33.死中に活を
カリティは吹き飛ばされていく時に、ティルーナの絵画を落としていた。ヘルメスなら、絵からティルーナを出せる。
助けに来て申し訳ないが、ティルーナもこの状況では大きな戦力だ。協力してもらわなくてはならない。
「ヘルメス、ティルーナを頼む。」
「……抑えられるかい?」
フランと俺の二人がかりで、前は負けた。今回はフランすらいないが、その分、前回はいなかった人がいる。
「俺は魔法使いの一族、ウァクラート家の末裔にして、将来の冠位だ。余裕だよ。」
俺は外に飛び出る。カリティの顔を掴んでいるカラディラの周辺の土から、鎖が一気に飛び出た。
カラディラは大きく翼を広げて、間一髪で逃げ出す。しかし鎖は空飛ぶカラディラを追い続ける。
「聖剣顕現」
しかしその鬼ごっこも、ヒカリがスキルを使った瞬間に幕を閉じる。
ヒカリのスキル『勇者』の効果は様々な強化を自身にかけ、聖剣を出す事でその強化の一部を他者にもかけれるということ。
味方だと認識した全員に、ヒカリの強化が入る。正にそれは、先陣を切り皆を引っ張る勇者のように。
「クソ! 流石に竜は速いな!」
カリティはそう悪態を吐いた。
しかしそんな事を知らないカリティにとっては、ただ振り切られたようにしか見えない。ヒカリを狙う理由にはなり得ない。
それならば、弱いやつを狙うほどの余裕がないほど俺が追い詰めてやればいい。
「『
俺は体を火に変えて視界を潰すように飛び回る。
「うざったい! どこまで俺の邪魔をするつもりだ!」
「邪魔、違うな。テメエを殺すために、この我が出向いてやったんだ。」
空から耳が潰れるほどの爆音が響く。その声を聞くだけで全身がビリビリと痺れるようだった。
天を見れば太陽を覆い隠す程の竜の姿があった。
カラディラの父親にして、竜の里の長、オラキュリア。当然ながらその能力は普通の竜を遥かに上回る。
「『
竜は大口を開けてて、その口元に即座に魔法陣が展開される。だが、それは俺の知っている魔法陣とは少し違った。
竜の為に最適化された独自の力、竜だけに使える魔導、竜法の初歩にして奥義。ドラゴンの代名詞とも呼べる、息という名の砲撃。
荒れ狂う青の魔力の光線が、一瞬にしてカリティを射抜いた。
「さっすがお父さん!」
「死ぬかと思った!」
発した声の前者がカラディラ、後者が俺である。
着弾した瞬間に爆発したのだから、俺も離れなければ爆発に巻き込まれている所だった。
しかしイカれた威力だ。カリティの周辺は土埃でよく見えないが、下がクレーターのようになっているのは分かった。小さな村ならあれ一発で滅ぶだろう。
あれが竜にとっては戦闘中に何度も使う技の一つなのだから恐ろしい。
「……図体がデカいだけのゴミが。お前は的にしかならない。」
土埃を抜け、鎖がオラキュリアへと迫る。通常ならその巨体は防御力と体力の証明だが、あのカリティを前にしてはそのどちらも大した価値はない。
「図に乗るなよ。たかが、我の手を一つ防いだ程度で。」
その巨体は一瞬光に包まれて、体積を減らして人の形を取る。人化の術だ。
その姿は人と言うより竜の姿に近い。肌には鱗がいくつも混じっていて、人と竜が混ざったようであった。
オラキュリアは鎖をその腕で全て弾く。
「確かにテメエは不死に近い。だけどよ、こんな生っちょろい攻撃で、この我を滅ぼせるわけもない。」
竜の全面協力の約束は、この時の為だった。竜の里でも最強の、オラキュリアに協力させる為に――
「俺は、一人だ。それに対して君達は5人以上だよ。卑怯とは思わないのかい。それとも、竜は集団で一人のちっぽけな人間を滅ぼす趣味があるのかい?」
「人と竜は異なるものであるが、対等だ。人が竜を倒すとき徒党を組むのなら、竜だってするに決まっている。」
フランこそいないがオラキュリアとデメテルさん、カラディラ。これだけの強者が揃えば決して状況は不利ではない。
オラキュリアとカラディラが積極的に肉弾戦を仕掛け、俺は後ろから隙をついて魔法を喰らわせる。デメテルさんは後ろから支援魔法を飛ばしながらヒカリの近くで警戒を飛ばしていた。
ここまではヘルメスが事前に説明していた策の通り。竜の到着が早いという嬉しい誤算以外は、大体想定通りの動きとなっている。
「そうかい、ならしょうがない。」
迫るカラディラの攻撃を、突然と現れた額縁が防ぐ。
鎖ならある程度弾いたりできていたが、額縁に拳がぶつかっても全くビクともしない。
「いくらお前らに殴られても痛くはないけど、ちょっと体が揺れるし、何より気分が悪い。俺も、一人ずつ殺していくとしよう。」
加勢に来たオラキュリアを数十の額縁で進路を断ち、そして足元にもう一つの額縁を出してその中へ入った。
あの時、ティルーナを連れ去った時と同じ移動方法だ。どこから現れるか予想するにも、ここら辺には額縁が多過ぎる。
「――まさか。」
真っ先に向かう先を理解したのは俺だった。
カリティにとって俺達は同列の雑魚に過ぎない。それならば最も不快な行為をしている奴が標的となる。
ティルーナを絵から出そうとしているヘルメスは、一番にカリティから敵意を買っている。
「俺のコレクションに触るなよ、出来損ない。」
絵へと杖の人器を突き立てるヘルメスの眼前に、カリティか現れた。
鎖は杖を持つ右手を瞬時に絡みつく。そして、次にヘルメスの首の周りを鎖が走り、首を締めれるように巻き付いた。
「近付くなよ。俺は即座に、こいつを動かなくできる。」
翼を広げ、即座に向かおうとしていたカラディラが止まる。
「いくら個々としては強くとも、足手まといが多過ぎる。こんなんで俺に勝とうなんて、頭悪いんじゃないの?」
カリティはそう言って、俺達の方を見渡す。
しかし俺はカリティの事は認識していなかった。俺はずっと、ヘルメスの表情を眺めていた。
「……君の移動手段はその額縁か。よく見れば移動用とそれ以外では額縁のデザインが違う。使い分けているのかい?」
「よく分かったね。俺はこの額縁に入れば、事前に出していた額縁から外に出れる。無制限の捕獲用の額縁と違って、三つしか出せないけど、お前らを相手にするには十分過ぎる。」
移動用のものはさっきの感じから見て、念じるだけで出るようだ。デザインが違うし三つしかないと言われても、そんな事を戦闘中に判断するのは不可能に近い。
欠点という欠点が存在しない。これがチート主人公に挑む脇役の気分なのだろうか。
「教えてくれてありがとう。もういいよ。」
「は? 何を言って――」
カリティが認識するより速く、音と共にオラキュリアが消え、カリティの顔面をオラキュリアの拳が捉えた。
勿論、それは少しカリティの体を浮かすだけでダメージはない。
しかしオラキュリアが鎖を引き千切り、ヘルメスが絵を回収するには十分な時間を生んだ。
「『
そして短距離転移で移動したヘルメスは、デメテルさんによって回復を受ける。
鎖によってつけられた首の傷は瞬く間に癒え、ヘルメスは再び人器を絵画へと突き立てる。
「よく抑えた。引き出した情報は大きいぞ。」
「そりゃ、お前があんなに来るなって顔してれば行けねえよ。」
ヘルメスの言葉に俺はそう答えた。
随分と無茶をしたとは思う。ヘルメスの首の傷は、素人目でも酷かったように見えた。きっと鎖が引き千切られるまでの一瞬でやられたのだろう。
デメテルさんがいなければ戦線離脱は確実だったろうし、これがヘルメスでければ無視して助けに行っているところである。
「勝機は見えた。さっきの情報が嘘じゃなければね。」
ヘルメスは不敵に笑う。本当に、こういう時はヘルメスが頼りになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます