鬼と竜の国
「見ろよ、シャウディヴィーア。この荒れ果てた土地を。」
鬼人族の男は荒れ果てた荒野の丘の上で、シャウディヴィーアへとそう言った。
草も生えない荒廃した土地であり、ここから農作物を育てるのも難しいだろう事は容易に想像できる。更に整備されていないため凹凸が激しい地形だ。家を建てる事さえも難しい。
ここを開拓するなど、常人なら考えもしない。しかし生憎と、その男は普通じゃなかった。
「ここに鬼の国を作るんだ。楽しそうじゃねえか!」
男は大笑いをする。失敗をすることに対しての恐れなど微塵もない。それは男の若さ故の無鉄砲さではなく、大きな野望に挑戦する天才の一歩であった。
「邪神との戦争で残った戦禍は未だ消えない。住む場所に困る鬼人族なんて腐るほどいる。それなら、俺が王になっちまっても構わないってわけだ。」
「……こうやって付いて来た私が言うのもなんだけど、勝算はあるのかい?」
シャウディヴィーアは男へそう尋ねた。
しかしその質問に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに不敵に男は笑みを浮かべながら返す。
「グレゼリオン王国を出る時に、ここに竜神様の加護の下、国を興すと言いまわっておいた。」
「そんな約束、してたのかい?」
「いいや、今からする。多分上手くいくだろうぜ。」
その根拠のない自信を、決してシャウディヴィーアは馬鹿にしたり呆れたりはしなかった。だが、大きな笑い声をあげる。
「ほら言ったろ、俺について来たら絶対に楽しいってな。」
「フフフ、確かに面白い。だけどいいのかい。竜を利用して成長すれば、この国はきっと竜の国と呼ばれる事になる。鬼の国ではなくてね。」
それは男の本意ではないだろう。
男の野望はあくまで鬼の国であって、竜の国ではない。今まで魔法が苦手である為に栄えることができなかった鬼が、胸を張って堂々と生きれる世界を作る。
幼い頃から種族の差に悩んできた男であるからこそ、抱かずにはいられなかった大きな野望であった。
「それは、誰かが継ぐさ。何百年も先にいつか、きっと現れる。あの竜とさえも対等に立てる奴が。」
「随分と無茶を言うものだね。」
「それぐらいやらなきゃ意味ねえ。いつか呼ばせてやるよ、ここは鬼と竜の、最強の2種族が住まう地だってな!」
大きく男は啖呵を切った。
「世界最古にして最強のグレゼリオン王国にも、匹敵しうる国にしてみせる! この国の名は――」
ホルト皇国の皇都の郊外にて、人影少ない墓地があった。
そこに足音が三つ響く。一人は剣闘士であるジフェニル、もう一人は剣士であるフラン、最後の一人は皇帝のシロガネだった。
「俺は、ここまででいい。後は二人で行け。」
墓地への入口付近でフランは足を止め、そう言った。
シロガネは少し申し訳なさそうな顔をしながらも、ジフェニルと墓地の奥へと進んでいった。
一つの墓石の前で、ジフェニルは足を止めた。一瞬だけ遅れて、シロガネも足を止める。
その墓石にはフリーデルと、名前一つだけが刻まれていた。
「これが、フリーデルの墓か。」
シロガネはポツリと呟いた。ジフェニルは何も言わない。
「……すまんな、無理を言った。俺が殺したのに墓参りなんて、おかしな事とわかっとる。」
「オイラも大分無茶を通した自覚はあるからな。お互い様や。」
それに、とジフェニルは言葉を続ける。
「フリーデルは、皇国を愛していた。やから国の兵士になった。オイラがあの時にお前を殺していても、晴らせるのはオイラの恨みだけ。」
それは果たして、フリーデルの望む所であったのだろうか。死人に口無し、真実は永遠に分からない。
それでも、意思を汲み取るのを諦めてはいけない。最も人にとって重要なのは、結果に至る事ではなく、迫ろうとする事である。
その思惑の全てを理解できずとも良い。知ろうとした事と、得た微かな理解に万金の価値がある。
「きっとオイラが暗殺を成功していたら、この国は荒れ果てた。それはきっと、フリーデルが望んだ国なんかやない。」
この国の唯一にして絶対の権力者、それこそが皇帝である。その暗殺が及ぼす影響はあまりにも重い。
シロガネに世継ぎはおらず、親族は軒並みに高齢である。世継ぎを争って国が二分してもおかしくはなかった。
「オイラはフリーデルの代わりにはなれん。やけど、フリーデルが冥界から見て、喜べるような世界を作ってやりたい。今はそう思うだけや。」
如何に恨みの対象であっても、それを利用した方が良い局面がある。
自分の復讐と、弟の夢。その2つを天秤にかけ、ジフェニルは後者を選び直したのだ。
それがどれだけの葛藤の果てか、シロガネは理解している。
「それなら、俺もやれる事をやる。」
そのシロガネの言葉は重い。決意があった、覚悟があった、夢想があった。それがその言葉を重くさせていた。
「悪いがまだ、俺は皇帝をやめるわけにはいかん。俺に罪があるとするなら、それは死んだ事で償える事やない。」
死を償いとする事はできない。死は、償う気のない者に与える罰である。
本当に償うのならば、自分の全てを犠牲にしてでも、より多くの人を救う道を選び続けるべきだ。特にシロガネには、自分にしかできない事が多過ぎた。
「皇室に根付く鬼人族至上主義を排除し、ありとあらゆる種族でも平等に扱う。その上で、鬼を真正面から最強の種族にしてみせる。」
これは誓いであった。
「もう卑怯な手は使わん。きっとお前は俺を恨むやろうが、それは俺の罪や。甘んじて受け入れる。だから、見ていてくれ。」
許しは請わない。人を殺した事を、許してもらえるわけがないのだから。
「人間を、エルフを、獣人を、ドワーフを、魔族を、
人類計九種。その頂点を目指すのだ。きっとそれは、長い道のりとなるだろう。
それでも、シロガネは決めた。
「最強の種族、竜にも匹敵する力を手に入れて、作ってみせる。」
遥か昔の初代皇帝が志したように――
「――鬼と竜の国を。」
鬼と竜が並ぶ国が、そこに生まれようとしていた。
新たな風が吹く。それは大地を撫で、空に巻き上げてどこまでも世界に広がっていく。
「やっぱり、人の営みは美しい。」
シャヴディヴィーアはその風を感じながら、空から皇国を眺めた。
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