4.王選は踊る

 玉座の間にて、王侯貴族が集まる。


 今は形骸化してしまい、普段は閉ざされている玉座の間も、この時限りは堂々と開いていた。

 扉からおよそ二十メートル先の壇上に、この部屋の名前の由来である豪華な玉座が置かれている。玉座と扉を繋げるようにして、床にはレッドカーペットが敷かれており、照明は巨大なシャンデリアが担っている。

 両脇には巨大な柱が等間隔で並んでおり、その柱からは内側へと棒が伸びていて、グレゼリオンの国旗がいくつも吊るされている。


 豪華絢爛な玉座には、当然現国王であるロード・フォン・グレゼリオンが座る。

 その右側にはファルクラム公爵家現当主ウォーロイド、ヴェルザード公爵家現当主オーロラの二人が立つ。逆側にはリラーティナ公爵家現当主シェリル、アグラードル公爵家現当主ユリウスが並ぶ。

 その他の貴族はレッドカーペットの横に、厳粛な雰囲気を浮かべながら並んでいた。


「――両殿下の御入場です!」


 入口に立つ騎士がそう言うと、金髪の二人の王子が部屋へと足を踏み出す。その歩き方に迷いや緊張はない。まるで慣れ親しんだ通学路を歩くかのような気軽さだ。

 二人は玉座の数メートル前で、その足をほぼ同時に止めた。その間、誰一人言葉を発する事はなかった。


「王選の儀、開式の条件を満たしている事を確認致します。」


 リラーティナ家の当主であるシェリルが沈黙を破る。


「第一に、陛下の末の子であるスカイ殿下が成人より一年経過している事。」


 王は頷く。


「第二に、陛下とその御子全員、及び全公爵の当主と貴族の九割以上が出席している事。」


 王は頷く。


「第三に、儀式中は必ず公正であるとこの場にいる全員が誓う事。」


 王は頷く。


「以上の三つの条件を満たし、ここに王選の儀の準備が整った事を宣言致します。」


 王は深く頷き、玉座の前に立ち上がる。

 全ての人の視線が一点に集まる。誰もが一言も発する事なく、この空間だけ、異様なまでな静寂が包んでいた。

 深く息を吸い込む音が、水面に石を投げるかのように部屋に響き渡り――


「時は来た。」


 ――大気が揺れると錯覚する程の、覇気のある声が場を一喝する。


「王とは歴史を作る者。国そのものへと至る者。全ての生きる民を従える者。故に、決められる存在であってはならない!」


 ただ、そうあれと育てられただけの王に何の価値があると言うのか。それだけの王が、この長く続くグレゼリオンを背負えるか。

 否、背負えるはずがない。


「王座を勝ち取り、選ばれなくてはならない!」


 民に、貴族に、王に、国に選ばれてやっとその存在は王となる。だからこその王選の儀だ。


「問おう、その意気はあるか?」


 その目線は息子であるアースとスカイに飛ぶ。王子達は目を逸らす事はなく、視線が交わる。

 これもまた、王選の儀の通例であった。

 儀式を始める前に王子の闘志を問う事は、現国王であるロードも通過している。例外は初代国王と、特別な事情があったエース・フォン・グレゼリオンだけだ。


「――当然だ。」


 先に答えたのはアースだった。


「俺様にはこの国を導ける自信と誇りがある。ここは、長い王としての旅路の通過点に過ぎない。」


 この戦いの為に、王になると決めたあの日から、アースは準備し続けてきた。その言葉には未だ二十歳に満たない歳であっても、確かな重みがあった。

 アースは決して惑わない。昔とは違って、自分を信じられるから。


「ただ、勝つべくして勝つだけだ。」


 その姿には、かつて無能王子と嘲られた面影は欠片もない。貴族の中の、未だに第二王子を指示する貴族でさえも揺るぐほどの覇気があった。

 となればその次は、もう一人はどうかと、視線が注がれる。

 スカイが王になる気がないというのは周知の事実である。だからこそ、何を語るかというのには関心が向いた。


「僕は、王戦にはやる気がない。」


 だからこそ、いきなり荒波を立てるようなその物言いは、貴族を少しどよめかせた。

 嘘でもやる気があると、この場では言っておけば良いからだ。


「僕は才能があると持て囃された。だけど王に必要なのは、民を従える頭脳だけだ。武術や魔導の才は王になるのに何の意味もない。そして頭脳であれば、兄上という適任者がいる。」


 そんな話は、兄であるアースも聞いた事はなかった。何故王にならないのかと、そう聞けば興味がないとしか答えなかったからだ。

 王子の内面を知らない貴族達には分からない。王の執務に追われて、話す機会が少なかった王には分からない。


 アースだけが何か、スカイがいつもと違う事を機敏に感じ取っていた。


 無能王子として知られたアースが、ここまで王子として持ち直したのには人の思考への理解力にある。

 こういう人はこうやって動く、という嗅覚が鋭いのだ。これにはアース自身が心理学を学んでいる事や、幼少期から王子として様々な人に会ってきた事にある。

 逆に言えば、こうやって動く人はどんな心理状態であるかという逆算もできる。


 アースは分かった。分かってしまった。


「ああ、やる気が。」


 どよめきは強くなる。だってその言い方は、今は違うと言わんばかりの言い方であって――


「僕は王となる。兄上には任せられない理由ができた。」


 話が変わった。

 スカイを支持する勢力はいたが、本人のやる気がなければ烏合の衆だ。アースが負ける道理はなかった。

 しかし、スカイが明確にこう発言すれば勢い付く。それどころか中立にいた勢力だってつく可能性もあった。


「――静まれ。」


 王が一声、そう発するだけで貴族達は口を閉ざす。そして、次の声を待つ。


「二人の意気はしかと受け取った。」


 どれだけ想定外の事があっても、儀式はやめられない。今から止めることはできない。

 賽は投げられた。後はもう、進むしかない。


「王としてどちらが相応しいかは、国民が、貴族が、余が決める。この一週間にて、どれだけ多くの信を勝ち取れるか。それこそが、王に必要な才覚である。」


 ――これは、長きグレゼリオン王国の歴史の中でも最も苛烈な王選の儀。


「競い合え! 高め合え! より優れた王へと至れ!」


 様々な思惑が交錯しながら、次の王は決まる。


「これより、ロード・フォン・グレゼリオンの名において! 王選の儀を開式する!」


 王戦は踊る。

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