8.軟禁
俺は手元の本を閉じる。
飛ばし飛ばしの流し読みだが、完成度は高いな、とは思った。だが、名作か、と言われるならば首を捻らざるをえない。
まず、良くも悪くも凡庸だ。確かに一定の満足度はあるかもしれない。だが、一定だ。本当の名作を見た時の、体に雷が走るような衝撃もないし、展開がなんとなく読めてしまう。
だが、これをイデアは一番好きだと言った。これしか本を読んだことがないか、それとも思い出深い本なのか、どちらかな気がする。
「……王女様に会いにいくか。」
許可は取っていない。だが、多分会えると思う。というか会わなければならないし、あんな奴とずっと暮らして来た王女には会ってみたい。
イデアが一目惚れする辺り、きっと美人なのだろうけど。
そう言えば、この世界に来てから綺麗な人ばかりに会っている気がする。オリュンポスもそうだし、お嬢様とかもそうだ。そういうものなのだろうか。
「王城だと人が多いな……多分、あれか。」
俺は魔力の探知を広げる。範囲は王城全域だ。
雑な魔力探知だから隠されたら探知はできないが、城内で人がどこにいるか程度なら分かる。
王女ならば付近に護衛がいるだろうし、そう考えれば見つけるのは大して難しくもなかった。
「本を読んだおかげか、ちょっとは気持ちが落ち着いたな。やっぱりたまには読書もいいかもしれない。」
前世の頃、よく俺は本を読んでいた。正確に言うならば、本を読むのとゲーム以外に趣味がなかった。ただ生憎とゲームは大して才能がなく、読書に傾倒していったのは必然であったろう。
今世に来てから激動の日々で、学園にいた頃はよく読んでいたが、前世には及ぶまい。そう思いながらもドアを開け、部屋の外に出た。
王女の部屋は少し遠い。ここは客間であるから、王族の自室が近いはずもない。
「『雷化』」
俺なら直ぐだ。それこそ一歩で届くような位置でもある。変身魔法の最大の利点は圧倒的な機動力であり、
一瞬でも気を緩めたら、相手の体に無数の攻撃を叩き込む。感知能力がカンストしてるようなエルディナ相手以外ならば、その本領を発揮できるんだがな。
「王女は、この部屋にいるか?」
俺は部屋の前に立つ騎士にそう尋ねた。
部屋の前に騎士が常駐してるなんて、随分と物騒だな。朝食の時もいなかった辺り、余程部屋から出したくないらしい。
「ええ、いますが……面会は許可されておりません。」
「まるで犯罪者みたいだな。」
「国王代理の意向により、軟禁状態ですので。」
なるほど、やはりストルトスか。ストルトスが関係してくるか。
一応、この程度ならば想定通りだ。大義名分はこちらにあるし、妥当性は十分にある。
「面会の許可を得てここに来た。俺が国王代理の、孫である事は聞いているな?」
「勿論です。」
「ならば祖父が俺と王女を婚約させようとしてるのも、知っているはずだ。だから人となりを知るために許可を得てここに来た。」
「ならば確認を取ってまいりますので、ここで少々お待ちくださいませ。」
「却下だ。わざわざ待っている時間はない。」
俺は騎士の肩を掴む。そして俺は自身の魔力をその場に溢れさせた。
賢神でも俺レベルの魔力量は早々いない。一介の騎士がその魔力量に対抗できるはずもない。
「黙っておけ。誰もが幸せになれる唯一の方法だ。」
「ど、どうぞ!」
そう言って騎士は扉の前から退く。そして俺は扉をノックして、返答を待つ。
「……どうぞ。」
一瞬の沈黙の後に、そんな声が部屋の中から聞こえてきた。俺は迷わず、そのまま扉を開けた。
「失礼する。」
部屋の中は王族らしく豪華な部屋ではあったが、どこか広い、つまりは物が少ないように感じた。更に言うのなら女性らしい部屋、という風にも感じない。
その違和感の理由には直ぐ思い至る。趣味に繋がるものが何もないのだ。あるのは必要最低限の生活用品のみ。だから部屋が広く感じる。
「初めまして。エイリア・フォン・リクラブリアと言います。」
そして次に目に留まるのは一人の少女だ。派手ではないが、高価な洋服に身を包み、美しいというより可愛らしいという表現が似合う人だ。
俺と同じように白い髪と目をしている。ストルトスの言う事が正しければ、この人が俺の従姉という事になる。
「賢神、アルス・ウァクラートだ。今日は話を聞きにきた。」
「私も一目お会いしたいと思っておりました。どうぞお座りください。」
そう言われて、案内される通りに椅子に座る。そしてその向かい側にエイリアが座った。
「さて、何をお聞きになりたいのですか。」
「聞きたいのはいくつかある。第一に、何故王女が軟禁をされているか。第二に、ストルトスは一体何をするつもりなのか。第三に、勇者とは何かだ。これが分かれば帰る。」
俺の聞きたいことを先に言う。あまり長居するつもりはないし、話は端的に終わらせたい。
「……そうですね。ですが、その前に先に言っておきたい事があります。」
「何だ?」
「早く、この国から去った方がいいと思います。この国は別に他国をどうこうするつもりはありません。ただ、滅びへと一直線に進んでいるだけなのです。」
思いもしなかった言葉であるから、言葉に詰まってしまう。
王女が、それを言うのか。
「一つ目の質問にお答えします。何故、私が軟禁されているのか、ですね。簡単な話です。私が自由に動けてしまえば、お祖父様は不利になるからです。」
「対抗はできないのか。いくら国王代理だからと言って、王女の発言を無碍にはできないだろう。」
「いいえ、できません。これもまた、簡単な話です。これを見てください。」
王女、エイリアは右手の袖をめくり、そこにつけられた腕輪を俺に見せた。
「これは、お祖父様が私につけた腕輪です。私が何か、お祖父様に逆らう事を言えば起爆させられます。」
爆弾を、実の孫に。信じられない。いや、信じたくない。
何を気が狂えばそんな事ができる。家族を何だと思っている。一体いつからこんな事をやっているんだ。
エイリアは表情をずっと変えない。この部屋に入ってからずっと、張り付けた笑みが消えない。
そうしなくては、生きてこれなかったのだ。そうする事に慣れ切るほどの期間が、経過しているからだ。
「……何故、俺にそんな事を言う。バレたら殺されるんじゃないのか。」
「私にはもう、何もできません。この国はもうどうしようもないのです。だからせめて、従弟の貴方だけでも、逃げてください。きっと近い内に、どんな手段を使ってでも、私と同じ腕輪をつけさせようとするはずです。」
気持ちが悪かった。何もかもが気持ちが悪い。これを平然と行う祖父も、そしてこれを諦めざるをえないこの国もだ。
「二つ目の質問への答えはそれか。ストルトスの目的ってのは、餓鬼の我が儘みたいな、誰でも言う事を聞くように仕向けたいという事なのか。」
「きっと、そうです。お祖父様には野望などと言うほどの大した意思はないと思います。ただ、自由に生きたいだけなのです。例え何を犠牲にしてでも。」
ああ、もう最悪だ。せめてもっと悪人らしい目的があれば良かった。それなら簡単に嫌いになれる。
ストルトスという男に、悪意はないのだ。自分がやっている事を悪だとすらも思っていない。自分が中心に世界が回るのを、当然だと心の底から思っているのだ。
「話を、続けよう。三つ目の質問について答えてくれ。」
少々強引に話を切る。これ以上、ストルトスの話を聞きたくなかった。
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