2.最も疾き剣士

 観客席は満席であり、かなり後ろから見ることとなった。右手には紙屑となるか大金となるか、未だ分からない紙切れがある。

 いつもなら絶対賭け事はしない。確実に勝てはしないものに時間をかけるのは、俺は嫌いだ。それでも久しぶりにあいつが剣を振るうのが見れるなら、待つだけじゃあ面白くない。


「ここで大金貨一枚も賭けられないなら、俺は男じゃねえさ。」


 広い円形の会場の中には、二人の男だけが立つ。そしてその試合の開始を、今か今かと観客全員が待ち望んでいた。


『東、『天下無双』ジフェニル』


 淡々と、拡声器でその名が呼ばれる。それに応えるようにして、会場内の二メートル近い鬼人の男が、その背丈にも届きうる大剣を軽々と右手で掲げた。

 会場内にはそれだけで、大きな歓声の嵐が巻き起こる。その威圧感と闘志は、観客席にまで伝わっていた。


『西、『最速』フラン』


 その歓声を気にも留めず、次の名が語られる。

 風で揺れるその黒髪は違いなく英雄の髪色であり、この大舞台でも盛り上がる事もなく緊張する事もない姿は、一年以上前から相違ない。

 ただ何も語らず、腰にぶら下げる鞘から剣を抜き去り、その剣をジフェニルへと向けた。


『試合開始』


 下手な言葉は、そこには要らなかった。いや、下手な声かけはむしろ雑音であった。恐らく選手の説明を行わなかったのはわざとであろう。

 いつもなら盛り上がるバックストーリーも、これから起こる剣戟の前では、思考を無駄に割かせるものでしかない。


「無銘流奥義一ノ型」

「歯ぁ食いしばれッ!」


 互いに利き足を前に、地面に跡が残るほどのパワーで踏み切り、それと同時に剣を振りかぶる。

 フランは剣を両手で握って真上に、ジフェニルは下段で切っ先を後ろに。そのまま振り下ろされるフランの剣へ、片足を軸に遠心力を活かしたジフェニルの剣が迫る。


「『豪覇』」

「『不倶戴天』ッ!」


 キィィィンと、鉄がぶち当たる音が響く。互いの練り込まれた闘気はほぼ互角で、形勢はどちらにも傾かない。

 であればここで機先を制した方が有利となるのは必定の事である。

 先に動いたのは小回りが効くフランの方だ。分厚く重い大剣では連撃は向かない。相手の剣をいなして懐へ瞬時に体を入れ込む。


 ――無銘流奥義二ノ型『天幻』


 今度はフランの剣先がぶれ、肩の先辺りで腕が分裂し、同時にその手に握られる剣がジフェニルへ襲いかかる。

 ジフェニルは防ごうとは剣を動かさない。むしろその逆、迫るフランへ自分からも足を踏み込んだ。当然の事であるが、速度が出る先端部の方が剣は威力が出る。であれば少しのダメージを覚悟するのであれば、逆にジフェニルが攻勢へと移れた。


「『不撓不屈』」


 フランの腹へと鋭く放たれた掌底打ちは、軽々とフランを後ろへと飛ばす。ただ、飛ばされただけだ。剣は離さず、転ぶ事もなく着地している。むしろわざと飛ばされたのだろう。


「流石やな。フェイントと闘気を織り交ぜて、まるで腕が分裂したたかのように錯覚させる。オイラの体に傷をつけるたぁ、大したもんや。」

「……そうか。」

「けど、それが本気やないやろ。オイラは本気のお前と戦いたい。」


 ジフェニルは右手で剣を持ち上げ、フランへと向ける。


「全力で来いや。その全てを打ち砕いてオイラが勝つ。」

「それは、失礼な事をした。確かに全力を尽くして勝負を決するが、剣士の本懐であったな。」


 フランは剣を両手で掴み、ジフェニルへと向けた。

 第二学園には王国中の剣士が集まっていた。高名な道場の師範代の子であったり、英才教育を受けて来た貴族であったり、間違いなく幼い頃から武に携わってきている者ばかりだ。

 そんな中で、フランはぶっちぎりで頂点の椅子へと座った。それを成し遂げられたのはフランの剣術そのものが、他を圧倒していたからに他ならない。


「それにお前なら、早々に沈むこともなさそうだ。」


 弾かれたようにフランは飛び出す。予備動作は極小であり、まるで突然目の前から消えたかのような錯覚を得る。

 人とはある程度に相手の動きを予想する。それは相手の重心であったり、目線であったり、様々な視点から無意識にだ。戦闘においてその要素を限りなく排除できれば、それは全ての行動を不意打ちへと変化させる。

 そしてそれを目にした者は言うのだ。速すぎて目で追えなかったのだ、と。


「――無銘流奥義六ノ型」


 相手の意識を掻い潜り、ジフェニルの目の前にフランが現れる。特別速かったわけじゃない。事実、俺から見れば普通に近付いているように見えた。

 アレの恐ろしさは目の前で戦う当人にしか分からない。緊張の一瞬で、相手の行動の全てを見逃すはずもないのに、全く予想も出来なかった、目の前に来るまで認知が出来なかったという恐ろしさを。


「『絶剣』」

「ぁぁらあああ!!!」


 フランが放った一太刀へ、ジフェニルはなんとかその大剣を合わせて振るう。だが、無理な体勢で、それでいてよりによって六を喰らったのだ。受け切れるはずもない。

 その証拠に、まるで物理法則から解き放たれるようにジフェニルの巨体は浮き、後ろへと吹き飛ばされた。


「がッ!」


 地面を転がるジフェニルを見ながら、過去にフランが言っていた事を思い出す。

 曰く、六ノ型とは現実を曲げる剣であるらしい。あまりにも研ぎ澄まされ、無駄がなく、完璧な一撃は世界を歪ませ、魔法のように自分の意志を少し反映させた形で実現させる。

 例えば今回で言うなら、通常の剣撃よりか遥かに強力な衝撃を与えたりできるように。


「四ノ型『竜牙』」


 受け身を取り立ち上がろうとするジフェニルへ追撃が飛ぶ。闘気によって放たれた飛ぶ斬撃は、そのまま一直線にジフェニルへと迫った。

 しかしてやられっぱなしというわけでもない。ジフェニルはそれをほぼ反射だけで迎撃し、己が大剣で霧散させた。そして距離を詰めて来るフランを、今度はしっかりと目に捉える。


「『烈日赫赫』」


 剣は赤く燃え盛り、立ち上った炎によって数十メートルを超える刀身となる。それを大雑把に、それでいて素早く横に薙いだ。

 フランはそれを反射的に跳躍してかわすが、宙を浮けば着地の際がどうしても隙となる。その隙を逃すほどジフェニルは甘くはない。


「『不倶戴天』」


 ジフェニルが放った剣は鋭くフランを襲う。


「三ノ型『王壁』」

「なっ!」


 しかしその剣は届かない。着地しながらフランはわざとその剣で真正面から受け、その衝撃をそのまま利用し、後ろへと下がった。

 相手の必殺級の一撃を、あえて体から力を抜いて吹き飛ばされることにより、そのダメージを抑えるだけでなく仕切り直す。普通、戦闘という極度の集中状態で全身を脱力させることなどできはしない。それを平気な顔をしてやるのだから、フランは恐ろしい。


 結局、再び剣を構えてにらみ合って最初の状態へと戻った。互いに余力はまだあるので、中々盛り上がる展開と言えよう。

 ジフェニルは笑い、フランは何も表情を変えない。対照的ではあるが、それぞれが剣にかけて来た熱量に差はない。そうでなくては互角に打ち合えるものか。


「ガハハハハッ! まさかオイラと打ち合える奴が、人間の、しかも子供にいるとはな! 世界は広いわ!」

「……子供ではない。」

「どっちでもかまへんよ。ここにいるのは剣に生きる二人の男、それ以上の情報はいらんやろ。」


 フランは返事はしない。だが剣を構えた事が答えを言っているようなものであった。

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