3.久しぶりの邂逅

 不意を打つ技は互いに出し合った。実力が均衡しているのなら、ここから相手の剣を崩して詰めていくのは不可能に近い。

 だが、差はあった。状況は微かにフランへと傾き始めていた。


 フランは未だにその体に傷一つつけていない。それに対し、ジフェニルは微かな傷を残していた。

 剣をぶつける度に傷は増え、ジフェニルが劣勢となっていく。フランの守りは崩せず、逆に大振りなジフェニルの剣は相手に一瞬の隙を与えてしまっていた。

 長引く程にジフェニルは不利。この状況を打開するために、無理な賭けを通さなくてはならない。


「『烈日赫赫』ッ!」


 再び、炎が燃え盛りジフェニルの剣を覆う。

 何度も見ればその大剣に魔力が走るのが分かった。恐らくは魔術によって細工が施された剣、魔剣の類なのであろう。

 火を出すだけ、というシンプルな能力に絞っているからこそ応用が効き、威力も十二分に出る。欠点はそう何度も使えない、というだけだ。

 こういう魔法を発する魔道具は本人の魔力か、溜め込まれた魔石から魔力を消費する。どちらにせよ、恐らくは数回が限界だろう。


「『絶剣』」


 今度は避けない。フランはその場に立ちながら、迫り来る炎という概念そのものを断った。下手な避け方は隙を与えてしまうと判断したのだろう。

 しかし回数制限アリの大技を、ここで無駄使いするはずもない。絶剣はあくまで剣術の延長線であり、剣を振るわなくてはならない。振り切らなければ効果を発揮できない。逆に言えばそれが弱点であり、ジフェニルの狙いはそこにあった。


「『活火激発』」


 完全には断てなかった炎、その小さな火の粉から、荒れ狂う魔力が溢れ出して弾ける。

 それは小規模の爆発となって、フランの体全身を呑み込む。


「はっ! こんなんで終わるわけないやろなあ!」


 ジフェニルの言葉通り、服は確かに焦げていたが、ほぼ無傷のフランがそこに立っていた。

 火の粉からの爆発ではやはり威力もたかが知れている。だからそれすらも布石に過ぎない。だからフランもあえて直撃を受けた。


「『不撓不屈』」


 次いで大きな音が鳴り響き、少し地面が揺れた気がした。観客席でも揺れるのだフランなら尚更の事だろう。

 会場の石のタイルが敷き詰められた床は見事に砕け散り、ボロボロである。恐らくはジフェニルの拳が会場を破壊したのだ。

 流石のフランもそこで少し体勢を崩す。


「秘技ッ!!」


 そしてその瞬間に狙いを定めて、ジフェニルが距離を詰める。

 炎を使った目くらまし、会場を利用した体勢崩し。明らかに次の一撃のための布石であり、フランがそれを分からないはずもない。

 分かっているということは守りに徹する可能性が高いということ。そして、その守りを貫くほどの自信がジフェニルにはあるということだ。


「『天下無双』ッ!!!!」


 闘技場全域にも響かん程の大声で、その技名が叫ばれる。

 その分厚い大剣を両手に、フランの方へと跳躍をする。剣を真上に構えながら、空中でその剣へと闘気を集約させてその鋭い眼光をフランへと向けた。

 避けようにもフランはさっきの不撓不屈によって大勢を崩し、更には足場の地形も悪くなってしまった。下手な回避をすれば、それこそ致命傷である。

 何よりこういう力比べが、フランは案外に好きだ。例えその気になれば避けれたとしても、フランは必ずその攻撃を真正面から受けて立つ。


 ――無銘流奥義五ノ型


 フランの闘気が溢れる。剣を志してから十数年、積み上げ、練り上げて来た全ての闘気が顕在化を始める。

 放たれるは天下を制してきた王者の刃。大地を割り、空を晴らし、敵を粉砕せし文字通りの秘技。迎え打つは修羅に生きる刃。争い絶えぬ中、研ぎ澄まし、磨き、そして究極の一を目指して辿り着く刃。

 両方の刃はある一点で交わる。


「『修羅』」


 空を、地が砕く。

 フランの武骨な剣は、一瞬の均衡を経て大剣を破壊し、赤い光と共にジフェニルの体を捉え、そして――



『け、決着!』



 少し遅れて終わりを知らせる声が聞こえた。刃はジフェニルの体に少し刺さった所で止まっており、ジフェニルはその手の壊れた大剣を手放した。


『勝者、フラン・アルクス!』






 試合後、結果により換金が行われていた。普通なら賭けていた方が負けただとかで文句を垂れる奴もいようが、今回ばかりはそれはない。文句を言うのが馬鹿らしいぐらい、良い試合であるのは共通の認識であろう。


「うっげえ……最悪だ。早速旅の資金の一部が消し飛んだ。後で金降ろさないとなあ……」


 ヘルメスを除いてだが。こいつはいつも通り過ぎて、むしろ安心するぐらいだ。

 隅の方でうなだれていて、数分は復活しそうにないので無視している。本気でジフェニルが勝つと思っていたらしい。


「先輩! 凄かったッスね!」

「世界最高峰クラスの戦いだからな。剣士という括りで見るなら、多分どっちも百番以内に入る。」


 強くなっているとは思っていたが、こうやって目で見ると余計に実感が強くなる。俺もフランと肩を並べるぐらいに強くならなくてはならない。

 ま、その前に少し顔を見せてくるとしよう。ここまで来て会わずに帰るわけにはいかない。


「いたな。」


 思い立って歩き始めるより先に、声が聞こえた。懐かしいが、ついさっきも聞いた声であった。

 声の主へと視線を動かすと、そこにはフランがいた。その黒い髪に腰にぶら下げた剣、そして何より溢れ出すオーラ。どれをとっても間違いない。


「久しいな、アルス。何故ここにいる?」

「ちょっと依頼でな。お前こそ、いつの間にかとんでもない称号がついてるじゃねえか。」

「ただ戦っていたらついただけだ。」


 俺とフランのやり取りにヒカリが目を丸める。そしてその後にどこかで合点がいったような表情をした。


「……もしかして、先輩が言ってた友人のフランさんって、この人ッスか?」


 ヒカリの言葉に俺が頷くと、目を輝かせ、そして俺の斜め後ろの方に移動した。


「誰だそいつは。」

「俺の遠い親戚みたいなものだ。」

「みたいな……そうか。」


 フランは深く詮索をせず、少しだけヒカリの方を見て俺の方へ視線を戻した。


「何故、距離を取られているんだ。」


 俺はヒカリの方へ向いて返答を促す。


「いや、なんか有名人の近くに寄るのって怖くて……」

「らしいぞ。良かったな、お前には近寄りがたいぐらい風格があるらしい。」

「風格がある。それは良い事だな。」


 そういえば、たった今チャンピオンになった男がここにいるのに誰も気にしないのは何故だろう。目立つ容姿、というか黒髪だし目につかないはずがないのだが。


「……ん、ああ。俺がいても騒がれないのは認識阻害のイヤリングを着けているからだ。前にそれでやたら騒がれて、面倒になったからな。」

「成程、それじゃあ何で俺がここにいるってのがわかったんだ?」

「勘だ。お前の気配がした。」


 第六感目覚めてんじゃねえか。本格的に化け物になってきている。むしろよくジフェニルはこれ相手に互角に近い斬り合いができたな。

 少なくとも俺はフランと近距離での戦闘なんて死んでもやりたくない。


「……ここは人が多い。場所を移さないか?」

「分かった。おーい、ヘルメス! いつまでも落ち込んでたら置いていくぞ!」


 兎も角、久しぶりの再会だ。色々と聞きたいこともあるし、フランも聞きたいことがたくさんある事だろう。

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