1.リラ―ティナ領の館にて
カリティとの戦いに勝利した後、その余韻に浸る暇もなく俺はグレゼリオン王国の王都に戻った。
カラディラやオラキュリアとも話したかったし、フランとティルーナとは酒も酌み交わしたかったが、生憎とそんな時間はなかった。
みんな忙しかったのもあるが、俺自身にのっぴきならない事情があったのだ。
俺は王都でアースに報告を終えた後に、そのまま南にあるリラーティナ領へと向かった。
建前で言うならお嬢様へ近況報告、本音を言うなら
それ程までに俺の中の神、ツクモの脅威は刻一刻と増していた。
前回の戦いでは、少し邪魔をしてきた程度ではある。それでも、強敵との戦闘では致命的な隙となる。
こんな事が起きる前提で戦いを進めるのは恐ろしいし、必ずどこかで死んでしまう。
だから俺はヒカリを置いて、ここ、領主の館まで来ていた。
「初めて見たけど、やっぱりでかいな。」
豪華絢爛という言葉をそのまま家にしたかのような西洋風の館であり、それは大きいが、決して無駄に大きいとは思わせない芸術性があった。
加えて、館を覆う魔力から防犯性もかなりのもの。正規の方法以外で侵入した者を拘束するような魔法が見て取れる。
俺なら正面からぶっ壊して侵入はできるだろうが、中にいる騎士の練度もかなり高い。できないとは言わないが、ここを落とすのは難しいだろう。
こんな見た目で要塞のような堅牢さも併せ持っていたのだ。
「アルス・ウァクラートさんですか?」
それを眺めていると、門衛が俺に話しかけてきた。
今は国直属の賢神ではあるが、将来はここで騎士をやる予定だから、俺の名前を知っていてもおかしくない。
俺は門衛の言葉に頷く。
「中でフィルラーナ様がお待ちです。どうぞお入りください。」
そう言って門が開けられる。俺は感謝の言葉と、少し会釈をして門を通った。
俺は綺麗な庭をキョロキョロと見て回りたい気持ちを抑えて、真っ直ぐ館へと足を進めた。
もしお嬢様に見られていたら、だらしないとか言われるに違いない。
「……よし。」
俺は意を決して、館の前でドアノブに手をかける。
こんなにも緊張しているのは、公爵家の館というのもあるが、何より少しフィルラーナ様に会うのが恐ろしいのがある。
子供じみた事を言うなら怒られたくない。何も悪い事はしていない筈だが、気付かぬ間にやらかしている可能性はある。
俺はドアノブを捻り、館の中へ入った。
館の中も漫画やアニメで出てきそうな、美しいものであった。
変に高価な者を置くのではなく、馴染むようにして芸術品が飾られており、成金などとは格が違うのは一目瞭然である。
国の始まりから、王国を守り続ける四大公爵が一つ、リラーティナ家の名は伊達ではない。
「――よく来たな、アルス・ウァクラート。」
館の内装に見惚れていると、意識の外から声をかけられる。
館に入って真正面にある大きな階段は、壁に当たって左右へと分かれていた。両階段、というやつだろうか。
壁の部分には踊り場があり、声がしたのはそこからだった。
そこにいたのは一人の男である。その服装、その堂々とした立ち姿、貴族であるのは想像がついた。
真っ赤な髪と目は、否が応でもお嬢様の姿を連想させる。
「私はノストラ・フォン・リラーティナ。リラーティナ公爵家が長子だ。」
鋭い赤い目が、俺を射抜く。
俺はその言葉に驚きはなく、むしろそうだろうな、という納得感の方が強かった。
容姿が似ているのは勿論、何より雰囲気が同じだった。立っているだけでこれだけの迫力を出せる人はそういない。
「フィルラーナに会いに来たと聞いているが、相違ないな?」
「違わないが、何か問題でもあるのか。」
「いや、問題があるわけじゃない。ただその前に、私と話してもらおう。」
ノストラは階段を一段ずつ降りる。何を問われるのだろうと、俺は固唾を呑んだ。
やっとノストラが目の前に立つと、その口を開く。
「お前がフィルラーナの騎士なんて、私は認めないからな!」
そして、そんな言葉を言い放った。
「……へ?」
「確かに賢神で、しかも直近では七つの欲望を倒す現場に偶然居合わせたようだが! そんなことで妹の騎士になるなんて百億年早い!」
予想すらしていなかった話で、頭が混乱する。
この怒り方は家の為では断じてない。お嬢様の名前を強調しているように、私怨に近いように思えてならない。
しかし公爵家の長子が、そんな子供みたいな事で怒るだろうか。俺はもしかして、試されているのだろうか。
「妹は贔屓目を抜きにしても完璧だ。才能もあり、努力も惜しまず、容姿端麗で人一倍優しい子だ。」
優しい……?
「そんな妹の騎士となりたいのならば、冠位の一つや二つは取ってもらわなくては困る!」
「冠位は二つ取れないけど。」
「口答えをするな! そもそも男の騎士というのも気に入らんのだ!」
まあ、男の騎士が良くないのは分かる。公爵の令嬢が男を常に側に置くのは評判も悪いだろう。
俺とお嬢様はあり得ないが、
「そもそも敬語で話せ。仮にもお前はリラーティナ家に従う身だ。」
「俺が忠誠を誓ったのはフィルラーナ様ただ一人。俺は主以外の命令は聞かん。」
「学園の頃は敬語をよく使っていたと聞いたんだが?」
「賢神で敬語を使っていたら舐められる。処世術と言ってくれ。」
賢神という存在は、魔法使いのあるべき姿に基づいている。
要は魔法使いが金や権力に媚びる存在であってはいけず、人類全体の発展を最終目的とする研究者であらなくてはならないという点である。
故に人によって対応を変えてはいけないし、逆に言えば意味もなく力を振るってもいけない。戦争に関する魔法利用に関しても、賢神魔導会は大きく関わってくるしな。
「大体お前は――」
「うるさいわ。」
言葉を遮って、その背後からノストラの脛を踏みつけるようにして蹴りが放たれる。
「いったあ!」
足を抑えてノストラは座り込み、その後ろからお嬢様が顔を出した。
実の兄に対しても全く容赦がないようで、逆に安心した。お嬢様に限っては身内に甘いなんて事はないわけだ。
「よく来たわね、アルス。元気そうで何よりよ。」
「ま、待てフィルラーナ。目の前でお前の兄が、明らかに元気をなくしているぞ。」
ノストラの言葉をお嬢様は平然と無視した。
「場所を移すわよ。聞き耳を立てられてはかなわないわ。」
「……いいのですか?」
「お兄様は過保護なのよ。優しくすると余計に強気に出てくるから面倒くさいわ。」
今のお嬢様の説明で、少なくともお嬢様の前ではいつもノストラがこんな風というのがよく分かった。
その場から動けないノストラを置いて、お嬢様と上の階へと進んでいった。
「本当に置いていくのか!? 俺はリラーティナ公爵家の長子だぞ!?」
「お兄様、思想が古いわ。最近は長子が継がないことも増えてきたじゃない。」
お嬢様は軽くあしらって、そのまま進んでいった。俺もちょっと躊躇いながらも、上の階へと上る。
階下からは情けない次期当主の声が響いていた。
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