9.二人目の師

 デメテルさんはこっちの方へと寄ってきて、ヘルメスの前で止まった。


「子供を引き連れて何をしているのですか、ヘルメス。」

「当然、依頼だよ。仲間は多い方がいいじゃないか。それに、アルスとフランは僕より強いし。」

「なるほど、そうですか。それでこの竜の里までわざわざ来たわけですね。」


 デメテルさんの視線はヒカリとフランへと向く。

 そう言えば一度も会ったことはなかった。前にダンジョンで会った時も、あの場にいたのはティルーナとお嬢様だけである。


「初めまして、デメテルと申します。そこのヘルメスと同クランと、一応、教会にも所属しております。名前を聞いても良いですか?」


 そう言われて、またさっきと同じようにヒカリが名乗り、フランも名乗った。


「私達は竜神様の命により、ここで仕事をしていました。内容は秘匿義務により言えませんが。」

「私達……一人じゃないのかい?」

「……ああ、そう言えば会う機会もなかったので伝えていませんでしたね、ヘルメス。」


 俺はこの時点で、同行者が誰であるかなんとなく察した。

 デメテルさんは弟子をあまり取らない人であるのはよく知っているし、何よりあいつなら上手くいっているだろう事は疑うべくもない。


「デメテル様ー! そろそろ日が沈みますよー!」


 デメテルさんの後ろから一人の少女が呼びかけながら歩いてくる。

 その顔も声も、どれもよく見知ったものである。お嬢様の為だけに自分の全てを捧げると決めた少女であった。


「あれ、アルスさ、ん?」

「久しぶりだな、ティルーナ。」


 貴族を辞めてまでしてお嬢様を支えようとした教信者。卒業までには丸くなったが、その執着と執念に変わりはないだろう。

 ティルーナは俺が何故ここにいるのか分からずに目を丸くして、次にフランもいることに気がついた。


「ど、どうして、何故竜の里に来ているんですか?」

「竜神から直接に依頼を受けたそうだ。俺は勝手に同行しているだけだが。」


 動揺するのも無理はない。俺達だって会うとは思っていなかった。

 だが、フランは感情の起伏が薄いし、俺はデメテルさんがいる時点で予測ができていたからそんなに驚いていない。

 きっと一番最初にティルーナに会っていたら、俺も同じように驚いていたのだろう。


「というか、デメテル様! もしかして昨日言ってたのって……!」

「そうですね、これです。ヘルメスの魔力は少し特徴的ですので、遠目からでも分かります。」

「分かっていたなら教えていただいても……」

「それでは面白くないでしょう?」


 ティルーナをからかうようにデメテルさんは笑った。

 師匠というのは性格が悪いものなのかもしれない。まあ、俺の師匠に比べればこの程度、悪戯にも含まれないだろうけど。


「折角です、一緒に夕食を取りましょう。色々と聞きたいこともありますので。」


 デメテルさんの提案に全員が頷き、デメテルさんの先導のもと移動を始めた。


「あの、アルスさん。」


 その移動の途中、ティルーナが話しかけて来た。


「フィルラーナ様はお元気でしょうか?」

「……元気だよ。俺もあんまり会えてるわけじゃないが、いつも通り皮肉を吐いて回れるぐらいにはな。」


 そうですか、とそれ以上は深掘りしてこなかった。それだけで十分だったのかもしれない。

 元より心配するだけ損、という感じの人だ。生きてさえいれば、どこまでも真っすぐに完璧に生きれる。それを疑う方が難しい。






 夜は互いの近況報告をしていた。今までどんな場所を抜けて来て、どんな苦労をして、どんな力を得たか。その中でもやっぱり、俺の話だけやたらスケールはでかかったが。

 ともかくそんな風に夜はふけ、子供ならとっくに寝る時間となり、竜の寝息も聞こえて来た頃である。


「――いきます。」

「来い。」


 ヒカリは木剣を持って俺へとじりじり距離を詰める。逆に俺は手をぶらんと下げたままで、ただ視線だけをヒカリへ合わせていた。

 仕掛けるのはヒカリが先、一メートル超の木剣であり徒手である俺にとって不利は確実。しかし俺とヒカリでは実戦経験も技術も大きすぎる差がある。


「やぁ!」


 声と共に鋭く木剣を横に振るうが、俺は上体を後ろに倒しながらそれを避ける。当然その体勢が悪くなったのに合わせて、追撃の刃が振るわれる。

 だが判断が遅い。フランであれば油断なく、相手に思考の隙すら与えずに追撃を放てるだろう。ヒカリの剣はその領域には遠すぎた。結果、俺が体勢を直す頃にようやっと剣が飛んでくる。


 であれば、当然避けるのも難しい話ではない。


「相手の隙を、反射的に狙えるようになれ。読み合いはその後だ。」

「はい!」


 とまあ、こんな風に剣の練習はしている。素振りをやるのは当然であるが、まず俺に剣を当てれるようにする。それが第一段階である。

 まだ始めて一年と少しであり、ようやく剣の重さにも慣れ、剣術っぽくなってきた頃だ。だがその程度であれば、異世界で十数年戦いの技術を磨いてきた俺には剣を当てるのも困難だ。

 安定して当たるようになれば俺も反撃をしたり、魔法を使ったりしていくつもりだが、どちらにせよ必要なのは戦闘での咄嗟の判断力である。これがなくては戦えない。


「声が聞こえると思えば、剣の修行をしていたのか。」


 そこに、フランがやってきた。ヒカリも一度攻撃をやめ、木剣の剣先を下ろす。


「本来ならちゃんとした師匠をつけてやりたいんだが、諸々の事情でつけてやれなくてな。俺が教えてるんだ。」

「……訳ありなのか。」


 一言だけ言って、フランはヒカリの体を、より正確に言うなら足と腕回りを見た。フランはあまり察しの良い方ではないが、それは剣術を除く。

 こと剣術、戦闘行為に関しては異様なまでの観察眼と考察力を持つ。天賦の才、というやつだろうか。そうとしか説明できないレベルに、フランの感覚は強い。


「始めて一年と少し、実力としてはほぼ初心者と大差ないと言ったところか。」

「えぇ、初心者ッスか……?」

「間違いない。闘気を使いこなせてない内は初心者だよ。」


 ヒカリは不服そうな顔をするが、こればかりは仕方あるまい。この世界は下から上までの実力差が途方もなく広い。であれば、初心者の時期も長くなってしまうものだ。

 よく言われるのは。闘気を使いこなせるようになって始めて、武術の入り口に立ったというものだ。

 生命力の発露である闘気。魔力が魂のエネルギーとするのならば、闘気は肉体のエネルギーである。物理の限界を超えて体を強化するのが闘気であり、これが使えなくてはそもそも話にもならない。


「俺も使いこなすのには三年以上かかったし、ヒカリもゆっくりやりな。一度感覚を掴めば、後は結構早いぞ。」

「……俺が、教えようか?」


 フランはまた急に、そんな事を申し出た。

 だが寝耳に水の良い話ではある。元々俺は剣なんて握らないし、勝手が分からない所ではあったのだ。


「いいのか?」

「丁度良い。一区切りついたし、基礎から見直すついでに教えるというのは都合が良い。」

「本当に教えてもらえるならありがたいが……」


 俺はヒカリの方を見る。誰に教えてもらうかは、当人であるヒカリが決める事だ。俺ではない。


「本当にいいんですか!?」


 まあ、そう言うと思ってはいたけども。あの試合を見ればフランの実力など疑う余地もない。

 加えてこの世界に来て一時は対人恐怖症のようなものもあったが、今は生来の明るく親しみやすい性格が前面に出ている。


「……じゃあ、頼む。一緒に動く間はヒカリに剣を教えてくれ。」

「相分かった。」


 思わぬ所でヒカリの、二人目の師匠が見つかった瞬間であった。

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