1.王を決める儀
王選の儀。それはグレゼリオン王国に由緒正しく伝わる、次代の王を先んじて決めるための儀式である。
その時の王の子供全員が王選の儀に参加する権利を有しており、末の子供が16歳になった段階で王選の儀は執り行われる。
王選の儀の期間は一週間、六日間をかけて各地を王の子供が訪れ、そして最後の一日にてより優れた王はどちらであるかを決める。
これは平民の意見と貴族の意見を当代の王がよく聞き、総合的に判断が下される。
その都合上、王に相応しい子はいないと判断されて次代の王が決まらなかった時もある。
王に権力が集中している以上、国民はこれを無関心ではいられない。生活が一変する可能性だってある。貴族にとっても王は優秀でなくては、平等で潔白な治世は望めない。
だからこそ、この行事はグレゼリオン王国の中で最も重要な行事と言える。
「第一王子が無条件に王様になるわけじゃないんッスね。」
そんな感じの俺の説明に、ヒカリはそう言った。
天界から戻ってきて数日後、俺は王選の儀にて各地を回るアースの護衛を任じられ、今はその準備期間ということでヒカリに説明をしていた。
場所は俺の部屋である。流石に男性が女性の部屋に入るのは良くない。だからこうやって椅子に座って、話しているわけだ。
「地球だったらそれが多かったし、合理的なんだろうけど、グレゼリオンの一族は色々と特殊だからな。」
グレゼリオンは三千年以上の歴史において、一切の革命もなく発展し続けてきた国だ。それには、一種狂気とも言えるような何かがある。
他の国が変容し続けていく中、ただ一つ変わらない永遠の国。一体何がそうさせているのやら。
俺には全く分からないし、考えるつもりもない。理解はできずとも、上手くいっている分には喜ぶべきだろう。加えて言うなら、それを考えるのはアースの領分だ。
「で、どうする。アースの護衛に俺は行くけど、ついて行くか?」
「……行きたいッスね。流石に一人でここは心細いですから。」
「分かった。それじゃあ、そういう風にアースに伝えとくよ。」
実際、そっちの方が俺も安心できる。ヒカリを無事に地球へ送り返す責任が俺にはある。目の届く所にいて欲しい。
これが終わったら、他の賢神の所に行って色々と聞かなくてはならないな。俺の事情で、ヒカリを返す計画を進められなかったが、もう緊急の用事はない。
「……先輩、いつ頃に地球に帰れるか分かるッスか?」
「――」
「ああ、いえ! 別に急かすつもりはないんスけど! むしろ新鮮な生活でここは楽しいですし!」
俺がすぐに答えられなかった事に気を遣ってか、捲し立てるようにヒカリはそう言った。
ヒカリと俺では地球への思いが違う。
俺は家族もいないし、俺自身も死んでしまっていた。ハッキリ言って未練はない。だが、ヒカリには家族がいて、まだ未来がある。帰りたいと思うのは当然だった。
だから、絶対に帰してあげなくちゃいけない。
「考えてる方法は、今のところ3つある。」
「3つ、ですか?」
「1つは名も無き組織が魔法によって異界から呼び出したのだから、魔法によって転送する方法を探すって案だ。」
しかし、正直言ってこれは現実的ではないと思う。
ヒカリがこの地に呼び出されたのは、俺という奇特な存在と関わりがあり、簡易な魔法をその身に受けたからだ。
要はヒカリには魔法が感知できる対象としての目印があったから呼び出せた、というのが俺の考察である。
しかし地球そのものに対して、目印となるものを俺は持っていない。そんな不安定な状況で異界に無理矢理送り出せば、どこに放り出されるか分からない。
地球にちゃんと着くのか、着いたとして宇宙空間や海の中に放り出されたりしないか、そもそも異界を渡るのに体が耐えられるのか。不確定要素が多過ぎる。
「2つ目は人類以外、超常の存在である天使王や竜神に聞くこと。だが、あくまでこの世界の存在である以上、望みは低いと思ってる。」
明確に聞いた事はないけど、そうだと思う。
竜神様には今度、聞いてみるのもいいだろう。何かしらの代償は必要になるだろうから、それも用意しとかないとな。
「最後の3つ目、それは神様に直接聞くっていう案だ。支配神は全知全能の神だと聞いているし、必ず元の世界に返すことはできるだろうな。」
「そんな事、できるんスか?」
「……できないとは言わない。それに多分これが、最も確率の高い選択肢だ。」
全知全能の神、支配神。その情報は意外にも多くの資料に残っている。
気まぐれに人を助けたり、神界に招いたりする事だってあるらしい。それこそ数十年か数百年に一回、誰かが招かれるらしい。
遭遇率は非常に低いが、会えば確実にヒカリを地球に送り出せる。他の案に比べて安全性と成功率は桁違いに高い。
「想像より、大変なんスね。」
「でも、安心してくれ。俺が絶対に地球には帰してみせる。」
嘘だ。絶対にそれを叶えられる確証は俺にはない。それでも言わなくちゃいけない。俺自身を追い込む為にも、ヒカリを安心させる為にも。
会話の最中、ノックの音が鳴った。俺とヒカリの視線は部屋の扉へと向く。
わざわざ俺の部屋に訪ねてくるやつなんて珍しい。しかもノックをしてくるなんて余計に珍しい。
「――失礼、入ってもいいかい?」
聞こえてきた声は聞きなじみがあるような気はしたが、聞いたことない声だった。
俺が入っても良いと返事をすると、扉は開かれる。そこから現れた顔を見て、俺はやっと何故その声に覚えがあったのかを理解した。
「あ、ヒカリもいたんだね。それは丁度いい。顔だけは見せておきたかったんだ。」
太陽のように眩しい金色の髪、アースをいくらか温和にしたような顔つき。俺は前に一度、アースと話している時に会った事があった。
「初めまして、僕の名前はスカイ・フォン・グレゼリオン。この国の第二王子なんだ、どうぞよろしく。」
そう言ってスカイはにこやかに笑った。
その雰囲気からして兄であるアースとは真反対である。アースも心根は優しいが、基本的には自分にも他人にも厳しいし、どうしても第一印象は悪くなりがちだ。
しかしスカイは誰とでもすぐに打ち解けられるだろう明るさがある。その上、才能も申し分ないのだから隙がない。
「ど、どうも。初めまして。」
ヒカリは椅子から立って、少しスカイから距離を取りながらそう言った。俺は魔法で適当に椅子をもう一つ作って、そしてヒカリには座るように手で促した。
そうするとヒカリは椅子を少し俺の方に引きずって、そこに座る。スカイは表情を崩さずに俺が作った椅子に、何も言われずとも座った。
「いやあ、中々新鮮な気分だね。僕を相手にこんなに雑な扱いをしてくれるのは、兄上ぐらいだからさ。」
「変えた方がいいか?」
「いや、そっちの方が僕も気を張らずに済むからそれでいいよ。」
スカイは良い意味でも悪い意味でも王族らしくない。こんなに親しみやすく寛容な人、貴族にだっていない。
「賢神はありとあらゆる身分に属さない特殊な存在だ。そんな君にも敬語を使われちゃったら、僕も肩の力が抜けなくなる。」
だろうな。第一王子のアースも忙しいが、第二王子だって十分なまでに忙しいだろう。
それに、様々な人に監視されるように育つというのがどれほど大変か。想像するだけで嫌だ。きっと当人達は余計に嫌だろう。
「それで、何の用だ。用もなく来たりはしないだろ?」
「勿論。君も僕も忙しいから、用件だけ話したら直ぐに帰るよ。」
この時期に、わざわざ俺に訪ねて来た。それだけで何に関連する用事なのかは分かる。
「王選の儀についてだ。」
スカイは俺の目をしっかりと見据えて、そう言った。
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