44.まだ
光と風が交差しぶつかり合う。
片方はかつて
互いに決定打が欠けていたのだ。それは一手ずつゆっくりと盤面を整える棋のようで、隙を伺いながら勝ちの要素を拾い集めようとしていた。
だが、始まりあるものには必ず終わりがある。この世に存在する以上、必ず摩耗し、そしていつかは綻びが生まれてしまう。
「……」
ディーテは全身に細かな切り傷が入っており、とても無事な状態には見えない。
一対一ならこうはならなかっただろう。執拗にエルディナがアースを狙っていて、それをディーテが庇ったが故の結果である。
確かに今は状況が拮抗している。しかしこれが数十分先も続くかは、誰も保証できなかった。
「殺していいなら楽なんだがな。」
そうぼやきながら迫りくる風へ向けて銃を撃つ。風は消えるが、また直ぐに別の風が吹く。一撃一撃は大した事がなくても、ここまで数が多ければ対処は困難である。
ディーテの役割は時間稼ぎだ。ここからエルディナを動かさなければそれで良い。
だがそれにエルディナが付き合ってやる義理はない。いち早く勝負を決めようと、エルディナは魔法を撃ってくる。
「『
薄い緑色の光が辺りを自由に飛び回る。ここは絶え間なく風が吹き続ける大精霊の領域、これ以上に風の精霊が過ごしやすい環境はない。無数の圧縮された風の刃を精霊たちが作り出し、次々とディーテへと放つ。
回避を取りたいが、ディーテの後ろにはヒカリとアースがいる。ヒカリの聖剣による結界は無限に続くものではない。時間が経てば経つほど、攻撃を喰らえば喰らうほどに弱まっていく。だからこそディーテは光の球による迎撃を選んだ。
――それこそが、エルディナの狙いである。
こうしている間はディーテはエルディナへ意識を割く余裕が減る。そうなれば、大きな魔法を準備する余裕だってできる。
それこそ、勝負を決めるレベルのだ。
大気が軋むような音を上げ、空間が歪む。あり得ない程の多量の魔力がたった一か所に集約されていく。風は一層強さを増し、周囲の建築物も風の影響だけで屋根が飛び、崩れ始める。
ディーテがそれに気づいて止めようとしても、精霊の魔法を搔い潜るのは困難だ。
突然、風が止んだ。一秒にも満たないその一瞬の静寂は、まるで時間が止まったかと錯覚するように響いて――
「『
超圧縮された大気そのものが、ディーテへと放たれた。
周囲の建造物、大地、その全て破壊し、後に残る物は何もない。残ったのはこれを生み出した当人であるエルディナと、聖剣により守られているアースとヒカリだけ。
「ディーテさんっ!」
ヒカリの悲痛な叫び声が響く。その声の先にいたのは、背中から生える白き翼を焦がして、もはや動くことのない倒れたディーテの姿だった。
フランの剣先がアルスの頬を掠める。血が垂れるが、そんな事を気にする暇はない。それほど近づかれているという事が問題だった。
「『天幻』」
分裂した刃がアルスへと一斉に襲い来る。無理矢理に結界を張ってその全てを防ぐが、それだけで結界は壊れてしまった。フランは剣先をそのままアルスの心臓へと飛ばす。
アルスは剣でそれを上から弾き落とす。その時に気付いた。やけにフランの剣が軽かった事に。
「『王壁』」
力を抜くことでアルスの攻撃をいなし、そのまま一回転してアルスの首へと刃が迫る。剣は下がっているから防御は間に合わない。この速度だから魔法だって間に合うはずがない。
だからアルスは防御も回避も諦めて、逆にフランへと突進して自分の体をぶつけた。首に少し傷が入るが、近すぎて振り切る事はできなかった。
フランはそのまま踏ん張る事なくわざと飛ばされ、受け身をとってまた構えなおす。
傷が入ったのは首だ。あまり深くないとはいえ、軽い傷とは言えない。
アルスは中々フランの防御を崩す事ができず、逆にアルスのダメージだけが増えていく。このままだとジリ貧であるが、そこに立っているだけでフランはあまりにも隙がなさ過ぎた。
「嫌すぎるぜ、本当に。」
悪態をつきながらも、アルスは空から雷を降らす。しかしそれを軽くフランは避けた。
何か一撃与えればアルスが有利となる。魔法使いと違って、剣士の強さはその肉体に依存している為である。だがその一撃が遠かった。
「『竜牙』」
フランが剣を振ると、そこから飛ぶ斬撃がアルスへと飛ぶ。結界を張ってそれを防ぐと、その次の瞬間にはフランが距離を詰めていた。アルスは空を飛んで大袈裟に距離を取った。
だがそれでも、フランは剣を振りかぶった。
「『絶剣』」
ここまで距離が離れているはずなのに、たった少しフランに隙を与えただけでアルスは胴に深く斬られた傷が入って、血潮がほとばしる。
アルスは空に留まる事ができずに、そのまま下へ落ちる。
「ま、ず……!」
血が地面にドクドクと流れて、そして水に溶けて消えていく。フランは一歩ずつ慎重にその場にうずくまるアルスへと近付いていった。
スカイはもう、戦う力なんて残っていなかった。体はボロボロで、相手は厄災級の魔物だ。
スカイがニレアを倒さない限り、この戦いに終わりは訪れない。だが、もはや勝機は限りなく薄く、スカイが生きて帰れるかすら怪しい。
この戦いは、負けになる。他ならぬスカイの責任で。
「いや――」
剣を強く握る。足腰に力を入れて大地を踏む。しっかりと目は正面を見据える。
これで諦めたって誰も責めない。誰もスカイを馬鹿にしない。それでも、スカイは立ち上がるのだ。
「――まだ、終わってない。」
己が誇りを胸へして。
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