16.剣闘士は語り合う
「……どこだ、ここは。」
アルス達が魔道具を買い漁る一方で、フランは一人街の中を歩いていた。辺りに一緒に行動していたはずの面々はいない。
カラディラが翼を広げて飛び立ち、どこかへ行ってしまったのをフランが追ったのだが、逆にフランの方がはぐれてしまったのだ。
「……」
誰かに道を尋ねようとも思ったが、歩いていれば辿り着けるだろうという判断でフランはそのまま歩き始めた。
こんな雑な行き方でいつも目的地に辿り着けているのが、フランの方向感覚のなさを助長させていた。
「おお、フランやないか!」
実際、今回も何とかなってしまうのだが。
「ジフェニルか。」
「おう、一週間ぶりやな。まさか皇都で会うなんて思わなんだ。」
闘技場において、フランに敗れるまでは最強の座に君臨していた男の姿がそこにあった。背が高く、声が大きいジフェニルに人が集まらないのは、彼自身も認識阻害の魔道具を使っているからであろう。
「皇帝陛下の他種族嫌いは知ってるやろうに。」
「……?」
「ああ、そうやったな。お前はそういう奴やったわ。」
ジフェニルは顔を抑えて、思い出したかのようにそう言った。
フランはあまり人と積極的に関わろうとはしない。彼が話すのは常に強者か知恵者のみだ。だから得られる情報は必然的に限られていて、普通知っていることも知らないなんて事はよくあった。
「……最近になって、国の中にいた獣人や人間に厳しい政策を取り始めた。そのせいで今は滅多に人間を見いへん。その他にも色々と皇帝陛下には黒い噂が立っとる。」
鬼人と竜の国ではあるが、ホルト皇国にもそれ以外の人類が沢山いた。それが今は鬼人しか見えなくなってしまったのだから、相当に苦しい政策である事は予想できた。
だが、動機は分からない。何の思いをもって、何の理由であってそのような政策を取ったのかなど知る由もない。
「デモも起きかねんし、早く皇都から出た方がええぞ。」
「忠告は感謝する。だが、それとは別に用件があって直ぐに出るのは難しい。すまない。」
フランにはカリティを追う必要があった。その為にも皇都での情報収集は必須と言えた。
「それに何故か、この街を離れてはいけない気がする。理由は特にないが。」
「……そうか。お前の直感はよく当たるし、止めはせんわ。それに大抵の事ならなんとかできるやろうしな。」
フランはこの国内に限れば、最強級の力を持つのは確かである。
この世の問題の中で、単純な力で解決できることは僅かだ。しかして強靭な戦闘力があれば、生存率は大きく上がる。生き延びればいずれチャンスは回ってくるというものだ。
特にこの世界では、個人の力が国を揺るがすことだってある。これを無視はできない。
「お前は何故此処にいるんだ?」
次はフランが聞き返す。
「まあ、確かに今は闘技場の改築中で、オイラの仕事自体はないな。」
豪華絢爛だが小さい闘技場、というのが今の皇都の闘技場である。それを大きく、更に綺羅びやかな闘技場への改築を行っている最中であった。
フランとジフェニルのマッチが港町に選ばれたのも、こういう事情が一部ある。
「やけど、個人的な用ならある。墓参りや。」
「誰の?」
「弟、死んだのは五年も前になるな。」
ジフェニルに弟がいるとはフランは知らず、更にそれがもう死んでいたという事に少し驚く。
「……そうか。」
「天才剣士とも呼ばれてた。今頃生きていれば、オイラより強くなってたやろうな。」
フランに負けたとは言え、『天下無双』ジフェニルの剣術は世界でも上位に入る。
それよりも強いとなれば、それはフランにだって並ぶ可能性は高い。いや、もしかしたらその更に上、『無剣』のエーテルにだって。
「死因は何だ?」
「毒殺や。犯人は既にこの手で捕まえて、刑務所の中に入っとる。」
ああ、とフランは納得した。
昔から一番恐ろしいのは毒殺である。それは異世界だって変わりはしない。中には毒に耐性がある者もいるがそれは少数派で、フランだってアルスだって毒を盛られれば死ぬものだ。
いくら強くとも、いくら出鱈目であっても、人であるのならば食事をせねば生きていけず、体の内側から壊されて無事な奴はいない。
「弟は、オイラのたった一人の家族やった。だからあいつの分も、オイラは強く生きていかなくちゃならないんや。例えそれが、どんな道を辿ろうとも。」
だからこそ、チャンピョンへまでジフェニルは上り詰めたのだろう。本来であれば弟が立っていた場所に辿り着く事が、ジフェニルにとっての鎮魂であったのかもしれない。
「だからこそ、次はオイラが勝つ。負けたままでいれば、弟に怒鳴られるわ。」
「……次も、俺が勝つ。」
「それでええ。それでこそ闘技場は盛り上がるしな!」
ジフェニルを武人として、フランは最大限の敬意を払っている。その生き様から、その剣技に至るまで。
手を抜けるはずもない。手を抜いてジフェニルが喜べるはずもない。それを確信したからこそ、次も勝つというのがフランの最大の思いやりであった。
「それじゃあ、オイラはもう行くわ。なんかしんみりした話をして、すまんかったな。」
「構わん。」
「ああ、じゃあまた、闘技場で。」
そうやってフランとジフェニルは別れた。別れを惜しむことはしなかった。
「……あ。」
再び歩き始めたフランは、足を止める。
「道を聞き忘れた。」
別れは惜しまなかった。しかし過去の自分を少し悔いた。
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