9.ヴェルザード公爵
「はーはは、久しぶりだねぇ、二人とも。」
応接室にて俺とアース、そして公爵とで集まっていた。ヒカリは客室で待機している。聞かせられない話をするかもしれないからだ。
公爵の対面にアースが座り、その後ろで俺が立っていた。俺は護衛だから、公爵や王子と同じ席で座るわけにはいかない。
「ペンドラゴン領での演説は見事だったと聞いているよぉ。順調そうで何よりだ。家としては応援はできないけども、個人としては応援しているからね。」
オーロラ・フォン・ヴェルザード公爵。確かアグラードル公爵家が代替わりしたから、四大公爵家当主の中では最高齢だったはずだ。
見た目の点で言うのなら、少し太っていて温和そうな顔つきをしているただの中年男性にしか見えない。しかしそれが、相手を油断させる罠のようなものであると俺は理解していた。
「アルス君も、随分と活躍しているみたいじゃないかぁ。名も無き組織の幹部を撃退したらしいね。」
「……俺はその場に居合わせただけだ。大した活躍はしてない。」
「いーやぁ、十分活躍したと思うけどねぇ。それこそ、冠位を目指すなら実績として取っておいた方がいいんじゃないかい?」
まあ、それはそうなんだけど、実際あの戦いにおける俺の貢献度は低い。
あの戦いで代替が効かない活躍をしたのは三人。カリティを瀕死までに追い込んだフラン、封じ込めるに至ったヘルメス、そして前衛をサポートしたデメテルさんだ。
デメテルさんがいなければ決着を前に瓦解していたし、フランとヘルメスがいなければそもそも倒せなかった。
「君の生き方だからとやかく言うつもりはないけど、もっと君は自分を大切にした方がいいよ。」
「心に留めておく。」
「はーはは、そうしてくれ。年長者からの言葉だから、きっと役に立つさぁ。」
前世も含めれば俺の方が年上ではあるがな。人としての格で言うのなら、俺の方がずっと下だけど。
「本当に二人とも立派になったねぇ。背も伸びたし内面も大きく成長した。娘と同年代だからか、まるで親のような気分だよぉ。」
「そういう公爵は変わらない……いや、少し痩せたか?」
「あ、分かるかい?」
アースがそう言って、確かに前会った時に比べて公爵が少しだけ痩せている事に気付く。
「いやぁ、最近は仕事の一部をエルディナに任せられるようになってねぇ。運動できる暇が増えたんだぁ。」
「ほう、やっとか。」
「王子との打ち合わせの間もエルディナが領地運営を先導してくれてねぇ。そのおかげで私も楽だった。」
そうだったのか。いや、根は真面目ではあるから驚きはしないが、この数年の間にエルディナも成長していたのだと考えると感慨深いものがある。
成長しているのは俺だけじゃない。フランも、ティルーナも、きっとガレウも成長しているのだろう。
俺ももっと頑張らなくてはいけない。まだ、師匠の魔法やアルドール先生の魔法の緻密さには遠く及ばない。俺はもっと強くなれる。
「それじゃあ、そろそろ打ち合わせを始めようかぁ。場所は前に言っていた通り、大聖堂の前で良いんだよねぇ?」
「ああ。あそこは宗教的にも重要な場所だからな。ついでに教皇とも会う予定だ。」
「なるほど、あの
この国、というかこの世界における教会とはルスト教ただ一つである。当然教皇もそのルスト教のトップに他ならない。
世相に疎い俺ではあるが、当代の教皇の事ぐらいは知っていた。
「教皇に会って、演説の準備を行って、演説をして、そして私の屋敷でエルディナに遊ばれる。今日の予定はそんなところかなぁ?」
「言い間違えてるぞ、公爵。エルディナ『に』じゃなくて、『と』だろ?」
「はーはは、ははは。」
「そこは頷けよ。笑って誤魔化そうとしてんじゃねーよ。」
やる事自体は多くはない。というか今朝に王都の方からヴェルザード領まで移動したのだから、時間としてはもう昼ごろである。色んなことをやるには時間が足りない。
「そういや、そのエルディナは今どこにいるんだ? 屋敷の中にいるんだろ?」
うんざりしたようにアースはそう言った。公爵は特に悩まずに返す。
「いやぁ、今日は殿下が来るから屋敷の人員は演説の方に回していてねぇ。実はエルディナも今日は休みだから、何をしてるかまでは……」
「――おい、それって。」
「あの子の事だから多分、真っ先に向かうのは君たちが滞在する部屋の方じゃないかな?」
俺の脳裏にヒカリの顔が走る。
しまった、エルディナとヒカリが鉢合わせてしまう。エルディナが興味を抱かないのなら良いが、もしヒカリに興味を持ってしまったら――
「……行ってこい、アルス。これから話も長いし、聞いてても退屈だろ。」
「悪い! ちょっと部屋に行ってくる!」
俺は公爵に軽く頭を下げて、屋敷の中を走りだした。
アルスが去った後、部屋の中は必然、アースとオーロラの二人だけとなった。
「それで、アルスをどかしてまで俺様に話したかった事ってのは何だ?」
「……察しが良くて助かるねぇ。」
「この席にエルディナがいない時点で違和感はあった。次期当主の顔を見せねー理由はない。」
オーロラは少し表情を硬くし目を細める。
「聞かせたいことは二つ。一つ目は辺境の領地で行方不明者が急増している。しかもダンジョンに向かったとかじゃないんだぁ。」
「魔物じゃなくて、人による被害ってわけか?」
「その通り。街中で突然、老若男女問わず人の姿が消える。しかもわざわざ王選のタイミングに合わせてきた。警戒が必要だとは思うよぉ。」
人さらいを無差別で行う理由は、一般的には一つしか考えられない。魔法による人体実験である。
アースも脳内ではそうであると結論付けていた。この期間はどうしても辺境の警備は薄くなる。そこを狙った犯行であると言われても疑うことはない。
しかし、アースはどこかその自分の結論に妙な違和感を覚えた。
「……じゃあ、二つ目は何だ?」
今は重要な事ではない。そう思って違和感を振り払い、二つ目の報告について公爵に尋ねる。
「スカイ殿下がどういう風に活動しているか、だねぇ。」
「……その言いぶり、大分スカイは無茶やってるみたいだな。わかった聞かせてくれ。」
そう言いつつも、アースはスカイが何をやっているかなんて目途はついていた。これは念のための事実確認に近い。
「―――――」
そして、それは当たった。公爵が言った言葉は、完全にアースが想像していたものと一致していたのだ。
しかしアースの表情は暗い。それどころかため息まで吐く。
「確かに、それをしなきゃお前は勝てねーよな。」
小声で、自分に向かって言い聞かせるようにアースはそう言った。
「だけどそれを、本当にやる馬鹿がいるかよ……!」
王選は荒れる。それは、アースにとっては初日から予想できていた事で、そうであってほしくなかった事であった。
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