14.幸せを問う

 一日、これは俺にとって十分な時間だった。

 これだけあれば島を隈無く探索する事ができる。俺の魔法であれば、それが可能である。


 ただ、俺はそれから何をしようとは考えていなかった。

 半ば義務のような感覚でこの島を見なければいけないと、俺はそう思ったのだ。それが如何に無意味で、無駄に終わったとしても、俺は自分を納得させる為にやる必要があった。

 これは俺のエゴだ。畢竟、俺は自分を納得させたいだけなのかもしれない。諦める理由を見たいだけなのかもしれない。

 それでも俺は――






「あ、ごめんなさい!」


 街の中を歩く俺に、子供がぶつかった。

 いや、俺に避ける気力がなかったと言っても良い。元気がないのは、この国の惨状をしっかりと目に映してしまったからだろうか。

 他の皆は先に鐘の下へ行っているから、今は俺一人だった。元々これは俺の我儘だ。付き合わせるわけにはいかない。


 今は夕暮れだ。


 得られた真実は、俺には何もできないという事だけ。

 この国の住民は当然のように魔法植物を使用していて、販売元も多岐に渡る。それを破壊しようとするなら、きっと人を殺してしまわなくてはならない。

 あまりにも根深く、この島にそれは居座っていた。一つ潰してどうにかなるものじゃない。


「……こちらこそ、すまん。」


 子供は頭を下げて、そのまま俺の後ろへと走り抜けようとした所で、気付いた。

 地面に何かが落ちていた。それは気力のない俺にも、さっきまではなかった物と理解できて、それがこの子供の物であるとも分かった。

 俺は反射的にそれを拾って、渡そうとした。


「これ、落としたぞ。」


 そこで、やっとそれが何なのかを俺の脳は理解した。

 

 俺が差し出したそれを、子供は当然ながら受け取ろうとする。俺は咄嗟に、それを持つ手を上げた。


「……?」

「ああ、いや、待ってくれ。」


 疑問符を浮かべる子供を前にして、俺は嫌な汗が流れるのを感じていた。

 理解はしていた。だが、この目で見て、この口で話すとなれば違う。

 こんなにも礼儀正しい子供が、こんなにも純粋な子供が、魔法植物を持ち歩くほどに常用している。

 その事実が、何より俺の心を苦しめた。


 咄嗟に子供からそれを遠ざけたのは、俺の本能だった。

 だってそれは有害なものであって、特に子供には決して与えてはいけないものだ。それが常識だ。

 だけどこの島での異端は、他ならぬ俺である。


「ねえ、返してよ。」


 子供にこれを与えてはいけないと、魂は囁いた。子供の催促に乗ってはいけないと。

 しかし俺の理性は、どうせここで取り上げても意味がないと、返すように告げた。魔法植物は元々消耗品。なくなれば足すだけだ。


「なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「……いい、けど。」


 俺はしゃがみながら、子供と目線を合わせる。

 子供は訝しげにこちらを見ている。いや、ずっと気にしているのは俺が持つ魔法植物なのだろう。


「――お前は今、幸せか?」


 この場に一分一秒とて長居したくなかった。それでも、俺は聞かなくてはならなかった。


「幸せだよ。お父さんもお母さんも、厳しいけど優しいし、それを吸ってたら、嫌な事も忘れられるしね!」


 子供は俺の手にある魔法植物を指差しながらそう言った。

 強く、口を閉じた。叫びだしてしまわないように、目の前の光景に耐えるために。俺は歯が割れるんじゃないかってぐらい強く、口を閉ざした。


 ああ、これは返さなくてはならない。ここで変に騒ぎを起こしてはならない。それはお嬢様に迷惑をかけてしまう。

 魔法植物を持つ手が震えた。それでも俺は、子供の前にそれを出した。


「ありがとう! さようなら!」


 子供はそれを持って駆け出した。


 何が正解だったのだろう。そんな事、俺に分かるはずもない。それこそ分かるのはきっと、この世界を統べる支配神様ぐらいだろう。

 もしかしたら、もっと良いやり方があったのかもしれない。だけど俺には、分からなかった。

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