23.前線にて

 オルゼイとヴァルトニアの境界、その付近に、アテナとアポロンは到着していた。


「あーあ、疲れた。着く頃にはもう夜になってるし、街を散策する時間もないじゃないか。」


 アポロンはそう不満を溢しながら、足元に手荷物を置き、椅子に座る。

 ここは、宿屋の食堂だ。国から依頼を受けているために二人が泊まるのは高級宿であり、当然食堂と言っても静かで雰囲気があった。


「さっさと食って部屋に戻ろうぜ、アテナ。オレはもう寝たい。」

「……その前に、情報の共有をしておきましょう。あなたは何も分かってなさそうですので。」

「え、何。いや、分かってるよ?」

「取り敢えず見栄を張る癖は直した方が良いでしょう。その内困るのはあなたです。」


 アポロンは不服そうにアテナを見るが、アテナは眉ひとつ動かさない。


「疑問点は主だって四つ。一つ目に私達に依頼を出した理由。二つ目にアルス様に依頼を出した理由。三つ目にテルム様を王女に据えた理由。最後に、何故ヴァルトニアがこのタイミングで動き始めたか、です。」

「そんなに怪しがる事か?」

「最悪、二つ目と三つ目は無理矢理に解釈ができない事もありません。しかし一つ目と四つ目は、現段階の情報では少し齟齬が残ります。」


 アポロンは未だに半信半疑でアテナの話を聞いていた。

 人を疑う事を知らないアポロンにとって、既にクラウンによって説明された事が真実であったからだ。それに違和感を感じることもなかったのだ。


「アルス様に依頼を出したというのは、確かに効率的に見るなら大きな間違いではありません。アルス様も特殊な魔法使いですから。それでも、グレゼリオンの王子と関係がある賢神を、王城内に入れるという事をするのは少し不用心でしょう。」


 多少、穿った見方と思うやもしれないが、相手の行動の全てが計算づくであると考えるのは貴族の中では当然の事だ。

 貴族は権力こそあるが、自力はどうしてもその道を進む者には劣る。ならば生き残るのは、より人の心を理解し、より人に愛される者である。


「それにテルム様を王女にするにもやり過ぎです。騎士見習いだとかに置いておけば良いのに、何故そこまでの要職につける必要があったのか。そうなってくれば、私達に依頼を出した理由も気になってきます。」

「何かを、王様がしようとしてるって言いたいのか?」

「そうです。何かを謀ろうとしているとしか思えない。そもそも避難誘導の為にしては、私達は過剰戦力です。最初から違和感がありました。きっと、依頼とは別に私達に何かをさせようとしているのでしょう。」


 クラウンが王位に就いたのは三十年以上前の事である。それは、三十年以上、その王位を不動のものにして守り続けてきた事に他ならない。

 表立った功績はないが、悪評を一つも聞かない。三十年間、悪評をほとんど残さないというのが、クラウンという人間の計算高さを物語っている。

 全てに二重の意味があると考えた方が納得しやすい。


「その理由は到底、検討はつきませんが。」

「魔物を呼び寄せて、ヴァルトニアにぶつけるとかじゃないか。こっちに来たらオレ達に処理をさせる腹積りかもしれない。」

「軍隊と戦わせるレベルの魔物を誘導させるとなれば、そちらの方がコストが高いです。」

「……オレ達が戦う時は、反乱に関与しない、つまりは政治が絡まない状態の時だろ。もしかしたら反乱以外に悩みの種があって、それを対処させたいのかもな。」

「可能性の一つとしてはあります。ですが、判断をするには決定打に欠けますね。」


 二人は知恵を絞るが、それはこの場で考えても詮無きことである。

 どちらにせよ、それを知るのはクラウンだけであり、既に辺境の土地まで来てしまった二人では、会う事すらできはしない。

 畢竟、注意するという一点にしか二人ができる事はありはしないのだ。


「兎にも角にも、警戒だけは怠らないようにしてください。もしかしたらこれも、名も無き組織が絡んでいるかもしれません。」

「またか?流石にこんな大国までは手を出してないと思うぜ。」

「既に一つの国を滅ぼしている組織に、過小評価はしてはいけません。ここ最近起きた大事件のほとんどに、奴らが関係しています。ここが例外であると考える方に問題があります。」


 シャーロック・ホームズでは、その最大のライバルであるモリアーティ教授を『犯罪界のナポレオン』と表している。

 ナポレオンが歴史においてどれだけの大立ち回りを見せたのかは、歴史を詳しくなくとも周知のことであろう。であれば、その名を与えられたモリアーティ教授が如何に凶悪で残忍であるかなど言うまでもない。

 しかしてそれは、一個人に過ぎない。ナポレオン個人が、世界の四分の一近くの国土を誇ったかの大英帝国に並べるだろうか。かつて栄華を極めたローマ帝国に並ぶだろうか。

 名も無き組織の凶悪性は正にそれだ。犯罪界の英雄に留まらない。世界の全ての悪行の裏にいる存在、国家に並びうる程の大敵こそが、名も無き組織であるのだ。


「特にヴァルトニアは怪しいです。あそこは昔から少々過激な発想があります。」

「だからこそ、今回の件が怪しいわけか。」

「はい。内乱を起こすにも、最近軍備を整えたという話も聞きませんし、オルゼイも何か問題があったとは聞きません。始めるには兆候がなさ過ぎた。だからこそ、オルゼイは焦って準備をしているのです。」


 考えられる可能性は、ヴァルトニアへ名も無き組織へ兵器を提供しているというものだ。

 そう考えれば、今回の内乱の規模は大きくなる。いや、内乱と言って良いかも分からない。一方的な侵略となる可能性だってある。

 この世界にも戦車などの軍事兵器は確かに存在する。物理、魔法共に強力な物とする以上、コストがかかり量産はできないが、逆に言えばそれほどまでに強力である。


「……もし、本当に名も無き組織が関わっていると分かれば内乱に参加します。心構えだけはしておいてください。」

「オーケー。ヘルメスがあそこまでやられたんだ。借りは返さなくっちゃ、オリュンポスの名折れだ。」


 ここまで来れば、もはや人が死なない事はない。

 人の悩みと、かける思いを踏みにじり、血は流れる。それはあまりにも残酷で、この世界が現実である事を示していた。

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