第七章〜何も盗んだことのない怪盗〜
1.入国
揺り動く馬車の中で、黙って外の景色を見ていた。
馬車内には俺一人以外誰もいない。当然だ。俺の扱いは来賓、客だからだ。しかも公使であれば無下にも扱えない。
馬車の行く先は王都、リクラブリア王国の王都であった。
俺はアースからの依頼を受け、そのままリクラブリア王国に辿り着くと既に迎えが待っていた。そして何人かの騎士の護衛を伴って、数日はこうやって馬車に揺られていたわけだ。
乗り心地は微妙に悪いが、それを気にするわけにもいかない。
それに御者がどうも急いでいるように感じた。推測になるが、急いでくるように指示されているのだろう。であるのならば、咎めるのも酷だ。
「着きました、ここが王都です。」
そんな声が馬車の外、俺の死角から聞こえてくる。馬車の横を走る、馬に乗った騎士の声だ。
馬車はそのまま止まることなく、王都の中へ入っていく。
城門から王城までは一直線に道が繋がっているようで、防衛的に大丈夫なのかと思いながらも馬車は進んでいった。
「なるほどね……」
悪政と聞いていたが、本当かもしれない。
街を馬車で移動しながら軽く見た感じ、活気が薄いように感じた。全員ではないが、殆どが必死な顔で街を歩き回り、談笑の余裕もないように見える。
ここがグレゼリオンであれば、国王が崩御したのかと疑問に思うレベルだ。
「ここって、何か名産とか名所とかあるのか?」
俺は馬車から身を乗り出し、外にいる騎士にそう聞いた。
「名所、というものはありませんが、名産ならあります。多種多様な魔道具を作る職人がおり、世界中に魔道具を輸出しております。」
「隣国に
「あちらは質、こちらは量ですので。私たちは貴族や王族ではなく、庶民がメインターゲットなのですよ。」
なるほど、理にかなっている。あそこには
その代わり、成功すれば歴史を変えるような発明をしている。だからあの国はどこまでも、魔導の国なのだ。
「なら俺も後で魔道具を見て回るかな。」
「日用品が多いので、賢神であるアルス様のお眼鏡にかなうものがあるとは思えませんが……」
「掘り出し物があるものだよ。剣を買う時に、似たような経験はしたことはあるんじゃないか?」
「なるほど、不勉強で申し訳ありません。」
「俺みたいな若輩者にそんなに気は使わなくていい。旅の途中から常々言っているが、もっと砕けた口調でもいいんだよ。」
騎士は苦笑いをしてそれを誤魔化す。
前言った時もこの感じであった。俺は舐められないように敬語は使わないようにし始めたし、人に敬語を使われるのもむず痒い。俺は敬われるような人間じゃないのだから。
「……アルス様、どうやら城門前で揉めているようです。少し馬車内にてお待ちください。」
騎士はそう言って、馬を走らせる。確かに城門前には騎士に取り押さえられる青年の姿が見えていた。青年を取り押さえる騎士は、恐らくは門番なのだろう。
「……英雄の髪。」
目に止まるのはその黒髪だ。この世界では黒髪は希少である。そして黒髪の人間は何故か英雄に多い事から、英雄の髪とも呼ばれる。
俺もフランと師匠以外に黒髪は見たことがない。街ですれ違ったことさえないのだ。
だから物珍しさ半分、何で捕まることになったのかというのが単純に気になるのが半分で、俺は馬車から降りた。
「アルス様?」
「もうここまで来れば徒歩で十分だよ。」
馬車の手綱を握る御者が疑問の声を出すが、気にせずに城門へと足を進める。
「アルス様、お待ちください。すぐに終わりますので。」
「別に何もしないし、いいだろ。俺が馬車が嫌いだから、早く降りたかったってだけだ。」
俺は体を雷に変えて、一歩で城門前へと辿り着く。
騎士も青年も驚いたような顔をしている。どれに驚いているのかはおおよそ検討がついた。魔法の展開速度か、物珍しい変身魔法にか、そこら辺だろう。
俺の魔法展開速度の大体は並程度の速度だが、変身魔法だけに限定するのならかなり早いと自負している。
「初めまして、アルス・ウァクラートだ。名前を聞いてもいいか?」
「……」
「あれ、言語通じない? ここの公用語ってレイシア語じゃなかったっけ。」
青年に話しかけたが、返答はなかった。俺の唯一使える言語であるレイシア語は、世界共通語であり、確かリクラブリアでも公用語として使われていたはずだが。
「あ、アルス様! 危険です! この者は王城へ侵入しようとした国賊なのです!」
そう先行していた騎士が言うが、正直に言って騎士に取り押さえられる程度の人間が、俺に勝てるとは思わない。
「ちょっと離れててくれ。俺はこいつから話を聞きたい。」
「で、ですが……」
「いいから離れてくれ。もしかしたら何かの行き違いで、捕まっただけかもしれないだろう?」
俺がそう言うと、俺が外国からの使者であるからか、渋々と騎士は一メートルほど青年から距離を取った。
騎士の手から逃れ、地面から解放された青年は立ち上がった。直立はせず、少し姿勢を低くして、俺の顔を伺うようにだ。
黒い髪に赤い目、温和そうな顔ではあるが、まるで熊でも見たみたいな顔をしている。
「城に忍び込もうとしたって、本当か?」
「……違う。」
「だそうだが?」
「いえ、その者は数日も前から王城付近を歩き回っておりました。私が話かければ逃げたので、可能性が高いと判断して拘束しました。」
門番であろう騎士はそう言った。確かに不審で、それでいて怪しい。
「だけどまだ何もしていないし、もしかしたら王城の近くにあったアリの巣を見てたって可能性もある。それに誰だって騎士に話しかけられればビビるしな。」
こいつに関しては違うだろうけどな。目付きが理不尽な目にあった奴の目じゃなくて、決定的な証拠を叩きつけられた被告人の顔だ。
だが、何もしていないというのは事実であるし、俺は少しこいつに興味がある。
「取り敢えずは見逃してやったらどうだ。珍しい英雄の髪をしているんだし、そんな悪事を働くような悪人面でもないだろ。」
実際証拠不十分だし、引くしかないはずだ。押し切るにも俺はグレゼリオンからの使者だからな。強気には出られまい。
「……わかりました。」
「よし、なら質問再開だ。名前を聞いてもいいか?」
直ぐには返事は返ってこない。五秒、十秒と経った辺りで、青年はやっと口を開く。
「イデア。姓はない。ただのイデアだ。」
「なるほど、ありがとな。もう帰っていいぜ。」
青年、イデアはまたもや驚いたような顔をする。何か質問をされると思ったのだろうか。
まか俺もしたいのだが、今日はそれよりも優先される事がある。これが偽名でなければ、また会えるだろうしな。
俺は振り返り、王城の方へと足を進めた。
「じゃあな、イデア。」
――思えばこの出会いが、この国の未来を大きく変えたのかもしれない。
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