24.神話をその身に
アルスが精神世界に旅立ってから、10分が経過した。
地上での戦況は、少し不利と言える状況下にあった。ディーテは確かに強い、しかしこればかりは相手が悪い。
相手は名も無き組織の幹部。シャヴディヴィーアにフラン、デメテル、オラキュリアを集めてやっと勝利を拾えた化け物と同等の地位を持つ存在だ。
じわじわと、ディーテが追い詰められているのは確かだった。
「この眼を開いて、ここまで戦闘が長引いたのは久しぶりだ。誇っていいぜ。」
クリムゾンはその赤い眼でディーテを睨みながらそう言った。
「……私も久しいな。怪我などを負ったのは。」
ディーテの右手からは血が流れていた。出血量は酷く、右手は当分使い物にならないだろう。
しかし拳銃を握る左手は無事である。であればディーテはまだ戦える。実際、負ける気など彼女にも毛頭なかった。
「ああ、分かるぜ。お前と俺じゃ相性が悪い。」
「……」
「その銃の力も、お前自身の権能も、俺には効果が薄いんじゃねえか?」
クリムゾンは有利を悟って前に出る。
事実、その言葉は正しかった。ディーテの表情は、表面的には冷静だったが、攻めあぐねているのは確かだ。
「もう勝ったつもりか、たわけが。」
再び2発、ディーテは銃弾を撃ち込む。その銃弾を最小限の動きで避けながら、クリムゾンは迫る。
「『天聖特権』」
ディーテの目は黄金に輝く。
「"我を守れ"」
空気が震えるような、低く力強い声が鳴る。
すると、クリムゾンは何かにぶつかったように動きを止めた。まるで、そこに見えない壁があるように。
「"敵を潰せ"」
次の一言で、周囲の大気の全てがディーテの言葉に従う。
空気は圧縮され、全身をプレス機で潰されているように、四方八方から圧力がクリムゾンを襲う。加えて圧力が上がるという事は、その場の温度も急激に上昇する。
人体が破壊されるほどの高圧と高温が、同時にクリムゾンへと襲いかかった。
「『
ただ惜しむべきは、クリムゾンの言葉の通り相性が悪過ぎたという事のみだ。
クリムゾンはディーテの攻撃の全てを無視し、通り抜けるかのようにして肉薄する。
「目覚めろ! 『神帝の白眼』」
それを防いだのは、横から入り込んだヘルメスだった。
「人器解放『ハルヴァー』」
ヘルメスはクリムゾンの剣を防いだ、武器の名を呼ぶ。それは刀身が鎌のように曲がっていて、内側に刃がある特殊なものだった。
次の瞬間にクリムゾンの真上に巨大な氷が現れ、そのまま落ちる。
クリムゾンはそれを後ろに下がる事によって避けるが、ヘルメスは砕ける氷の後ろから飛び出た。
「人器解放『ヴァラリア』」
ヘルメスは空を駆けながらその剣をクリムゾンへと振るう。
しかし、容易くその刃は剣に防がれる。
「ああ、分かるぜ。その人器は魂に直接傷をつける類だろ。お前の闘気じゃ俺に傷一つつけられねえだろうが、その武器があれば俺を殺せる可能性はある。」
「……どうして分かるんだい? できれば後学の為にご教授願いたいね。」
「なんとなくだ!」
力任せにクリムゾンは剣を弾き、鋭くヘルメスに剣を振るう。だがその剣は空を切った。
ヘルメスは後ろの方に眼の力で転移して、それを避けたのだ。その追撃をクリムゾンはしない。いや、そうすればディーテに撃たれると分かっていたからこそ、できなかった。
クリムゾンの強さはその戦闘における嗅覚にあった。相手の能力をなんとなくで把握したり、敵が何を狙っているかを本能的に理解する。
決してその剣術に技術があるわけではないが、恐るるべき反射神経と本能的な取捨選択が相まって隙がなかった。
加えて眼と強力な闘気がある。単純な強さが故に、勝つのは難しい。
「ああ、分かるぜ。流石にお前らを殺すのは俺でも骨が折れる。時間をかければ、天使王が力を戻しちまう。それはまずい。」
そう言いながら、クリムゾンは剣で自分の腹を斬った。
当然ながら腹からは大量の血が勢いよく流れ出る。それを見て、ヘルメスは理解が及ばず思考が持っていかれる。
自分で自分の体に傷をつける理由など、考えつくはずがない。合理的に戦いを進めるヘルメスにとってそれはあまりにも不可解な事だ。
「だから、殺せる奴を殺させてもらう。」
クリムゾンが消えた。いや、違う。今までよりも遥かに速い移動であったが故に、消えたように見えただけ。
その姿は、この中で一番弱いフィルラーナの目の前にあった。
「"止めろ"」
「『
ヘルメスは思考が追いついていない。動けたのはディーテのみ。
彼女の声に従い、大気はクリムゾンの体を束縛しようとしたが、あらゆる干渉から解き放たれたクリムゾンを止める事はできない。
「ああ、分かるだろう? 俺は元々、お前を殺しに来たんだ。」
クリムゾンはその剣を振り下ろした。フィルラーナの身体能力ではそれに反応する事すらできはしない。
「『
だが、フィルラーナは死なない。運命神の寵愛を受けるフィルラーナが、自分の死の予感を感知できぬわけがない。
そのフィルラーナが落ち着いているという事実が、死なない事を裏付けている。
「悪いわね、私はここで死ぬ予定はないの。ねえ、アルス。」
炎の剣はフィルラーナとの間に割って入り、クリムゾンの剣を止めていた。
そこにいるのは、賢神にしてフィルラーナの最優の騎士。己が神をも打ち破る、正に次代の冠位に相応しい魔法使い。
「だから、来ない方がいいって言ったんですよ。」
アルス・ウァクラートが戻ってきた。
「あら、だけど貴方が守ってくれるじゃない。」
「そりゃそうですが、ね!」
アルスが持つ炎の剣は出力を増し、クリムゾンの体を飲み込む。フィルラーナはそれに巻き込まれないように少し後ろに下がった。
「随分長い間、横で寝てたみてえだが、今更俺を止めれるつもりか?」
炎に巻かれても、クリムゾンは避けすらしない。燃える度にその体は再生していく。
自分で傷つけた腹も、ほとんど治っていた。
「……天使王のおかげで重しが取れたばかりなんだ。」
そんなクリムゾンを前にしても、アルスは退かない。
「悪いが、加減はできないぞ。」
風が巻き荒れる。炎はアルスに集まり、衣へと姿を変えていく。
衣は帯を持つ白き和服へと転じ、炎は消え、その手には実体を持つ美しい剣が現れる。
「『
その身を神に近いものと変える力。それは神を完全に封印したが故に、手に入れたスキルであった。
剣の周辺に、暴風が起こる。
アルスは両手に力を入れ、クリムゾンを風と共に吹き飛ばす。
「
三貴神が一人、大和の国の神をその身に写す。
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