22.予告状

 王城に戻って、一直線にとある部屋へと足を進める。

 日は傾き、日没まで時間もなかった。決行がよるであると考えるのなら、数時間の余裕しかありはしない。

 王城のどのルートを移動するか、どのような順序で話を進めるか。やらなくてはならない事は腐るほどあるが、それより先に、これはやらなくてはならない事だ。


「お待ちください、アルス殿。どこへ行かれるつもりで?」


 俺の足を、宰相が止める。

 呆けた国王代理とは違い、知性ありし曇りなき眼で俺を見ていた。やはり、一番厄介なのはこの人だ。


「王女の部屋へ。」


 嘘はつかない。今更ついた所で、時間が勿体ないだけだ。


「どうかお引き取りを。王女殿下は休んでおられます。」

「休まされているの、間違いだろ。あんなものを付けておいて、休めると思ってるのか。」

「……お引き取りを。」

「断る。滞在期間を引き下げて明日には帰るつもりなんだ。だから今日、会っておく必要がある。」


 そう言うと少し宰相が黙り込む。だが、それはそう長くなく、5秒も経たずに口を再び開いた。


「いくら、グレゼリオン王国とはいえ約束を反故にするのは、信用問題になります。よろしいのですか?」

「滅ぶ王国からの信用は必要か?」

「――」

「必要ないだろ。それにたかが早く帰っただけの事だ。大国グレゼリオンの評価は揺るがない。」


 初めて、宰相の顔が歪むのを見た。いつでも冷静で、頭を回し、常に最善を選んできた宰相の、顔が歪む姿を。


「あなたは一体、何を?」

「誰もが、自分の人生を生きている。当たり前だけど、見落とす事だ。その人にはその人の苦労があって、幸せがあって、信念があるはずだ。」

「それが一体、どうしたと言うのですか。」

「俺も、お前も、凡人を舐めてたんだよ。正確に言うなら、一つの命の強さを舐めていた。人は信念さえあれば、例え誰でも英雄になれるって事を知らなかったんだ。」


 信念は、言い換えれば執念とも言える。

 絶対にそれを為してみせるという執着が、どんな苦行をも耐えさえ、時に人の予想を裏切る策を打たせる。

 イデアがたった一人の、一目惚れした人の為に自分すら駒にするように。


「……この城には腕利きの冒険者がいます。リクラブリアは滅びません。」

「そうか。それじゃあ、もういいな。通らせてもらうぞ。」


 俺は宰相の横を通り過ぎる。

 止められることはなかった。いや、正確には止める意味がないと理解したのだ。話して通じなければ、賢神である俺を止めるほどの力は宰相にはない。


 王女の部屋の前へと辿り着いた。大きな音でノックをすると、中から入室を促す声が聞こえた。

 俺はドアノブを回して扉を開けた。中には、この前に訪れたのと同じように、王女が立っていた。今こうやって冷静に見てみるとお母さんに似ている。

 天野を助けるのも俺のやらなくてはいけないことの一つだが、血縁として王女エイリアも助ける理由がある。だが残念ながら、俺にそんな余裕はない。

 できるのは始める前のちょっとした手助け程度だ。


「一昨日ぶりですね。今日は何の御用でしょうか?」

「用は二つだ。俺も時間もないし、今日も極力早く終わらせるさ。」


 俺は王女の下へ近づく。目線の先は手首につけられた腕輪である。

 逆らえば起爆するようになると言っていたが、実は解除自体は容易なのだ。それをこの前やらなかったのは、バレた後にストルトスに殺される可能性があったからだ。

 だが、今日この国は終わるのだから、バレた所でそれを裁く力などストルトスには残っていまい。


「右手を出してくれないか?」

「構いませんけど……」


 差し出された右手の袖をめくって、腕輪を掴む。

 無理矢理外そうと大きな傷が入ったら、その場で爆発するようになっている。こういう感じの解除は授業で三種類ぐらいやっていた。

 一つは一撃で跡形もなく消し飛ばすこと。これはエイリアが危ないからナシ。

 二つ目は魔力を遮断する結界を張って、魔法の威力を大きく落とす。これは時間がかかり過ぎる。

 だから必然的に三つ目になる。俺は腕輪に自分の魔力を注ぎ込む。魔道具には許容量の魔力が絶対にある以上、注ぎ込み続ければいつかは壊れる。


「え?」

「中々高級品だな、これ。」


 思ったより魔力を入れる事にはなったが、特に爆発もせずに魔力を溜め込むパーツが壊れた。そのまま物理的に壊して、床に投げ捨てる。


「これが一つ目。それで二つ目は伝言だ。この前渡した本の、持ち主からな。」

「イデアから、ですか?」

「ああ、やっぱり想像がついてたか。あいつの言葉が嘘じゃなくて安心だ。」


 なら大体あいつが何をするのかも想像がついているだろう。


「お願いします、イデアに止めるように伝えてください! きっと彼は、幼い頃、私が軽はずみにしてしまった約束を信じているんです!」

「それはできない相談だ。俺もどちらかと言えばイデアに協力する側にいるからな。」

「どうして、ですか。そんな無謀な事はやめてください。国を相手に勝てるわけありません。私は大丈夫です。お父様が残したこの国の為ならどんな事だってやる覚悟はできています。」


 今朝までの俺ならばその言葉に同調していたであろう。しかし今は違う。


「それは、どの視点から言っているんだ?」

「――え?」

「確かにお前の自己犠牲さえあれば、きっと王政はどうにかなるだろうな。なら、その間の国民はどうする。今も生きるのすら精一杯な国民は。」


 そもそも今から何を言おうと手遅れである。既にやるのは決まっているし、説得など意味を成さないのだ。

 今できるのは、起こることに対して自分がどう行動するのか考えるぐらいのはずだ。


「この国の王政はもう駄目だ。だから俺は、この国を滅ぼすことにした。」

「そ、んな。」

「馬鹿げた話だと思うか?俺はそうは思わない。いくら歴史や伝統を受け継ぎたくとも、それは土台があって初めて許される贅沢だ。人の命に代えられるものではない。」


 これで俺は目的を果たした。

 伝えたかったのは、ここに今夜、イデアが来るという事である。それまで心の準備をするぐらいの時間は必要だろうと、そう思って俺はここに来たのだ。


「お前に関する役目は全部、イデアに任せた。文句やらがあるならイデアに頼むぜ。俺はどうであろうと、考えを尊重する。」


 イデアに着いて行っても、行かなくとも、それを俺は止めない。エイリアが対話すべきは俺ではなく、イデアであるのだ。


「ま、待ってください! まだ話は!」

「いいや、終わりだ。時間が来ればわかるはずだ。俺とイデアがやろうとしていることが、全部な。」


 俺は静止を振り切り、部屋から出て扉を閉めた。

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