8.竜の里

 竜の里へは、歩いて行けば案外呆気なく辿り着いた。

 山頂に竜の里はあり、だだっ広い平地に石の建造物がいくつも並んでいた。しかしその石の建造物も人のサイズではなく、竜の巨体に適したサイズである。

 建造物とは言うが、中に竜が住んでいるという風ではない。どちらかと言うと、倉庫のようだった。中はよく見えないが、多種多様なものが雑多に入れられていた。


「言っておくけど、誰でもこの里に入れるだなんて思わないことね。そこの二人がいるから、他の二人も入れるのよ。」


 竜はそう言って、俺とフランを指差した。


「私達は強き者こそを尊び、友愛の対象とする。逆に言えば、弱い者はここには立ち入る権利を有していない。」

「いや待て。フランは前に来たときに実力を示したんだろうが、俺はまだ何もしてないぞ。強さなんてわからないだろ。」

「竜の眼を舐めないことね、魔法使い。私達の眼を使えばどの程度の魔力量を持っているかなんて直ぐに分かるわ。」


 よくよく見れば、微かに眼から魔力を感じた。魔力はほぼ隠せてるつもりだが、それでも分かってしまうらしい。

 いや、だが待て。そんな便利な眼があるなら何故、フランに挑むなどという無謀な事をしたのだろうか。


「それは俺に負けた後に身につけた力だな。前はなかった。」

「ちょ……」

「きっと実力差を見抜けなかったのを悔いて鍛錬を――」

「あんたに負けたからじゃないわよ! 私が! たまたま! 習得したかっただけ!」

「……そうか、それはすまん。早とちりをした。」


 フランは本当にそのまま反省をし始めて口を閉ざし、逆に不機嫌そう竜はフランを睨んでいた。

 例え本当の事でも、言っていいことと悪いことがあるというのをフランは知るべきかもしれない。


「……まあ、いいわ。あんた達は竜神様に会いに来たんでしょう?」


 俺は視線をヘルメスへ向ける。今までお喋りのくせにやけに喋っていなかった。らしくない。


「ああ、そうだね。会えるのかい?」

「今日は無理よ。だからここに泊まって、明日会いなさい。好きなところに寝るといいわ。てんと?とかも勝手に建てていいわよ。」


 口ぶりからして、竜の里には宿泊施設などはなさそうだ。人が来ることなど想定もしていないから当然と言えば当然のことでもある。

 竜ほどに体が丈夫であればこんな硬い岩の上で寝るのも問題ないのだろう。


「何だ、客人か?」


 影が差し込む。何かと思って上を見れば、そこには十メートルはあろう竜の姿があった。青い鱗を持ち巨大な両翼を携えた竜であり、その巨大さと威圧感に少し萎縮してしまう。

 この竜も、同じく頭に響くように声を発する。


「おお、誰かと思えばテメエじゃねえか。」

「久しいな、オラキュリア。」

「お前ら人間にとってはそうだな。確かに久しぶりだ。」


 そのオラキュリアと呼ばれた竜は頭の高さを下げ、こちらへ寄せる。


「フランの友であるのなら、お前らも歓迎しよう。我が名はオラキュリア、この竜の里の長だ。」

「丁寧にどうも、僕はヘルメスと言う。」


 ヘルメスが名乗ったのを皮切りに俺とヒカリも自分の名前を名乗った。フランの名前は既に全員が知っているから名乗らず、自然と視線は未だに名前が分からない人の姿をした竜へと向いた。

 だが彼女?は腕を組んで仁王立ちをしているだけで、話そうともしない。


「馬鹿垂れが、テメエの名乗りを待ってんだろうが。」

「いった!」


 オラキュリアが長い尻尾で、軽く彼女の頭を叩いた。だが音としては叩いた、などと言う生易しいものではない。

 実際に足の一部は地面にめり込んでおり、間違いなく俺が喰らったら全身複雑骨折で済むかも怪しいレベルの攻撃である。

 生物としての次元の違いに恐れおののいていると、ヒカリが俺の右の裾を引っ張る。


「これ、私生きて帰れるんスかね。死んだりしないッスよね?」

「落ち着け。別にこれぐらいなら、ギリギリ人間でもやる奴はいる。」

「この世界、物騒過ぎるッスよ……」


 ヒカリのテンションは見るからに低い。俺も魔法が使えなかったらこんな風になるだろうなと思うと、変に同情の念が湧いてきた。

 ありとあらゆる現代兵器、その大半を無傷で耐えれるような種族だ。恐れない方が無理な話である。


「いつもテメエ、名乗り口上の練習なんかしてるじゃねえか。今やらないでいつやんだよ。」

「してない!」

「どっちでもいいから早く名乗りやがれ! 客人に迷惑をかけるんじゃねえ!」


 オラキュリアを見て、そして俺達を見て、決心を決めたのか一度目を閉じる。


「……ここにいるは青き竜の一族、その現当主にして里を率いる長オラキュリアの娘。」


 彼女は目を見開き、背中の翼を少し大袈裟に広げる。


「『青き稲妻』カラディラよ。」


 何故か自信満々に、そうやってカラディラは名乗り終えた。

 さっきから感じているが、どうもかっこつけたがるような性分らしい。一々喋るから逆にかっこよくないという言葉は飲み込んでおいた。

 というかこの二人は親子なのか。という事は、カラディラもきっと元の姿はオラキュリアのようなのだろう。


「まあ、人がいるには無駄に広い里だがゆっくりとしていくといい。それとテメエら以外にも客人がいる。同じ人なんだから挨拶でもしとくんだな。」


 そう言ってオラキュリアは翼を大きくはためかせ、強い風を起こしてこの場を去って行った。


「客人、僕ら以外にもか。そんなに何度もここは人を入れているのかい?」

「……え、私の自己紹介に何かコメントとかないわけ?」


 ヘルメスの質問にカラディラは自己中にそう返した。ヘルメスが珍しく言葉に詰まった。いつもはここで気取ったセリフを吐いて口説こうとするところだが、流石に相手が竜だとそれもできないみたいだ。


「ああ、うん、良かったんじゃ、ないかな?」

「ほんと!? ありがとう、しっかり考えた甲斐が――いや何でもないわ。それじゃ後は好きにやりなさい。」


 カラディラは質問にも答えず、一方的に空を飛んでこの場を去って行った。結局、得られた情報としてはゼロである。

 この場において気軽に話しかけられるような人などいない状況で、これは致命的であった。


「……取り敢えず、テントを僕は張っているよ。アルスは空から誰が来ているのか探してもらってもいいかな?」

「分かった。ここに来れてるんだから、かなりの実力者であるとは思うけど。」


 魔力での感知はできそうにない状況だ。というのも辺りに竜から漏れ出た魔力に溢れていて、どうも人の魔力を追うのが難しい。

 空から探してもここは広いからそう簡単に見つけられそうにはない。


「いえ、その必要はありません。」


 竜の頭に響く声とは違い、しっかりと鼓膜に声が響いた。しかもそれは、聞き覚えがある声であった。最後に会ったのはかなり前だが、未だに忘れていない。

 相変わらずどこで見てもその白衣は状況に適しておらず、しかしどこか風格を感じさせた。


「久しぶりですね、アルス様。」


 当代最高の癒し手、『聖人』デメテルがそこにいた。

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