17.地獄日和

 特に収穫もなく、集合場所である宿屋に戻ることとなった。収穫が得られるだなんて、誰も思いはしていなかったのだから十分だろう。


「なるほど、カラディラがどこかに行ったのか……まあ、それは放っておいても大丈夫かな。」


 フランの報告をヘルメスはそうやって雑に受け流す。だけど竜の安全を気にする方が馬鹿らしい話である。

 それにヘルメスはカラディラを呼ぶ方法があるようなので、困る事はきっとないだろう。それよりもやらねばならない事は沢山ある。


「明日辺りには皇都を出て捜索をするから、今日はゆっくりと休みな。僕はアルスに頼まれた封印の魔道具を作ってるよ。」


 そう言って、ヘルメスは一番に自分の部屋へと移動していった。当然のように封印魔法を扱えるのは、本当に流石と言う他ない。

 俺もこのまま部屋に行って寝てもいいが、それでは少し時間が勿体無い。

 これからヒカリとフランは剣の稽古をするらしいし、俺も魔法の鍛錬をしておいた方が良いだろう。相手が相手なのだから、苦戦は必須だ。


「アルスさんは、どこに行くんですか?」


 宿の外に行こうとする俺を、ティルーナは呼び止めた。


「魔法の練習だよ。ヒカリが剣術の練習をしている横で、ゆっくり眠ったりなんかできるわけないだろ。」

「相変わらず、変な所で責任感がありますね。」

「油断したら死ぬ戦いになるだろうからな。こんな状況でよく眠れるのはフランぐらいだ。」


 確かに、とティルーナは賛同をして俺の隣まで足を運ぶ。


「それなら手伝いますよ。相手がいた方がやりやすいでしょうし。」

「……ああ、じゃあ頼む。」


 ティルーナが相手になるだろうか、と一瞬は思ったがその念を振り払った。

 俺とエルディナの決勝戦を見て、それでも相手になると思っているのだ。きっと相当鍛えたに違いない。実際、魔力は前よりよく練られている。


「カリティへの勝算は、どの程度ありますか?」

「ゼロだ。俺単体じゃ絶対に勝てない。」

「そこまで言い切りますか。負けたのは五年以上も前の事ですよ。」


 俺は強くなった。それは間違いない。だからこそ、分かる。

 カリティと戦ったケラケルウスの強さが、その力をもってしても傷一つつけられなかったカリティの異様さが。


「俺はこの戦いに賢神十席相当の実力者が必要だと、そう思っている。だからアースにも伝書はもう送った。」


 秘密裏に実力者を送るような頼みだ。オルグラーは連れ出せないだろうが、強力な冒険者か魔法使いぐらいなら呼べるだろう。

 ヘルメスの方にもそれは頼んでいる。来るかは分からないが、クランハウスへ手紙を出したそうだ。

 一週間もあれば誰かしらは来るだろう。いつカリティが現れるか分からない以上、緊急での動員となるはずだ。


「……悔しい事だけどな。」


 俺が冠位に並ぶ力があるのなら、こんなことを依頼する必要はなかった。昔より確かに強くなっていても、俺は未だに親父の足元にも届かない。


「私からしたら、十分に人間の範疇ではありませんけど。」

「師匠にとっては、俺はただの人間だよ。」

「ただの人間は雷になったり、街一つ滅ぼせる魔法なんて使えませんよ。」


 否定はできない。準備に一日かかる上、それを邪魔されないというありえない仮定の下にはなるが。

 そもそも街一つ滅ぼすなんていう広域殲滅魔法が仕えたところで、何の強さの証明にもなりはしない。実際、倒さなくてはならないのは一人だけだから、如何に魔力を集約できるかが重要だ。

 それの極地が巨神炎剣レーヴァテインだ。街を一つ滅ぼせる魔法を、たった一人を倒すために使うからこそ威力は絶大となる。


「どちらにせよ、勝てなきゃ意味ないさ。勝ちたい奴にな。」


 街の中でも開けた広場についたので、そこで足を止める。しかしそこには、既に人の影があった。


「もう人がいるのか。それじゃあ、別の場所を探すか。流れ弾が飛ぶ可能性だってある。」

「そうですね。それでは――え?」


 ティルーナが俺の言葉に賛同して、別の場所を探そうとしたタイミング。丁度そのタイミングで、まるでテレビのチャンネルが切り替わるように、そこにいたはずの人は消えていた。

 魔力の感知を広げる。しかし家の中にいる人以外には外に出ている魔力は感知できない。見間違いだったのかとも思ったが、二人が同時に見間違うなどありえない。

 この薄気味悪さには、覚えがあった。


「やあ、久しぶりだね。探すのに思いのほか手間がかかってしまった。」


 それは背後にいた。薄暗い赤色の髪と、紫色の目はおぞましいほど記憶に刷り込まれていた。

 思考が停止する。覚悟はしていた。していたが、早過ぎる。準備もまだだし、戦力も全くと言っていいほど足りていない。

 誰が予想するというのか。ラスボスが、たった一人で夜中の街を練り歩いているなどと。


「ああ、美しい君よ! 約束通り、俺は君を屋敷に連れ去りに来た! 遅くなったのには理由があるんだ、俺も仕事が忙しくてね。だからこうやって、仕事の場所と一緒じゃなきゃ来るのが難しかったんだ。ごめんね、待ってたよね。」


 男は一歩、また一歩とこちらへと近づいてくる。狂気的な笑みを浮かべて、こっちへと、いや正確にはティルーナの下へ進んでいく。


「だけどまあ、許せるよね。俺が謝っているんだから許せないわけないしね。ああ、それにしても久しぶりだ。五年ぶりかな? もっとかな? いやあ、俺もずっとずっとずっと辛かったんだけどさ! だって手元に欲しいものがないなんて嫌に決まっているでしょ。だから早く屋敷に額縁に入れて飾ってあげようと思うんだ。いつもなら他の子に挨拶させてから飾るんだけど、まあいいよね。こんなに待ったんだから俺も我慢できないしさぁ。本当に仕方がないよね!」


 全てが自分自身で解決してしまっている以上、会話ができる事なんてありえない。


「この俺、『生存欲』のカリティでもさ!」

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