34.一手進み一手届かず

 賢神に聖人、竜王が揃っても、勝負は決まらない。むしろ持久戦になればなるほどに、体力を消耗してしまう。


「チッ!」


 それでも、舌打ちを打つぐらいカリティが苛立っているのは、間違いなくオラキュリアの活躍が大きい。

 オラキュリアがいるから誰も殺せず、オラキュリアを殺すには他の奴らが邪魔過ぎる。


「あのさぁ、そろそろやめにしないか。今なら君達全員、生かして返してあげてもいいんだ。俺だって人を殺したくはないんだよ。」


 話しながらも迫る攻撃を全て額縁で防いでいる。まるで盾のような使い方だ。

 攻防共に強力で捕まれば魔法が使えなくなる鎖、どんな攻撃も通させない上に転移も可能な額縁、更にそれを超えても本人に伝わるのは衝撃とかだけ。


 これら全てがスキルによるものだ。魔力と闘気の動きがない以上、それ以外はありえない。

 だが、ヘルメス曰くスキルには限界が決まっている。

 この世界に存在するスキルは、方向性や術者の技量の差はあれど結局の出力には限界がある。

 もし限界を超えた出力を発揮するスキルがあるのなら、それは必ず別の方向で同等のデメリットを背負う。体力であったり、魔力であったり、場合によっては魂を削らなくてはならない。

 カリティは間違いなく、通常の出力を越えている。特に全ての攻撃を無効化するスキルは必ずだ。

 だからあるはずなのだ、致命的なデメリットが。


「……あの、分かる?俺は譲歩してやってるんだ。たかがお前らの為に。だというのに――」

「ごちゃごちゃうるせえ!」


 オラキュリアは素早く回し蹴りを叩き込む。それは額縁で防がれてしまうが、バキッという音を響かせて砕け散った。


「ッ!?」

「竜は、一度始めた勝負は必ず取り下げない。そんな軽い気持ちで振るうほど、竜の力は軽くねえんだよ!」


 いくつもの額縁がカリティの前に現れるが、それを拳の一撃でオラキュリアは粉砕する。


「お前と我、死ぬまでやり合おうぜ。数十年でも、数百年でもな。」


 それは冗談でも比喩でもない。肉体を持つ全種族の中でも最長とも言える寿命を持つ竜であれば、数百年戦うのはおかしな話でないのだ。

 初めてこの戦いの中で、カリティの顔に怯えの影が見えた。

 しかしまだ足りない。まだあの表情から余裕が消えない。あと二つ、カリティを落とすには足りない。


「――無銘流奥義六ノ型」


 ずっと待っていた声、この長期戦は全てたった一人が来るまでの時間稼ぎに過ぎない。


「『絶剣』」


 オラキュリアへと向けられた鎖が、宙にて壁にぶつかったように全て弾かれる。そうすれば当然、オラキュリアには余裕ができる。


「歯ァ食い縛れ。」


 隙だらけのカリティの体を、オラキュリアの拳が貫いた。

 カリティの体はくの字に折れ曲がり、そのまま吹き飛んで地面を何度も転がっていく。


「待たせたな。」


 俺の隣に、誰かが立つ。顔なんて見なくとも、それが誰なのかなんて分かった。


「いいや、早過ぎるぐらいだよ。」


 俺はフランの言葉にそう返した。

 俺が知りうる中での最強の剣士、フラン・アルクスが来た。均衡の状況は一つこちらに傾く。

 だが、まだ一つ足りない。フランが来ても、カリティの余裕を崩すには足りない。


「……俺が、俺を、地面に転がしたのか?」


 地面に座り込むカリティは、そうやってポツリと呟いた。


「どうやら丁度、ここからが本番みたいだ。」

「……ああ。」


 俺は魔力を練り、フランは剣を構える。

 カリティは不気味に、不器用に立ち上がる。それに追撃を加える奴はいない。


 まるで奥底の、深淵から這い出るような禍々しさをカリティから感じていた。それは人のものとは思えない。

 俺は理解する。今までが如何に本来の力に比べ、加減をしていたのか、力を抜いていたのか。恐ろしいのはカリティではない。その裏側にある『ナニカ』に、生理的な嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 詳しく説明はできないけれど、カリティは人としてのレールを外れていた。俺はこれを、人と呼びたくなかった。


「俺が、俺が、俺が俺が俺が俺が俺がおれがおれがおれがおれがおれが!」


 鎖が、額縁が、さっきまでの倍量の数のそれが、カリティの周辺に漂い始める。


「俺がこんなにも平和的な解決を望んでいるのに! 争いなんて好きじゃないのに! それでもお前達がやったんだ!」


 こんなもの、魔法で再現しようと思えば魔法使い数百人規模での運用が当然のものだ。

 それを個人で、カリティは悠々と行使していたのだ。


「お前達が俺を! こうさせたんだ――!」


 真っ先にその鎖の標的となったのはオラキュリアだった。鎖はさっきより更に速いが、オラキュリアならば対応ができた。

 しかし、遅れて他の人にも鎖が飛ぶ。数が多い分、手当り次第に全員を鎖が追った。ともなれば、不味いのはこの中で鎖に対抗できないヒカリだった。


「カラディラ!」

「――ええ!」


 フランの呼び声にカラディラが反応する。鎖が追うより速く、地面を這うようにカラディラは飛行して、その両手でヒカリを掴んで上空へと離脱した。

 しかしそれでも鎖は二人を追う。カラディラは両手が塞がっているから対処は難しい。


「『絶剣』」

「『雷皇戦鎚ミョルニル』」


 フランは剣を振るってカラディラを追う鎖を斬り落とす。俺は、フランと自分に来ていた鎖を叩き落した。

 デメテルさんとヘルメスも上手く避けたようだった。

 そして、ヘルメスはもう杖を持っていない。絵画すらもだ。それはつまり――


「――状況は把握してます。私は何をすれば?」


 声が背後から聞こえた。ティルーナが、戻ってきたのだ。

 かけたい言葉はいくつもあった。無事にまた会えた事が何より嬉しいし、あの時に守れなかった事は謝りたい。

 だけど、そのどの言葉も俺が言いたいだけの言葉だ。ティルーナはそんな言葉を聞きたくはない。


「ティルーナ、お前の好きなように動いてくれ。」

「分かりました。」


 変な指示なんていらない。ティルーナなら問題ない。

 敵は強くなったが、ティルーナが増え、それに伴ってヘルメスも自由になった。勝機は必ずある。ヘルメスがやってくれる。


「今回こそ、必ず共に戦ってみせます。」

「……馬鹿言え。今回だよ。」


 支援魔法の使い手が二人もいれば余裕ができる。それは支援魔法の種類も多岐に渡り、怪我はできる度に回復される安定性を生む。

 支援魔法は極端に状況を変える事はないが、確実に一手ずつ未来に繋がっていく。

 誰も死なせない。死の淵にすら立たせてなるものか。全員無事でカリティを倒す事ぐらいできなきゃ、俺は俺を許せない。


「ティルーナ、私は強化魔法だけを使います。怪我人の治療は全てあなたがやりなさい。」

「はい!」


 デメテルさんの言葉に力強くティルーナは頷いた。

 さっきまでは割と余裕があったが、流石にできる傷が多くなってきた。鎖の操作が雑だからモロに喰らう事はないが、数が増えた以上避けきれない攻撃も増えてくる。

 しかしその傷は全て、ティルーナが治してくれる。これ程のメンバーに加えて、盤石な体勢だ。普通なら絶対に負けない。


「ハハ、ハハハハハ!!!!!」


 狂気的なカリティの笑い声が辺りに響き渡る。

 まるで、海を飲んでいるようだった。飲んでも飲んでも底はつきず、しかも体に毒でも仕掛けられているような焦燥感が頭にどうしてもこびりつく。

 一分一秒毎に、ヘルメスの策はまだかと思ってしまう。追い詰めるまでは出ないと知っているのに。


 どうしようもなくそう思うぐらいに、カリティを倒す方法が俺には思いつかなかった。

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