23.神との決着
熱い。痛覚より先に、腹が燃えるように熱く感じた。
手で腹を触れて、その手にべっとりついた血を見た時に初めて、痛みを感じた。
「終わりだ、アルス。」
幕引きを、俺ではなくツクモが宣言した。
「結局は無駄な足掻きだったというわけだ。お前では、私に勝てない。」
意識を手放したくなる程に痛い。血もドクドクと流れ続ける。きっと俺は、放っておいても死ぬだろう。
ツクモが俺にトドメを刺さないのが、何よりの証拠だった。
こいつは案外用心深い。勝利の確信がなければ、先に俺の息の根を止めるだろう。
「だが、そうだな。安心しろ。お前の体は私が大切に扱ってやる。ずっと欲しかった肉体だ。それこそ、何千年に渡り手入れしてやるとも。」
魔法を使おうとしても、痛みがそれを邪魔する。
想像が形になる事はなく、魔力は俺の体を出たあとに霧散するだけ。魔法がもう使えないというのは、魔法使いにとっての敗北に、等しい。
これが戦士であれば、体を奮い立たせて決死の一撃を放てたのかもしれない。
「だから安心して意識を手放すと良い。後は全て、私に任せろ。」
ツクモは口元を歪めた。憎たらしい顔をしているが、その顔を殴る程の力は腕に残っていない。
いや、だがもういい。囮としては十分、仕事をした。
「なあ、ツクモ。」
「まだ喋れたのか。相変わらずしぶとい奴め。遺言なら聞いておいてやるが?」
そう言ってわざとらしく、ツクモは俺に耳を向ける。
「――後ろにいる奴、無視してていいのか?」
新しい魔法を発動させる力は残らずとも、既に発動させた魔法を動かす事はできる。
ツクモの背後にいたのは、もう一人の俺だった。
振り返るがもう遅い。ツクモは一刻も早く、俺を殺しておくべきだった――!
「『岩星降誕』」
喋れない俺の人形の代わりに、俺が魔法の名前を呼んでやる。
地面に転がる岩石が、磁石のように真っ直ぐツクモの体へと飛ぶ。ツクモすら反応できない速度で、岩はツクモを拘束した。
「き、さまぁ! 死にかけの体で何を!」
俺と感覚を共有する、魂を分けたもう一人の俺である。遠隔で動かすには魔石が必要だが、この距離なら問題ない。
それこそ、俺の代わりに魔法を使うぐらいは余裕でこなしてくれる。
想定していた役割とは逆になってしまった。本来ならあっちが囮で俺が魔法を使うはずだったが、まさか抵抗すらできずに一瞬でやられるとは思わなかった。
俺は人形をこっちに歩かせる。人形は俺の体に少し回復魔法をかけ、消えてなくなった。
割り当てられた魔力を使い切って、俺の魂の一部に戻ったんだ。
魔法の操作は俺が受け持つ。まだ腹は痛むが、さっき程酷くはない。それなら気合いで耐えてみせる。
「俺が何の策もなしに、お前に挑むわけないだろうが!」
俺がそう吠えると、岩石は次々とツクモにぶつかり、その姿は岩に隠れて見えなくなる。
その岩は球場の形を形成しながら、空へと浮かび始めた。まるで巨大な岩の惑星が如く、それはこの空間に生まれ出た。
「人器開放、『無題の魔法書』」
俺の目の前に本が現れ、ひとりでにページがめくられていく。そしてとあるページでその動きを止め、俺の魔力に呼応を始めた。
「
魔力が俺の右手に集まる。
親父が残した数ある魔法の中で、唯一発動そのものに詠唱を必要とする魔法こそがこれだ。その代わりに、当たりさえすればどんな敵をも倒す文字通りの必殺。
「天を穿て! 地を割れ! ここに、北欧が魔神の究極兵器があるぞ!」
魔力が輪郭を持ち、質量を持って俺の手に握られる。
それは柄から刀身まで真っ白な槍で、装飾はあまりなく簡素なものだ。しかしここで重要なのは見た目では決してない。
左足を前に、左手を標的に、右足を後ろに、右手に力を込める。
「啼け!」
俺の目の前に魔法陣が現れる。三つの魔法陣が重なった特殊なものであり、それぞれが緻密に形成されている。
「『
肩から手へと力を順に移し、まるで鞭かのようにしならせながら槍を投擲する。
一つ目の魔法陣を抜けて、その槍は金剛へと転ずる。
二つ目を抜け、槍は超常の力を得る。
最後を抜けて、槍は音を置き去りにする。
「貫けェッ!!!」
俺の叫び声と共に、槍は宙に浮かぶ岩の星を貫いた。
目を開けていられない程の光が辺りを覆い尽くし、暴風が巻き荒れる。まるで超新星爆発かと思うほどの、圧倒的なエネルギーがツクモを貫いた。
岩の星は槍の通った部分だけが綺麗に消滅しており、その破壊力に耐え切れず崩壊を始めた。
そして同時に、俺には勝ったという確信が生まれた。
「人形、如きがァッ!」
崩れ落ちる岩の中には、槍に貫かれたツクモがいた。槍はツクモの体の中から木の根を張り、より根深く居着く。
しかし、それでも、ツクモは生きていた。
血を流し、体勢を崩しながらも、俺を狙うその
「この程度で! この私が! 敗れるものかッ!!」
正にゾンビのようだ。ツクモの体は崩れながらも、なんとか形を維持している。その姿は既に神というには威厳を完全に失っていた。
槍に貫かれた腹部は風穴が空き、そこから血が溢れ出している。
「人と一緒にするなよ……! 私には内臓器官など飾りに過ぎん! 魂が滅びぬ限りは、私は負けることはない!」
俺はさっきの一撃に魔力を多大に使った。使いこなせていない俺では無駄が多く、魔力を本来より大きく消耗してしまった。
体も回復魔法をかけはしたが、戦えるほど浅い傷でもない。
「終わりだアルス! 結局、お前じゃあ――」
「『
ツクモの言葉を遮って、最後の魔法を宣言する。
槍から伸びる木は瞬く間に成長し、ツクモの体を樹木の一部としていき、最終的に巨大な一本の木へと変わっていく。
「なん、だ。これは。」
「史上最年少で
最強の一撃必殺を撃って、それで終わったらただの賢神だ。
「お前が受けた初撃は、詠唱と三重の魔法陣だけの効果だ。槍自体にはまた別の効果がある。」
大きく隙を晒す詠唱に、三つの魔法陣を贅沢に使ったんだから、ツクモの腹を貫けるぐらいの威力は出る。
あの魔法陣は親父が練りにねった最高傑作だからな。
だが、本来のこの魔法の目的は別にある。相手の体を貫く必要があるから、威力が高いだけだ。
「槍を起点として、樹木の中に敵を取り込む。それは魂を縫い付けて、お前の力を吸い取って成長し続ける。永遠にな。」
「永遠、だと?」
大木が揺れる。ツクモは抵抗をしているが、この封印を破れるはずがない。
「ふざけるなよ、人形が! お前は一人でも何もできない愚図だ! 私が代わってやろうと言ってやっているんだ!」
「そんな事、頼んでねえよ。」
「魂だけの私を倒すのにこんなに苦労したお前が、これから先の戦いをどうやって勝つ。何が起きれば仲間を守れると言うつもりか!」
暴れても喚いても、封印は解けない。親父の魔法を、こいつ如きが壊せるはずもない。
そんな奴の言葉を聞いても、時間の無駄だ。
「お前は! 何も分かっていない!」
「もう諦めろよツクモ、お前の負け――は?」
木は音を立て始める。壊れ始める。
そんな、馬鹿な。確かに魔法は完璧ではなかったが、確かに形にはなったはず。抜け出せるはずがない。
冷や汗がつたう。これを抜け出されたら、俺は負けだ。これからツクモと戦える余力はない。
「この、程度でぇ――!」
どこからともなく、光の粒子で構成された光の錫杖が十本、ツクモを取り囲むように現れた。
それは、ツクモへ同時に突き刺さった。
「これ、は、天使王! 貴様ァ!」
危なかった。もう少し遅かったら、ツクモは魔法から抜け出していたかもしれない。そうなれば、俺の命の保証はなかった。
「アルス、お前はいつか後悔するぞ! 生まれた事、そのものをな! そして私に体を受け渡したくなる時が必ず――」
「来ないよ。それこそ永遠にな。」
部屋は縮んでいき、俺の背後までドアが来た。
俺はツクモを背にして、ドアノブに手をかける。
「じゃあな、ツクモ。多分、二度と会うことはねえだろうよ。」
俺は、扉を開ける。
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