第十一章~王子は誇りを胸へ~
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新霊共和国という国がある。ホルト皇国と同じくポーロル大陸に位置する大国であり、主にドワーフやエルフ、獣人が住む国である。
この国は、遥か昔に敵対していたその三種族か結束する為に作られた。よってこの三種族から一人ずつ代表を決め、その三人を中心とした議会を形成し政治を行っている。
このような形式もあって平等を重んずる国であり、国籍を持つ全ての住民が対等であるとしている。
……しかし、現実はそう上手くはいかない。
差別を完全になくす事は難しい。特に集団から逸脱した物、少数派に対する差別は簡単にはなくならない。
「あ、見つけたぞ!」
とある街の離れの、木造の小さな家屋を指差して少年はそう言った。するとその後ろ側にいた他の子供も駆け足でそこに来る。
5人の子供だった。親の手伝いを任される歳でもなく、今日も遊びの一環としてここに来ていた。
ここは道も整備されておらず、森とまでは言わないが木がいくつも生えていて、近くに建物はその家屋を除いて何もなかった。
「だから言っただろ。俺はあいつが、こっちの方に帰っていくのを見たんだって。」
リーダー気質のある、活発な獣人の少年は家屋を指差したままにそう言った。
「だから大人達はここに近付くなって言ってたんだ。あいつが、化け物が住んでるから。」
固唾を飲み込む音が聞こえた。ここまでは遊び気分で来れた子供も、実際に辿り着いてしまえば恐怖心が出てくる。
そうすると、ただ何となくで付いてきた子供の表情が急に強張る。
「ね、ねえ。もう見れたし帰ろうよ。」
最後尾にいるエルフの少年は、声を震わせてそう言った。
この少年は元々、行くつもりはなかった。だが、自分以外の全員が行くとなれば断りづらく、ついていってしまったのだ。
それに心の奥底のどこかで、好奇心があったのは確かである。それも今、ここで消し飛んでしまったが。
「バカ野郎、今更怖気づくのかよ。俺はあいつを見るまで帰らねえぞ。帰りたきゃ一人で帰れよ。」
「だけど、だけどさ。危ないじゃないか。お母さんは、あいつの事を人食いの化け物だって言ってたよ。もし姿を見たら絶対に食い殺されちゃう!」
そう言われて獣人の少年は一瞬怖気づくが、一度吐き出してしまった言葉を翻す事はできない。それは子供ながらにあった、彼のプライドだった。
「そんなの、お前をここに近付けない為の嘘に決まってんだろ! ドラゴンじゃないんだから、人なんて食うわけ――」
「ねえ、何してるの。」
五人の真後ろから、突然その人は現れた。年齢としては若く、およそ十七、八ほどに見える。
青い髪の中からは赤黒い一本の角が伸びており、背中からは真っ黒な小さな翼が生えていることが正面からでも理解できた。その肌は病的なまでに白く、よくよく見てみるとその肌には鱗がある。口を開いた際に見えたその歯の形も人とはことなり、肉食獣のような鋭い牙と言えるものが生えていた。
五人の子供たちは言葉を発せない。化け物と呼称していた存在が、突如真後ろに音もなく現れたのだ。だからこそ一瞬の思考停止を挟み――
「逃げろぉぉ!」
――全員一斉に逃げ出した。
その異形の女性が呼び止める間もなく、子供たちはいなくなった。そこに残ったのは子供の足型につぶれた土と草だけだ。
そうして、その女性は伸ばしかけた手を戻して、強く拳を握りしめた。
異形の女性はそのまま、少年が指差していた家屋へと足を向けて歩く。その表情は暗く、足取りはどこか重い。
見た目は複数の魔族を混ぜ合わせた
見掛け倒し、彼女の容姿にはその言葉が似合うだろう。
「言い返さないのかい?」
家屋の扉の前で、
「――あなたは、誰?」
「やだなあ」「俺はただの観光客さ」「ほら、物語の主人公って各地を巡るものだろ?」「だから俺も今はそういうフェーズなんだ」
「私を、見に来たの?」
そう言われてそいつは首を傾げる。
「半分正解」「半分不正解」「そんな感じだね」「ここに来たのは偶然さ」「君に興味が湧いているのは確かだけど」
「それなら、もう満足?」
「いいや、質問に答えてもらってないぜ」「何で言い返さないかって聞いてるんだ」
異形の女性は口を閉ざす。彼女は正直に言えばこの話を有耶無耶にして逃げ出したかった。しかしそいつが家の前に立っている以上、逃れる事はできない。
彼女は観念して口を開く。
「私は、普通じゃない。普通じゃない人は、普通に生きる権利を与えらない。私はこれを耐えて生きるしかないの。」
「それは誰が決めた?」「法律か?」「いや違うな、君自身の考えだ」
「だってしょうがないでしょう。誰も私の味方にはなってくれない。私が声をあげたとして、誰がそれを信じてくれるの? 誰が私を守ってくれるの?」
女性の言葉には次第に感情がこもっていく。それを聞いても、そいつの薄ら笑いは消えない。
「だから、どこかに行って。大した力のない正義感が、一番嫌い。」
ハッキリとした嫌悪を滲ませて、そう言い放った。
彼女は目の前のそいつを、偽善者か何かだと思ったからだ。実際、似たような奴がここに来たことはあった。口先だけで、何もできない奴がいたのだ。
「ああ、そうかい」「奇遇だね」「俺も嫌いだ」
しかし、彼女の誤算は二つある。
一つ目は彼を偽善者であると考えている事。そんなわけがない、彼は利己主義の塊のような生物である。
二つ目は彼を、人類種と同じに扱っている事。
「気に入った、俺の仲間になれよ」
そいつは女性へと歩み寄り、右手を差し出す。
「……え?」
「俺はこれから、世界をひっくり返す予定なんだ」「言ってしまえば、世界征服かな?」「丁度人手が足りないところだったんだ」
そいつは全てが違った。彼女にそのような態度を取るような人はいなかったし、ここまで意味が分からない事を言う奴はいなかったし、何よりここまで妙に恐ろしく安心する人を彼女は見た事がなかった。
「だけどほら、主人公の仲間が没個性じゃ困る」「そんなの誰も見たくないだろう?」
「な、何を言っているの?」
「俺も君も、人生のどん底にいる奴らが這い上がる大喜劇さ」「世界を騙って、新しい世界をその上に置いてやるんだ」
彼女には理解できない。彼の言う事が欠片も理解できない。
しかしそれを語る彼の声は無邪気な少年のようで、何より自分の生活と同じぐらい日が当たらないはずなのに、明るく見えたのだ。
「だから、やろうぜ」「俺と一緒に世界をひっくり返すんだ」
彼女は、恐る恐る手を取った。
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