33.王国帰還

「それでお前は、その勇者を誘拐して、国を一つ潰してきたわけか。」

「やめろよ人聞きが悪いな。」


 王城の一室、皇太子であるアースの部屋にて、俺は一連の出来事をアースに報告し終えた。

 勇者こと天野は一度王城で匿うことになり、一室が与えられている。やはり不確定な情報が多いからか、監視はついているが、生活レベルは今までとは雲泥の差だ。

 取り敢えずは、俺とイデアの企みは上手くいったわけだ。


「後ろにいたのが俺様で良かったな。俺様がいなかったら、多分だが相当めんどくさかったぜ。」

「逆だ。お前がいたから、俺はこんな無茶したんだ。お前ならどうにかできるだろ。」

「今は王になる為にも評価を上げてる最中なんだ。もう、これっきりにしてくれ。」


 そう言ってアースは、手をヒラヒラと振る。

 実際、俺も二度はやるつもりはない。流石に国家を相手にするのは辛い。ディオにも殺されかけたしな。


「それにしても、よく総騎士団長を動かせたな。」


 そう、そこが一番凄い。俺も噂に聞いていた程度だし、会った事も無かったが、存在は確かに知っていた。

 王国最強の矛にして盾、神の領域に手を届かせる存在。『神域』のオルグラー。

 確かにディオを倒せるなら、オルグラーか俺の師匠ぐらいだろう。

 だが、やはり強いだけあって、色々と制限がついていると聞いた。国家外にオルグラーを出すのは原則禁止だとか、そんな軍事条約があったはずだ。


「偶然、遠征中だったんだよ。未開の地であるデルタ大陸の調査が理由でな。他国に渡るつもりはなかったし、今回のは偶然、王城の上部が吹き飛んでいるのを見たから参戦したっていう事にしたわけだ。」

「わざわざ何やるのにも大義名分がいるんだから、大変だな。」

「だから、勝手な事はできるだけ避けろよ、アルス。庇い切るにも限界があるからな。」

「わかってるわかってる。」


 それに今回だって、やりたくてやったわけではない。成り行きと勢いだけでああなってしまったのだ。


「信用ならねーが……まあいいか。それじゃあ、本題に入るか。」


 声色が変わる。悪友アースとしてではなく、王子アースとしての顔つきへと、一瞬のうちに変わった。

 こういう公私の切り替えの鋭さを計算して扱えるのが、アースの良い所の一つだと俺は思っている。


「まず、オルグラーの報告によると、リクラブリア王国の国庫は底をついていたそうだ。国家の建て直しは容易じゃない。」

「まあ、だろうな。あの宰相がいながら、増税に踏み切ったのはそういう理由だろ。」


 まだ金があるのなら増税の必要はない。そういうお金の回し方は、宰相は長けていただろうし、増税なんていう分かりやすい反感を買うマネは最終手段だったはずだ。


「それが、おかしい話なんだよ。」

「……どこがだ?」

「普通に考えて、個人の贅沢で、発展途上とはいえ急激に発展していたリクラブリアがそう簡単に金が尽きるはずもない。」

「なんか高い建物でも建てたんじゃないか?」


 俺は理系だったからあんまり覚えてはいないが、フランスのヴェルサイユ宮殿みたいに、建築物で金を浪費したなんてのは有り得る話だ。

 それになんか詐欺にあったとかもあるだろ。あの馬鹿だから。


「お前が行ってる間に調べてたんだが、そうでもないみてーだぜ。建築物を建てた記録は数えるほど、しかも大した事ないものだ。どうも妙な減り方をしてる。」

「考え過ぎな気もするけどな。」

「権力者たるもの、考え過ぎぐらいが丁度いい。ここからは憶測になるが、前々から疑問だったんだ。あの、名も無き組織の資金源がな。」


 俺は自分自身、苦い顔をしたのがわかった。

 先日のケラケルウスとドラゴンに襲われた事件は記憶に新しい。俺の面倒事の種は、常にあいつらだ。

 まさか今回も関係しているのだろうか。運命に結べられるのであれば、未来の恋人とか、そういうロマンチックなものであるべきだろう。


「リクラブリアの国庫の一部から、名も無き組織が金を受け取っていたのなら納得がいく。」

「流石にそれはこじつけだと思うが。」

「可能性の一つとしては有り得る、という話だ。決して低い可能性じゃない。浮上して来た時と、ストルトスが実権を握ったのも時期的に合う。」


 ここまで来れば最早、偶然であって欲しい。

 行く先々で出てくるのならば、呪われているか付け狙われている気がしてならないのだ。


「その場合に気になるのは、何の為に金を払っていたかだ。何か交渉材料があるんだが……こればかりは可能性があり過ぎて絞り込めねーな。」

「……今、名も無き組織は何をしてるんだ。」

「テロだな。小国が一つ無くなったのを皮切りに、三つぐらいの街が滅んだのを聞いた。行商が襲われた事件も増えたと聞くし、多分あいつらのせいだろうな。」


 一体何が目的で、一体どんな思考をしたら、平気で人を殺せるのだろう。人を苦しめる事ができるのだろう。

 聞いたところで、俺にはきっと永遠に理解できないのだろうけど。


「思わぬ所から手がかりを掴めた。何か手がかりが残っていれば、名も無き組織にグッと近付ける。場所さえ分かればオルグラーを出撃させれば全部終わりだ。」


 あまりにも個人に頼っているように感じるが、これは妥当である。

 オルグラー単騎であれば被害は最小限であるし、大体は一瞬で片付いてしまう。それが分かっているから隠れているのだろうけど。

 俺もかなり強くはなったが、まだこの程度じゃ蚊帳の外だからな。


「取り敢えず、リクラブリアについてはそんな感じだ。次は勇者の扱いになる。」


 俺はつい、固唾をのむ。居心地の悪い冷や汗をかいたような気もした。

 名も無き組織はいずれ来たるべき、未来の出来事だ。取り敢えず、目先の問題である天野の方が俺は大切である。


「勇者はこっちの言語は分かるが、発話ができねーそうだな。ジェスチャーでなんとなく会話はできるが、引き出せる情報は少ない。そして何故か、お前は異世界語が分かる。」

「……多分、俺の中にいる神のせいだ。おかげと言ってもいい。」

「なーんか、嘘くせえんだよな。論理的に考えるならそれが一番合点がいくんだがよ。」


 もはや異世界出身である事を言ってしまいたくなる。だが、それは何故今まで黙っていたのか、という事にも繋がり、どうも上手く口を開けない。


「ま、それはいいさ。今回のと一緒で、俺様から見たらどうでもいい事でまた悩んでんだろ。」


 そうしている内にいつも、あっちから会話を切ってくれる。それにホッとする自分がいる反面、罪悪感を抱く自分もいた。

 どうでも良い事である。きっとアースは普通に受け入れてくれるだろう。だが、秘密を打ち明けるのには勇気が必要だった。


「話を戻すぞ。会話がまともにできるのがお前しかいない以上、会議によって管理はお前に任せると決められた。」

「ええ、俺がか?」

「驚く話か。適任も適任だろ。何か異常事態があってもお前なら抑えきれるし、存在がかなり異端だから公にもできない。取り敢えず戸籍だけは作っといたから、後は任せた。」


 俺は天野をここに連れ帰ってから、一度も顔を合わせていない。そもそも関係も歪だ。むしろ混乱させてしまう可能性の方が高い。


「……何を気負っているかは知らねーが、多分大丈夫だと思うぜ。俺も一度会ったが、あれは――」


 アースの目線が少し上に向く。記憶を思い起こすように、だ。


「――強い奴の目だ。フィルラーナと一緒でな。」

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