6.王選二日目
王選におけるこの一週間、各街で何をするのかは決められていない。民衆を従えられるのならば、何をやっても良いのだ。
演説でも金銭的な支援でも、魔物を倒すというパフォーマンスだっていい。法に触れていなければ、どんな手段でも許される。しかし、セオリーはある。
王国の広さに比べて一週間という期間は短すぎる。日本の47都道府県を初日と最終日を除く五日で回りきって、尚且つその住民から信頼を得ることは困難だ。
だからこそ、王子はメジャーな街に事前に行くことを告知しておき、そこに市民を集めて演説を行うという形を基本的に取る。この形が多いからこそ市民もそれに慣れており、この期間はその旅費を国が一部負担してくれるため、王選に興味がない国民、子供などにとっても良いやり方だ。
これによって経済も多少は回るからこそ、貴族にとっても受けが良い。だからこそ、これは長い王国の歴史においても定石とされる。
アースが選んだのは、その定石であった。勢力的にも見劣りしないアースが、奇策などを行っても一部の人から反感を買うだけだ。特に昔のアースを知っている人は、余計にそれに対して不信感を抱くだろう。
だからこそまずは王都近郊、ペンドラゴン領へと俺とアースは馬車で向かっていた。
「はぁ!? そりゃあ一体どういう事だよ!」
俺は思わず立ち上がり、そして大声を出してしまう。それ程までにアースが言ったことは信じられなくて、納得がいかない事であったからだ。
「……言った通りだ。スカイは王になりたくなったらしい。」
前日、俺は念押してまで確認したぞ。急に変わった、なんていうもんじゃない。洗脳されていると言われた方が納得がいく。
だって、あの時のスカイの表情にはとても嘘があるようには見えなかった。
「しかも何でよりにもよって王選初日にそれを……何か裏があるんじゃないか?」
「だろうな、何かはある。あいつが自分を曲げてまでして、王になる事に価値を抱いたわけだ。おもしれーじゃねえか。」
「面白く! ねえよ!」
どう考えたって第三者が介入しているに決まっている。ともなればこの王選が何事もなく終わる、なんて考えるのは楽観的だ。
「お前が何を思っているかは分かるぜ。だけど、今までのスカイの発言が全部嘘で、この時の為の布石っていう可能性もあるだろーが。」
「いや、だけどな……」
「反論はできないだろ? 人の腹の内なんて神様ぐらいしかわからねーよ。」
そう言われれば何も言えない。俺が騙されていただけで、スカイが本当は昔から王座を狙っていたとも考えられる。
しかし、どうしても信じたくないという気持ちの方が強い。
「どちらにせよ、勝つのは俺様だ。元からスカイ相手にも勝てるように準備はしてある。」
「それが問題じゃ……いや、それが問題なのか? もう分からなくなってきた……」
俺は何事も平穏に終わればいいなと思っているだけなのに、どうして現実はこうも逆に向かってしまうのだろう。こちとら天界の一件からまだそんなに経ってないぞ。
まさか今回もそうか? 名も無き組織か? マジで勘弁してくれ。今なら遅れは取らないだろうが、やり合うのはどちらにせよ嫌だ。
「だけど、今回は王国内だから安全ッスよね。あのオルグラーさんもいますし。」
俺の隣に座るヒカリはそう言った。
前に決めた通りにヒカリは今回の旅に同行している。こういう事態になるんだったら連れてきて本当に良かった。王城の警護を信頼していないわけではないが、相手が名も無き組織なら絶対はない。
「そうだとは俺も思うけどな。本当に、安全だといいな。」
「何かあった時のお前だろーが。仕事がある事を喜べよ。」
「俺はできるだけ手を抜きたいんだよ。」
俺が忙しくなればなるほど、世界は平和じゃないって事だ。俺は忙しくない方が良いに決まっている。
「……まあ、安心しろよ。今回の危険性は父上も承知してる。今回の旅に同行する騎士の数は本来より多いし、何よりこれを貰ってる。」
アースは首に紐でぶら下げている笛を俺達に見せる。その笛はホイッスルに近い形であり、金属製である事は見て直ぐに分かった。
よくよく見てみると文字が刻まれている。恐らくは魔道具なのだろう。
「オルグラーを呼び出す笛だ。これを吹けば、王国のどこにいてもオルグラーが駆けつける。」
なるほど、確かにそれに勝る警備はない。強さで言うなら師匠、つまりは最強の魔法使いに並ぶ化け物だ。そのオルグラーが解決できないならどちらにせよ無理だ。
カリティは強かったし、クリムゾンだって強敵だった。しかし決して常識の埒外にいるわけじゃない。あれは勝てる敵だ。個人で勝てる域にいないオルグラーの方がおかしい。
「だからもう何も考えるな、アルス。お前は考え過ぎなんだよ。今回の行動は全部俺が指示を出す。休みだと思ってドンと構えてろ。」
「……分かった。アースがそう言うなら信じるよ。」
俺は背もたれにもたれかかって、息を吐く。
アースは俺なんかよりよっぽど頭がいい。そのアースが俺が考えている不安を考慮していないわけがない。それでも大丈夫って言うんだから、信じる他あるまい。
俺が考えたところで、どうせ良い案が思いつくわけじゃないしな。護衛の任務だけに集中するようにしよう。
「それよりも、今日行く場所だ。まずペンドラゴン伯爵に会って、早めに準備を済ませる必要がある。」
ペンドラゴン伯爵家は俺でも名前が聞いた事がある有名な武家だ。文武両道を掲げており、とても誠実で真面目な傾向がある家だと聞いている。
「ペンドラゴン伯爵家は九代目勇者を輩出してるし、王家の血を引く由緒正しき家柄だ。本来なら侯爵になってもおかしくないが、それを固辞するほど欲が薄い家でもある。だからこそあそこは安定しているんだろーがな。」
「俺が何かする必要はあるか?」
「いや、ねーな。しっかり俺様の安全を守ってればそれでいい。基本的にはお前の仕事はそれだけだ。」
だけど、とアースは言葉を続ける。
「言った通りペンドラゴン伯爵は真面目だ。それは悪い事じゃねーんだが……多分お前はちょっと忙しくなるかもな。」
「え、俺が?」
「やあやあ、殿下! 本日は御足労頂き誠にありがとうございます!」
領主であるペンドラゴン伯爵の館について馬車から降りると、開口一番にそう言われた。門前で既に伯爵が待っていたのだ。
その伯爵は少し暗い黄色の髪で、その体は領主にしては信じられない程に大きい。冒険者でもここまで体を鍛えている人は中々いないだろう。
第一声の調子からしても、明るく誠実な人柄が見て取れる。少し気安いようにも感じるが、その巨体であれば雰囲気を和らげてくれるだけで、不真面目という風には感じなかった。
「やや、そちらのお二人は例の方ですかな?」
「そうだ。」
「それなら、自己紹介をさせて頂いても宜しいでしょうか!」
アースは無言で頷く。すると、その人は俺とヒカリ、どちらかと言うと俺の方へと目線を合わせる。
「お初にお目にかかる! 私こそはペンドラゴン伯爵家当主、ウーゼル・フォン・ペンドラゴンと申します! 本日は宜しくお願い致します!」
伯爵は手を差し出す。俺はその大きい手を握り握手をして、その後にヒカリとも握手をした。
「初めまして、俺の名前はアルス・ウァクラート。こっちは助手のヒカリ・アマノだ。」
「勿論! 存じておりますとも! 貴族であればアルス・ウァクラートの名を知らぬ者はおりませぬ!」
異様なまでに歯切れが良い。話していてこれ程までに気持ちの良い相手も早々いないだろう。真面目、というアースの言葉も間違いあるまい。
「さて、どうぞお上がりください。話は中で致しましょう。アルス殿にも聞きたい事が山程ありますが故!」
俺達は勧められるままに、伯爵の館へと入って行った。
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