52.王子は誇りを胸に

 最終演説は王城の真ん前、大きな広場で行われる。この日の為に動員される騎士の数は多く、王子に近付く事さえ普通はできないが、それでも一目見ようと多数の人が広場に押し寄せていた。

 遅延こそあるが、王子の演説内容は魔道具を通じて国中へ放送される。現地に集まる人もいれば、家でゆっくり聞く人、街の集会場に集まって聞く人もいる。

 とにかく重要なのは、この演説に全ての国民が無関係ではいられないという事だ。


 当事者であるスカイは尚更だ。城門の付近にある仮設の控室で、スカイは気を落ち着かせていた。

 誰もが気を遣って話しかけるような事はしない。


「いやー、遂に最終演説だね。」


 いや、まあ、ここにいるサティアのように例外はいるのだが。


「大丈夫? 緊張してる? 緊張しないおまじない教えてあげようか?」

「……いや、大丈夫。」


 サティアの傷はまだ完全には癒えていないが、こうやって動く分には問題ない。だからこうやってスカイの周りで暇そうにうろちょろしていた。

 とてもつい最近まで人質に取られて命の危機に瀕していた人物とは思えない。


「やたら憂鬱そうだね。私は戻ってきたし、スカイ君も後ろめたい事がなくなったし、何をそんなに気にするのさ。」

「その後ろめたかった事を隠さなくちゃいけないのが、一番気分が悪いんだよ。」


 王族の権威を守る為にも、アースは広めない選択を取った。しかし自分の誤ちを誰も罰してくれないというのは、それはそれで苦しいことである。


「僕は、王になる資格なんてない。それどころか、こうやって王族の末席に身を連ねている今がおかしい。それ程の事を、僕はしたんだ。」


 スカイにとって罪人とは、与えられた罰を乗り越える事でのみ罪から逃れる事ができる。

 ならば今、罰を与えられていないスカイは未だに罪人なのだ。永遠に罪人として、罪を背負って生きなくてはならない。どれだけ幸せな事があっても、罪の意識が彼を蝕む。

 周りの人の殆どが彼を責めなかった事もそれを助長させた。


「――なら、私が裁いてあげようか?」


 ふとした思いつき、大した考えもなくサティアはそう言った。


「一応、私は見習いとはいえ裁判官だよ。主観に寄ってもいいなら、ここで君の罪を裁くことができる。独自の罰を与えることぐらいなら私にもできる。」


 それはサティアが想像するよりスカイにとっては甘美な言葉だった。正式なものではないが、それでもきっと、サティアの言葉はスカイの心を軽くさせるだろう。

 サティアは贔屓をするような人物ではない。それはスカイが一番よく知っていた。きっと恋人にだって、容赦なく罰を与えてやれる。


「どうする、本当にやりたいならやってあげるよ。」


 スカイは閉口し、頭の中でこの一週間で起きた出来事を巡らせる。

 正しかったなんて口が裂けても言えない。でも、スカイは全力を尽くした。その時に最善だと思う選択を取り続けた。兄であるアースも、その心意気を認めてくれた。

 ここで自分に罰を与えて、逃げることは簡単なことなのだ。だがスカイは今回の一件を引き起こした責任だけでなく、解決の為に戦ってくれた人々の想いを背負わなくてはならない。


「いや、やめとくよ。」


 だから、スカイは断った。フランやエルディナ、そしてアルスでさえも今回の一件で心残りがある。それでも皆、前を向いている。

 罪を犯したというなら、最も大事なのはその次に何をするかだ。罰を受けることじゃない。

 幸いにも、スカイにしかできない事は沢山ある。


「この罪は、死んでから裁いてもらう事にするよ。少なくとも生きている間は、もっと他にできる事があるからね。」

「そうこなくっちゃ。人生これからなのに、スカイ君だけいじけてちゃつまらない。」


 サティアは嬉しそうに笑う。


「この世は楽しい事に溢れてる。そりゃあ、たまには過去を振り返る事は大切だけど、基本的には前を向かなきゃね。」

「君のその性格が、僕は羨ましいよ。」

「そうなの? 私はスカイ君の性格の方が羨ましいけどね。」


 スカイは時計を見て、そろそろ演説の時間である事に気が付く。気分は最初よりかは幾分かマシになっていた。


「……ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだった。」


 そろそろ演説をする為に移動しようと立ち上がったところで、スカイは突然そう言った。サティアは不思議そうな表情を浮かべて、「何?」と尋ねる。


「僕はいつか、君と将来の夢を語り合った事があったよね。その時に僕が何て言ったか覚えているかい?」


 自分で聞いていながら、覚えていないだろうなとスカイは考えていた。これを話したのは何年も前で、スカイ自身、今回の戦いの最中にふと思い出した光景だ。

 加えてサティアは興味がない事は直ぐ忘れてしまう。聞いておかないと落ち着かないから聞いただけで、大した答えは期待していなかった。


「勿論覚えてるよ。」


 だからサティアがそう答えた時は驚きだった。


「……もしかして忘れてると思ってた?」


 その反応に対してサティアは不満気に付け足した。


「私はどんな無謀な夢でも、どんなに儚い夢でも、そこに向かう決意があると思ったなら絶対に忘れないよ。」

「じゃ、じゃあ僕は何て言っていたのさ。」

「まさかスカイ君の方が忘れてたの? あんなによく言ってたのに?」


 余計にスカイは頭が混乱する。全く覚えがなかったからだ。自分には夢がないのだと、ずっとそう思っていた。

 サティアに話したからにはきっと嘘はついていないはずだ。それぐらいにスカイはサティアを信用していたし、だからこそこうやって恋人の関係になっている。


「いつも言ってるじゃん。国民の夢が叶うような王国を作りたいって。」


 ああ、とスカイは納得した。確かにそれは、夢だった。


「そう言えばそうだったね。色々あって、忘れてたみたいだ。」

「なら、今度は忘れないようにね。忘れてたら勿体ないから。」


 スカイは歩き出す。城門から離れて、広場にあるお立ち台の方へと真っすぐ、迷うことはなく。

 広場に集まっている人達はスカイが現れた途端にざわめき立ち、人々の注目が一点に集まる。常人なら足が竦むほどのそれも、スカイにとっては慣れたものだった。


 スカイの頭の中にあったのは演説の事ではなく、先程のサティアとの会話である。

 元々、国民の夢が叶うような王国、というのは幼い頃から使ってきた常套句のようなものだった。取り敢えずこれを言っておけばそういう質問から逃れられるというもので、本当にそう思っていたとは言い難かった。

 しかし何時ごろからか、少しずつこの言葉は本当になっていった。自分自身でさえ気づかない内にである。

 サティアを知って、彼は初めて夢を追う人を見た。ただ与えられたものを身につけてきただけのスカイとは違って、彼女は自ら奪い取るようにして知識を手に入れていた。そんな人が生きやすい世の中を、無意識に求め始めていた。

 嘘の夢が、本当に夢になったのだ。


「――僕の名前は、スカイ・フォン・グレゼリオン。」


 マイクの前で声が鳴る。その声は王国中に広がっていた。


「王になる為に、ここに来た。」


 スカイはこの王選が始まってから、初めて本心でそう口にした。

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