来たらしい。

 しかし、どれも大した魔物ではない。全て片付けるのには骨が折れるだろうが、逆に言えばその程度だ。俺が戦う必要はないし今は急いで逃げるべきだ。


 俺はヒカリと一緒に街の中を走る。少し速めに走っているつもりだったのだが、平気な顔をしてヒカリは一緒に走っていた。かなり闘気が鍛えられている証拠だ。俺が見ていない間も、真面目に練習をしていたのだろう。

 前世からその性格は変わっていない。一度スイッチを入れればどこまでも突き詰めて、どこまでも高く飛ぶ。ああ、だからこそ、俺は前世で命をかけてまで助けようとしたのだ。

 ヒカリは帰るべきだ。こんな危険な世界じゃなくて、平和な世界でこそ輝けるはずだから。俺はその為に全力を尽くさなくちゃいけない。


「おお、アルスじゃねえか!」


 走っていると横から話しかけられる。レーツェルだ。彼もここで戦っていたらしく、付近には魔物の死骸が転がっている。


「悪いレーツェル、俺はヒカリを安全な場所に連れて行かなくちゃいけないんだ。戦いには参加できない。」

「いや、それはいい。それよりもミステアと会わなかったか?」


 会った覚えはない。仮にも冠位代理であるし、戦っている姿を見ればそれを見逃すはずもない。


「会っていないけど、それがどうかしたか?」

「どこで戦ってるのかちょっと気になってな。呼び止めて悪かった。気を付けて行けよ!」


 俺とヒカリは再び走り始めた。まだ横穴を開けられてから30分も経っていなかった。






 2階まで降りると、そこには想像通り色んな人が集まっていた。魔法使いだけでなく1階の受付の人や職員、それに国の兵士と思わしき人の姿もあった。怪我人も少しいて、ここで治療を受けているようだ。

 概ね、予想通りの状況だった。1階は誰でも入れてしまうから、籠城しやすいのは2階である。避難先として真っ先に思い当たる場所だろう。俺以外にもそういう考えの人は多かったみたいだ。


「ヒカリ、俺は上に行ってくる。ここで事態が収まるまで待っていてくれ。もし何かあれば連絡用の魔道具を使ってくれれば直ぐに向かう。」

「……分かりました。気をつけてくださいね。」


 俺は人ごみの中にヒカリを置いて、転移魔法陣の方へと向かう。

 ヒカリを置いていくのは少し不安だが、それでも俺は行かなくちゃいけない。それは賢神であるからには果たさなければならない責務だ。

 それに、魔物だけで侵攻が終わりとは思えない。塔に穴をあけた奴が誰かも分からない今、少しでも解決に協力がするべきだ。


『報告します、転移魔法陣が停止しました。報告します、転移魔法陣が停止しました。』


 アナウンスが響く。となると、下から行くしかなさそうだな。

 賢者の塔には、当然の事ではあるが通気口などの穴がいくつかあいている。普通なら通れないが、俺の変身魔法ならその隙間から上に行けるはずである。

 俺が入れないような階層にも行けてしまうから、本来なら良くないのだが、緊急時だしそうも言ってられないだろう。


 俺は体を風へと変えて、上の階へと急いだ。

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