10.宰相

 宰相を名乗る男に連れられ、移動したのは俺が生活をしていた客間であり、そこで俺と宰相は話すこととなった。


「とても、動揺していることでしょう。きっと国王代理陛下のことも、今まで知らなかったのですから。」

「別に構わない。いずれ知ることになっただろうことだからな。それがたまたま、今だったってだけだ。」

「それはありがたい。どうやって話を聞いてもらおうかと、それだけ考えていたもので。」


 王女曰く、この人は王城が発光した件について知っているらしい。都合良くあっちから来てくれたのだから、聞き出しておきたい。

 それに、この人がどこの側に立っているのかを。


「何はともあれ、まずは謝罪を。国王代理陛下に代わって、アルス殿への非礼を詫びます。」

「それはありがとう。それならあの人を近付けさせないとかはできないか?」

「善処はしますが、期待はしないでください。」


 予想はしていたが少し残念だ。その言葉が聞けただけ良しとしよう。


「さて、アルス殿。本題に入りましょうか。」

「……国王代理陛下が今朝言っていた内容か。」

「あー……そうです。私から伝えると言っていたのですが、どうしてもご自身で伝えたかったとかで。」


 さっき会った王女、エイリアと婚約させて俺を国王にしたいという話だったはずだ。

 絶対に嫌だ、としか言いようがないけどな。

 そんな俺の意思を汲み取ってか、言いづらそうに宰相は話し始める。


「本当に、まあ、話しづらいことなんですが、私からも再度お願い申したくて。」

「俺にメリットがない。そもそも俺みたいな完全武闘派の賢神が、国王なんて務まるわけないだろ。」

「何もする必要はありません。事実陛下は、私に仕事の一切を押し付けています。」


 やっぱりそうか。執務をこなすような人間じゃないとはわかっていたし、大体宰相に押し付けているというわけなのだろう。

 そのくせ政治内容には口出ししてくるのだから質が悪い。働かざる者食うべからずという諺を知らんのか。


「……少し、この国の話をしましょうか。この国は隣国であるヴァルバーン連合王国から独立してできた国です。」


 その内容は昨日、図書館に行った時に少し見た覚えがあった。ほんの薄っすらではあるけど。

 ヴァルバーンの植民地であったリクラブリアは、約百年前に兵力を集め決起し、そして自由を勝ち取った。それが建国までの大きな流れだ。

 と言っても実は対して大きな戦争ではなかった。ヴァルバーン内でも派閥があったし、過激派を押さえつけて穏健派が独立を割とあっさり認めたのだ。


「その時の主導者が国王に、そして交渉や戦争で活躍した二人がこの国の公爵となりました。リクラブリアは建国の際、グレゼリオン王国を参考にしているので、形態はよく似ています。つまり公爵はグレゼリオンと同じく、貴族の中では最高位となるわけです。」


 宰相は一度、一息入れてまた話し始める。


「もしあなたが王女殿下と婚約をしなければ、その二つの公爵家の者から婚約することになるでしょう。しかし、そうなっては困る。それはいけない。」

「何がだ。別に何も困りやしないだろ。」

「一刻も早く、陛下を権力から遠ざけなくてはならない。無理を通して陛下が進めた政策で、国家としては崩壊寸前です。それを解決するには、アルス殿を国王と置くのが早いのですよ。」


 それは、いくら何でも短絡的過ぎないだろうか。


「陛下は公爵家に権力が分散させられるのを酷く嫌っておられる。であれば、きっとアルス殿以外は強く渋るでしょう。いつかは話は進むでしょうが、それでは遅い。」

「その間に、この国が滅ぶからか?」

「滅びはしません。その為に私がいます。ですが、国力の低下は免れない。」


 確かに理にかなっている。早く俺に権力を移して、ストルトスから権力を剥ぎ取って王国を以前の形に戻す。実に合理的だ。

 しかしその都合が良いのはあっちであって、俺ではない。

 当然だが俺が国王になるメリットはない。むしろ拘束される分、デメリットの方が大きい。


「無理を承知のお願いです。いくら無理と分かっていても、頼まないという選択肢は私にはなかった。あなたの情に訴えかけることしか、私にはできません。」


 メリットはない。デメリットしかない。だが俺には、そう簡単には切り捨てられない理由があった。

 今までの話は、俺個人の話。しかし俺が動かなければ、俺以外の人が苦しむことになる。これだけが、俺の背中をなぞるようにへばりついてくる。

 心の中の自分の囁き続けるのだ。それでいいのか、と。


「……朝も言ったが、保留にさせてくれ。何とも言えない。」

「わかりました。ですが、できればお早めに。あまりに遅過ぎれば、次の策を打つしかないので。」


 決断にはまだ早い。行動を起こすにもアースと連絡を取る必要があるし、焦って決めたことは絶対に後悔する。

 それに判断するには俺が持っている手札が少なすぎる。この宰相が信用できるとも限らないからな。

 そういう点においては王女も信用できるか怪しいが、俺を騙すような情報すら出してこなかった。宰相よりはよっぽど信用できる。


「逆に質問をしていいか。」

「どんなことでも。この国のことであるなら、大抵の事なら答えられます。」

「勇者のことだ。」


 宰相は首をかしげる。何も知らない、という風にだ。


「……あの事件の時は、私は王城には不在でした。後から陛下から聞きましたが、はぐらかされるだけで。」

「原因の解明はできていないのか?」

「陛下が頑なに内容を隠すので、私としても深入りはできませんでした。しかし勇者などいませんよ。聖剣は歴史上の、失われたものですから。」


 これ以上は深掘りできない。俺は何も知らないと言われれば引くしかない。

 俺はグレゼリオンの公使という立場ではあるが、この国で好き勝手できるほど力はない。俺はこういう交渉事は苦手だし。


「そうか、すまない。野暮な質問をした。」

「お気になさらず。それでは失礼しました。私は執務に戻りますので、用があるのなら適当な使用人に言ってください。」


 そう言って宰相は立ち上がり、部屋を後にした。

 俺は宰相がいなくなったのを確認して、椅子の背もたれにもたれかかりながら、取り敢えず今ある情報を頭の中で整理させていた。


 祖父ストルトスが今の国王代理であり、ストルトスには二人の子供がいた。その息子の方の子供が王女エイリアで、娘の方の子供が俺だ。

 恐らくではあるがストルトスは毒が何かを使って、息子と兄を殺したらしい。そしてストルトスは俺のエイリアの結婚を画策しており、それを宰相は利用しようとしている。

 これに乗るか乗らないかによって動き方が変わってくる。


 更に勇者の噂は、恐らくは出まかせだろう。

 しかし勇者はいないかもしれないが、きっとそれ以外の何かはある。王城が光ったという事件が、まさかただの事故だったなんてのは考えにくい。

 安全である確証が取れるまで警戒は怠るべきではない。


 となれば、考えるのは国王についての話が先だ。こればかりはアースに相談しなければ話は始まらない。

 あの腕輪の魔道具で連絡をするのは夜のみだと決めていた。だから、それまでは少し暇になるな。


「……ちょっと、寝るか。」


 俺は床に魔力で、簡易な魔法陣を描いて、結界を張る。

 昨日もこうしていた。万が一誰かが俺を殺しに来たらと考えると怖いからな。特に公爵家からすれば俺は邪魔になるはずだ。

 そのまま俺はベッドに寝転がり、目を閉じる。


 夜まで寝よう。悩み事はその後で十分に間に合う。今は取り敢えず、ゆっくり眠ろう。

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