2.王の血筋
リクラブリア王国は今、非常に厄介な状況にあるらしい。
アースに聞いたところによると、数年前に国王夫妻が同時に不審死をして、その国王の父親が今は国王の代理をしているようだ。国王には子供がいたが、女であったことから、貴族たちに反対されそのような結果になったそうだ。
そして厄介なのは他ならぬ、現在国王代理を務めている男である。
この男は国王の父親ということは、前国王であったのか、と思うかもしれないがそうではない。厳密には彼の兄が前国王であったのだ。
しかし前国王は子宝に恵まれず、若くしてこの世を去り、後釜に彼の息子がついたというわけだ。
そしてその前国王も、不審死であったという辺りで、内容を察せられるのではないだろうか。
勿論だが決定的な証拠は見つかっていない。そんな証拠が見つかれば、如何に権力を持っていようが貴族たちの反乱にあってしまう。
そんなわけでその男の孫娘を結婚させて、その婿を次の国王にしようというのが今の動きなのだ。で、普通に考えるのなら一番その男にとって都合のいい奴を婿に迎えるはずだ。
この時点で次の国王も今の国王代理に操られる傀儡政治になる可能性が高いというものだ。
「国王代理が数年間も治世をして、その頃から急に経済が落ち込んだって、とんだ笑い話だな。宰相とかは仕事してなかったのかよ。」
アースから渡された紙を眺めながらそう呟く。
俺は取り敢えずは客室に待機させられ、折角なのでその間にこの国の情報を再度確認していた。歴史の教科書に出れば破きたくなるほどのややこしさだ。
俺は決して頭はよくない。この世界に来て、かなりコミュ力が上がった感覚は違いなくあるが、それでも前世では根暗な部類の人間であったのだ。
「それと……勇者か。それが一番めんどくさそうだ。」
勇者と言えば色々とイメージは湧くだろうが、この世界において勇者というのはたった十人の事だけを指す。
聖剣を持ち、強大な敵を滅ぼした英雄の事であり、聖剣が失われた今、新しい勇者は数百年生まれていなかった。
その勇者が、何故かこの国に現れたという噂。出どころも根拠もわからないが、火がないところに煙は立たない。何かしらの元となるものがあるはずだ。
「アルス様、失礼いたします。」
そうこう考えていると部屋のドアからノックの音が響き、次いで男の声が聞こえた。
俺は座っていた椅子から立ち上がる、
「国王代理陛下がいらっしゃいました。開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
俺がそう言うと執事服を着た、50歳ほどの男性がドアを開け、その後ろから分かりやすく腹が出た、きらびやかな服装に身を包んだ男がのっしりと部屋へ入ってくる。
装飾品の異常な量から、真っ先に悪趣味だと脳が判断したが、恐らくはこれが国王なのだろう。
「おお! そなたがアルスか!」
やはり名前は知っているようだ。
だが、俺の方は見覚えがない。見た目は太っている老人、といった感じだが、どう考えても初対面のはずだ。
何故この人が俺を呼んだのだろう。皆目見当がつかないままだ。
「始めまして。新米だが賢神をやっているアルス・ウァクラートだ。今回は――」
「良い良い! 話など後で良いではないか!」
俺の話を遮って、国王代理はこちらへと歩いてきた。俺は反射的に一歩下がる。
なんか怖い。親しみやすいヴェルザード公爵と違って圧力が強い。
「何せ余は、何年も前からそなたを待ち続けていたのだ。」
「ああ、それだ。一体どこで俺のことを知ったんだ?」
「学内大会でだ。忌まわしきウァクラートの血を継ぐ、優秀な魔法使いがいるとな。調べれば直ぐに分かったぞ。」
忌まわしき、だと。それは聞き捨てならない。
それは俺の誇りでもある母が愛した父と、強く賢き曾祖母を侮辱したことになる。俺をいくら貶そうとも構わないが、あの二人を罵倒するのは許せはしない。
「……先に名前を聞いてもいいか。知ってはいるが、こちらも名乗ったのだから、そっちも名乗るべきだ。」
「そうだな、忘れていた。会うのはこれが初めてだった。」
俺の前で身だしなみを整え、わざとらしく咳ばらいをする。
「余こそが、リクラブリア王国の国王、ストルトス・フォン・リクラブリアだ。」
「代理じゃなかったか?」
「それは些細な事だとも。現在この国を統治しているのは他ならぬ余だ。ならば国王と大差はあるまい。」
いや、それは違う。絶対に違う。それがありになるのなら、宰相やらが国の実権を握れてしまう。ドイツでそれが如何に危険かは実証されていた。
「それで、今回俺のことを呼び出した要件は何だ。事の次第によっては、帰らせてもらうぞ。」
俺がそういうと、今度はストルトスがきょとんとしたような顔になり、口が止まる。
何がおかしいのだろうか。俺の言ったことはそんなに驚くようなことではなかったはずだ。賢神である俺は、依頼主である国王と対等だ。依頼内容によっては断る権利だってある。
「……ああ、そうか、そうに違いない。なるほどグレゼリオンめ。真実を伝えず、たぶらかすとは。正に悪魔の国だ。」
「何を言っている?」
「気にする必要はもうない。お前はこれからは自由に生きられるのだ。今まで大変だっただろう。」
全く話が見えない。何を言っているんだコイツ。こんなに話が通じないのは前世の会社の総務のおっさん以来だ。あ、なんか思い出したら腹が立ってきた。
落ち着け。俺はクールな男だ。総務のおっさんがクビになったのを思い出して平静を保つんだ。
「これからは一緒に暮らそう、我が孫よ。」
脳内が真っ白になる。閃光弾が脳内で破裂したような、一瞬が永遠と感じるほどに引き伸ばされ、述べられた言葉を何度も反芻する。
孫、俺がか? だって俺の祖父は死んでいたと学園長、オーディンから、いや、それは父方だ。母方は――
「どうした、嬉しさのあまり声も出ないか。」
そうだ。アルドール先生は言っていた。俺の母フィリナはリクラブリア王国の出身であったと、そして結婚する時も、ひと悶着あった。
全てが繋がる。そう考えれば納得がいく。俺の母が礼儀作法に長けていたのも、それが。
つまりこの男、ストルトスは、お母さんの父親ということか。つまりそれは俺の祖父であるという事に他ならない。
「……少し、時間をくれ。話なら後でできる。」
「そうだな。いきなりこんな事を言われれば動揺もやむない。ならば時間をおこう。そうしたらまた来る。」
ストルトスは振り返り、そのままこの部屋を出ていった。
俺は予想だにしていなかった返答に、今でも心臓が耳に聞こえるほど震えている。いや、これは予想できる奴はいないだろう。
「ということは、お母さんも、俺も、リクラブリア王国の王族ってことかよ。」
俺は部屋にある椅子に腰かける。頭が追い付かない。現実感がないと置き換えてもいい。ともかくそれは、高確率で真実であると理性は認めていても、本能はおいつかなかった。
アースはこれを知っていたはずだ。この程度の下調べをしない人間ではない。何で言わなかったのか、後で聞きださないと。
「勇者とかより、よっぽど大切な話じゃねえか。」
俺はどこかどっしり疲れたような感覚と、祖父があんなんであったという嫌悪と、家族がいるという安堵感。その全てが混ざったような感覚に戸惑うことしかできなかった。
捜査一日目の昼にして、俺はそれどころではなくなってしまったのだ。
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