2.知略は飛び回る

 俺は使用人によって出された紅茶を飲みながら、お嬢様と話をしていた。

 元々紅茶はティーバッグの物を地球で飲む事があったぐらいだったが、そんな俺でもこの紅茶の質が高い事は直ぐに分かる。

 高級な茶葉は勿論、入れる人の質も高い証拠だろう。


「そう、やっと一人ね。七つの欲望をやっと一つ落とせた。」


 俺の報告を聞いたお嬢様は感慨深いようにそう言った。


「まだ、一人ですけどね。」

「認識が甘いわね。カリティを落とした事は大きいわ。あいつは一人で、このグレゼリオン王国さえも滅ぼせる。」

「そんなまさか、王国にはオルグラーがいるじゃないですか。」


 四大覇者の一人にして、王国最強の騎士。『神域』のオルグラーがいれば、いくら名も無き組織であっても苦戦は避けられないだろう。

 確かにカリティは出鱈目だったが、それはオルグラーだって同じだ。

 屈指の実力者が集まる王国騎士の、その全てを抑えて総騎士団長の座に就いている。王国騎士の上位ともなれば、スキルを持っているのも当たり前であり、そのスキル全てを喰い破れるのもまたオルグラーであるのだ。


「……強大な武力も、圧倒的な知力に劣る時があるのよ。」


 そう言って、会話を断ち切るようにお嬢様は紅茶を飲んだ。


「それで、ヒカリは置いてきたそうだけど、それで良いのかしら?」

「大丈夫ですよ。最近、新しい魔法が使えるようになって、それに見張らせています。」


 構想自体は結構前からあった魔法だ。しかし技術やら道具不足やらで実現が難しかった。


「『人形パペット』」


 俺はその場で手の平の上にその魔法を使ってみせた。

 それは、俺だった。正確に言うなら手のひらサイズにまで小さくなった上に、制御が容易なようにデフォルメ化された俺だ。

 原理としては体を分裂させる雛鳥と似たようなものである。どっちも記憶や経験を共有する俺自身だ。


「へえ、可愛らしいわね。」

「そうですかね、俺は結構コイツ嫌いなんですけど。」


 当然ながら発声器官はないので喋れはしないし、いくら俺自身であっても核となるのは俺の方だから意識も希薄である。

 こいつの役割は俺と視界を共有できたり、俺の命令に従って魔法を使ってくれる方にある。


「まあ、これだけだと有効射程は百メートル程度なんですが、魔石を核にして行動を補強する魔法陣とかを書いてあげると、こうやって王都までの距離でも成立します。」


 ネックだったのはこの魔法陣である。かなりの試行錯誤を必要とした。


 まず数キロ離れた所に俺からの魔力供給は不可能なので、魔石を核にする事でそこを供給源とした。

 次に問題なのは魂をその距離離して、適切に連絡を取れるか。この話をすると長くなるので割愛する。これを解説するには魔導における魂のあり方まで話さなくてはならない。

 そして最後に魔法陣を用いて感覚系を与える必要があった。重要なのは視覚と聴覚である。

 いつもであれば魔力の位置から相手の位置を探るが、日常的な護衛を任せるには五感の方が確実だ。そしてその得た情報を魂に送り込む、というのをする必要があった。

 その過程で魔導生命科や魔導機械科、魔導刻印科の方向のものを学んだりもした。


 閑話休題。


 重要なのはこの魔法が実現した事である。どうやったかは、大して語るべきことではない。

 そんなわけで、今でも王都に俺はいる。擬似的な分身ができるようになったのだ。


「どんどん人間離れして来たわね。私としてはお前の使い勝手が楽になる分には喜ばしいけれど。」

「俺の魔法はこういう方が向いてますからね。」


 偵察から暗殺、諜報活動が一番向いている。多分、本格的に訓練を受ければその道で成功できるだろう。

 惜しむべきは俺の進みたい方向とは殆ど一致していない事だ。

 希少属性は持ち主の生来の性格が反映されるらしいが、俺のは神のせいで持ってしまった力だからな。どうも合わない。


「それで、そこまでして行きたい場所というのは何処なのかしら?」


 言おうとしていた事を、先にお嬢様に聞かれた。


「私に報告をするためだけに、そんな面倒な魔法を使うとは思えないわ。ヒカリから長期間離れてまで、行きたい場所があるのね。」

「……その通りです。竜神様から助言を受けまして、天使王に会おうかと。」


 理由を言わなくても、お嬢様は察したらしい。だから何故とは聞かれなかった。

 気になるのは恐らく、どうやって、の方だろう。

 少しお嬢様は考え込むように黙った。俺の顔を見て、置き時計で時間を確認して、そして口を開く。


「決めたわ、私も同行する。今日中に準備を済ますから、明日にまた来なさい。」


 その一言に、俺は思考を停止した。

 お嬢様が、ついてくる?


「いや、いやいや! それは流石に駄目ですよ! 俺でも分かります!」

「用があるのよ、黙って従いなさい。」

「用があるなら俺がやりますよ。天界が何処にあるのかも分からないんですから、そんな危ない旅に同行させるわけにはいきません。」


 そう簡単に天界に行けては困るはずだ。それなら、その道中は危険であるに違いないはずだ。

 そこにお嬢様を連れて行って、怪我なんかさせてしまったら、俺の首が飛ぶ。絶対に連れて行けない。守り切れる自信もない。


「これは命令よ。それに、無策で行くわけじゃないわ。安心なさい。」


 俺はその言葉を疑いながらも、完全に否定はできなかった。

 お嬢様の行動は、その大部分に意味があるものだ。これもきっと、自分の危険を上回るメリットがあると判断したのだろう。

 肝心なそれを絶対に教えてくれないのがお嬢様であるのだが、間違いなく理性的な判断である事は疑いようがない。

 それならば、断るのにはちょっと無理がある。


「……分かりました。」

「それと、その分身を通して逐一王国の状況は確認させておきなさい。私の予想が正しければ、そろそろ来るはずだから。」


 来るはず、来るはずとは誰がだろう。待っている人でもいるのだろうか。


「名も無き組織の幹部の一人よ。オルグラーには警備を強めるように伝えてあるけど。」


 その言葉に一瞬耳を疑う。

 この前倒したばかりなのに、その上で王国に来るなど信じられないからだ。普通はほとぼりが冷めてから次の行動をするものじゃないだろうか。

 特に今は世界中でいつ来るか分からないと軍備を強化している段階だ。タイミングが悪い。


「安心しなさい、もう少し先よ。だけど次に来るのはグレゼリオン王国なのだけは確かね。」

「何故、そう言い切れるのですか?」

「私の予想が、ただの一度でも外れた事があったかしら。」


 ああ、そうだったな。他の人ならともかく、この人であればそれは信憑性が高い。


「……警戒はしておきます。それに今度こそ、俺一人でも戦えるようにもしておきます。」

「期待しておくわ。励みなさい。」


 俺は想像が甘かったことに気付く。

 そもそも、名も無き組織がこっちに都合が良いタイミングで来るという考えが間違いだ。

 あいつらは最もこっちの嫌な所を刺してくる。今までもずっとそうだ。

 できるだけ早く、こっちの事情は片付けなくちゃな。

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