12.戦の前兆

 授業二日目、昨日と同じ状況で、テルムに魔法を教えていた。

 短い期間ではあるが、何となくではあるがテルムの性格も掴めてきたところである。


 テルムの性格は良い所もあるが、悪い所も大きかった。

 長所は昨日も感じた反骨精神。負けず嫌いというのは、どんな事にも役立つ才能である。しっかり活かせばどこまでも伸びるだろう。

 反対に短所はキレやすく飽きっぽい性格だ。魔法はイメージに直接作用されるものであり、落ち着いていなければ魔法も落ち着かない。そのせいか朝が一番できて、時間がたつほど下手になっていく傾向がある。


「だぁーっ! もう無理だ!」


 そうして、こんな風に昼頃には一度萎えてしまう。

 こうなれば一度リセットするしかない。丁度、昼頃であるから休憩にも良い。


「そろそろ休憩にしようか。ヴァダー、俺は部屋に戻る。再開は……一時間後でいいか?」

「了解しました。構いませんよ。」

「それなら、それで進めるぞ。いいな、テルム。」

「……私は、まだできるけどな。」

「分かった分かった。どっちにしろ昼飯を食わなくちゃ俺も仕事ができない。」


 俺は分かりやすく強がるテルムを目尻に、部屋から出た。

 取り敢えず、俺は自分の部屋へと足を進めていった。


「……?」


 よく王城内ではメイドともすれ違う。しかし、何故か反対側から歩いてくるメイドに対して違和感を覚えた。

 まず、王城内の人が着ているメイド服とは少し違うような気がする。基本的な構造は大差ないが、ここの紺色とは違って黒いメイド服だった。

 それにどこか俺は、この人に会った事があるような、ないような。


「こんにちは、良い天気ですね。」


 そのまますれ違おうというタイミングで、そのメイドの人が足を止めてそうやって声をかける。

 当然、俺も足を止めてその人と目を合わせた。


「あ、ああ! アテナさんか!」

「ええ、アテナです。」


 オリュンポスのクランにて会ったメイドだ。最後に会ったのはかなり前の事ではあるが、その無表情ぶりはよく覚えている。


「お久しぶりですね、アルス様。こちらへは仕事で?」

「そうだけど……逆にアテナさんは?」

「私も仕事です。オリュンポスに出された依頼の処理をしに。」

「一人でか?」

「いいえ、もう一人、アポロンという男を連れてきました。」


 少し意外だ。俺はてっきり、アテナさんはクランハウスを管理する人だと思っていた。

 クランに所属するのだから冒険者である可能性もあるとは思っていたが、こんな遠くの依頼まで受けるとは想像もつかない。


「それにしても、よくこんな時期に依頼を取りましたね。私が言えた事でもありませんが。」


 俺はアテナさんの言葉に首を傾げる。こんな時期、というのはどういう事だろう。

 というか前回もそうだったが、依頼に関する情報をやたら説明してくれない気がする。アースもお嬢様も、それぐらいの暇はあるだろうに。


「知らないのですか?」

「出された依頼をそのまま受けただけだから、そうなる。」

「今、この国では内乱が起きそうなのです。」


 思いの外物騒な話に、俺は少し戸惑った。


「ヴァルバーン連合王国は三つの国が集まってできた国です。しかし、ヴァルトニア、ガラクバーンの二国の方が国力で言えばオルゼイより強い。故に、今ヴァルトニア内でオルゼイと同列に扱われるのは納得がいかない、という声が増えているのです。」

「そんな、馬鹿みたいな事が。」

「現国王が、多少ばかり扇動をしているのもあります。それを踏まえても、潜在的に選民思想が強い、というのはあるのでしょうが。」


 昔から、戦争の始まりはくだらないと俺は思っている。当人にとっては至って真面目でも、俺はそれが、命をかける事のようには到底思えないのだ。

 誰だって痛いのは嫌だ。苦しむのなんて真平ごめんのはずだ。俺には、理解できない事である。


「……ありがとう、わざわざ教えてくれて。」

「いえ、クランマスターからは何かあれば協力してやれ、と仰せ使っているので。」


 クランマスター、『放浪の王』ゼウスか。他のクランメンバーに会うことはよくあるが、肝心なクランマスターに会ったことは、俺は一度もない。

 話を聞くに、俺の事を気に入ってくれているらしいが、それも推測でしか判断はできない。


「他にも何かあれば、ご協力いたします。」

「その時は、よろしく頼む。」

「いえ、困った時には助け合いと、ヘルメス様もよく仰っています。」

「それは、言わなくてよかったと思う。」


 ヘルメスが言ってしまえば途端に言葉の重みがなくなるというものだ。あいつは本当のことを言っていること方が珍しい。


「それでは、失礼致します。私にも業務がありますので。」


 一礼をして、アテナさんは去った。俺も部屋へと足を進めていく。

 そう言えば、一体何の依頼でここに二人は来たのだろう。依頼主はきっとクラウン陛下であるだろうが、それでもこの状況下では疑問が残る。

 そうやって頭を捻っている内に、俺は自分の部屋まで戻ってきた。中には当然、天野がいる。


「あ、お帰りッス。」

「順調そうか?」

「言語の方は順調ッスよ。ちょっとだけなら話せると思うッス。」

「魔法の方は?」

「いやあ、無理ッスね。そもそも魔力を感じないッス。」


 そうだろうとは思った。簡単な魔法を使えるようになるだけでも、一年はかかることだろう。


「先輩が戻ってきたって事は、お昼ご飯ッスか。それじゃあ、もう少しでご飯を運んできてくれるッスかね。」

「今が、十二時前だし……確かにそろそろだろうな。」


 扱いが客だからか、生活が割と至れり尽くせりである。食事は決まった時間に運んできてくれるし、基本的に頼めば何でも手伝ってくれる。

 便利であるのは良い事だが、堕落してしまいそうで少し怖い気持ちもする。


「……私、昨日からずっと考えてたんスけど。」

「何だ?」

「私ってどうやって生計を立てたらいいんスか?」


 言葉に詰まる。いや、真面目であろうからいつかそう言ってきそうな気はしていたが。


「流石に働かなくていいって言われても落ち着かないッスよ。私も何かしらで仕事がしたいッス。できれば先輩の手伝いみたいな感じで。」

「俺の手伝いか……生憎と、困っている事はないからな。」


 人手が必要な事もないし、魔法関連の手伝いにしても、そう簡単に手伝えるような事ではないからな。

 だが、天野の考えも分かる。完全に人に頼り切った生活って、罪悪感が強いものだ。いつも働きたくないと言っているのに、いざ仕事を失えば仕事がしたくなるものだ。


「取り敢えず、何をするにも言語を習得してからだ。先にそっちを終わらせな。」

「はーい。」


 俺はそう会話をしながらも、ついさっきアテナさんから聞いた、内乱という言葉に引っかかりを覚えていた。

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