7.賢神議会 前編

 師匠はここが冠位会議場であると言った。ということは、ここにいる四人は、たった十人しかいない冠位の一人であるということになる。

 各部門の最も優れた魔法使いであり、最も偉大な魔法使いである証明である冠位。

 それが四人、師匠も合わせれば五人もここにいるということになる。


「おやおや、たった四人だけか。オーディンとアルドールは兎も角、アローニアとロロスはどうした?」

「あの子達が言う事を聞くわけがないじゃない。研究室から出てくる方が稀でしょう?」


 師匠の質問に一人の男が答える。化粧と一つにまとめられ、長く伸びる紫色の髪には覚えがあった。

 魔導師ギルドのギルドマスターにして冠位魔導戦闘科ロード・オブ・ウォー、ヴィリデニア・ガトーツィアその人である。

 その姿は以前に見た修学旅行の時と変わりない。


「アタシだって忙しいんだから、レイさんの頼みじゃなきゃ来てないわよ。」

「それはありがとう。」

「……元々、儂は人を集めろとは言っていない。少なければ少ないほど良い。」

「師としては、ここらで目標となる冠位と面識を持たしておきたくてね。別に問題ないだろ、ハデス。」


 ハデスと呼ばれた男は、この中では一番見た目が歳を取っている。

 加齢により白くなった髪に、シワだらけの顔と体。正に『いわゆる』魔法使い像そのものだろう。


「さッさと始めようぜェ、第一席。工房に戻りてェんだ。」


 荒々しい口調で、椅子に座る一人がそう言う。

 背は小さく、茶色の髪や髭などが無造作に伸びている。よく見れば椅子には、その人よりも大きい金槌が立てかけられていた。


「そうだね、イスト。君の言う通りだ。アルス、そこの椅子に座るといいさ。」

「ちょっとレイさん、そこは――」

「まあ良いではありませんか。元よりそこは空席であるでしょう。神秘科の連中も、ラウロの倅が座るのなら許容できるでしょう?」


 ヴィリデニアさんの言葉を、大柄な一人の男が遮る。

 背丈はおよそ2メートルはあろう程の巨躯であり、身をキャソックで包んでいた。服装からして間違いなく教会の人間である事が見て取れる。暗い黄色の髪であり、賢神としてここにいる以上、役職としてもかなり上位にいるのだろう。

 その人の言葉を無視できないのか、ヴィリデニアさんも引き下がる。


「……まあ、いいわ。後で文句を言わないでちょうだいよ。私は言ったから。」


 そうこう話している内に、師匠は入口の反対側の椅子に座る。俺は少し周りの様子を伺いながら、びくびくしながらも、指示された入口に一番近い椅子に座った。

 冠位の数は十、そして椅子の数も十。俺の予想が正しければそれはつまり、そういう事なのだろう。


「それでは賢神議会を始めよう。出席数の確認を行う。」

冠位魔導医療科ロード・オブ・メディスンにして第八席、教会が大司教グラデリメロス。ここに参上致しました。」


 キャソックで身を包む男は、低い声で、一番最初に名乗った。

 俺はあまり教会の構造に詳しくないので、ハッキリとは言えないが、大司教というのは上位に当たる筈だ。

 想像していた通り、やはり教会でも地位がある人間に違いないだろう。


「賢神第五席、冠位魔導刻印科ロード・オブ・コード。鍛冶王イストはここにいるぜ。」


 その名乗りと、椅子に立てかけてある巨大な金槌から、学園にいた時、アルドール先生から聞いたことを思い出す。

 当代最高の鍛冶師である鍛冶王が、刻印科の冠位を務めるのだという。刻印系の魔法を使うのが、鍛冶師ぐらいしかいないという理由らしいが。

 となればこの人は、製作技術に優れた種族、ドワーフである可能性が高い。


「魔導師ギルド、ギルドマスター兼冠位魔導戦闘科ロード・オブ・ウォー。賢神第四席ヴィリデニア・ガトーツィア。」


 続いてヴィリデニアさんは簡潔にそう述べる。

 ヴィリデニアさんもかなり個性的な人間に属するはずなのに、ここでは何故か違和感を感じられない。まあ見た目以外はいたってまともというのもあるのだろうが、他の人の個性が強過ぎる。


冠位魔導術式科ロード・オブ・スペル、第三席のハデス。」


 ローブに身を包むハデスさんは、どこか不機嫌そうに、しわがれた声でそう言った。それ以上は何も言わず、腕と足を組み、もたれかかっているだけだ。


「以上だね。なら賢神議会の発議者、つまり僕から、今回の議題の説明をしよう。」

「いやァ、それは俺達が説明するぜィ。ここまで大事にしたのは第一席だが、事の発端は俺達にある。」


 師匠が話そうとしたタイミングで、イストさんが割って入る。


「アルスッて言ッたよな? テメエ、ヘルメスッて奴を知ッてんだろ。」

「知っていますが……それが?」

「……随分と行儀がいいな。第一席、本当にお前の弟子か?」


 信じられないものを見るような目で俺と師匠が、イストさんに見られる。

 そんなに俺が敬語とか使っているのが意外なのか、それとも行儀が良い賢神が珍しいからか、師匠というヤバい奴の弟子だから。

 多分全部だろう。


「そんなに、敬語が珍しいのか?」

「ああン? いや、別にそこの第八席みてェなのもいるから、いねェわけじャねェけどよォ。ただ、魔法使いで敬語ッてのは、腹ん中が腐ッてる野郎が大半だぜ。」

「敬語使わねえ方が印象いいのかよ。」

「ッたりめえだろうがァ。礼儀なんざ学んでる暇がありャあ、魔法の勉強をする馬鹿どもの集まりだぜ、ここは。」


 道理では分かっていても、敬語を使う癖がどうしても抜けない。

 しかしそろそろ辞めなければとは思っていたころだ。賢神にもなれば国王とも作法を気にせず話ができる。敬語を使う必要もない。

 なら早めに矯正していった方が良いだろう。


「ァあ、いや、そんなことはどうでもいいんだよ。話がズレた。おい第三席、あとはテメエが説明しろ。俺じャあ無駄話が多くなッちまう。」


 頭を掻きむしりながら、イストはそう言った。

 第三席、ハデスはというとしょうがない、といった風にイストの話を引き継いで話し始めた。


「儂とイストは、クラン『オリュンポス』に所属している。ヘルメスとは同じクランだ。そのヘルメスがやけに、お前を入れろとうるさいのだ。」

「今のところ、入るつもりはありませんよ。」

「だろうな。しかしクランマスターはそれで、お前に興味を持ったようでな。折角賢者の塔に来ると聞いたから出向いたわけだ。」


 オリュンポスのクランマスター。この世界でも指折りの強者だったはずだ。

 それに冠位のうちの二人がオリュンポスの所属ってのが、意味がわからない。それのトップに立つ人間が、俺には想像つかない。


「要は儂らは、お前がどういう人間かを見に来ただけだ。」

「それに僕が乗じて、折角だから弟子を紹介しようとしただけだね。」

「……レイさん、アタシこう見えて忙しいのだけど。」

「知ってるけど?」

「ああ、ごめんなさい。アタシの考え方が悪かったみたいね。」


 ヴィリデニアはそう言って項垂れる。

 師匠は嘘はつかないし、冗談も言わない。ただ全てを理解した上で、それの何が悪いのか良いのかを認識できていないのだ。

 だからこそ身近な人間ほど心が折られる。


「そういえば、グラデリメロスが来るとは、僕は思っていなかったよ。」

「丁度、賢者の塔へ用がありましてね。断る理由もないでしょう?」

「確かにそうだけど、君、そもそも賢者の塔に来るのも数年ぶりじゃないか。」

「私は神の下僕なれば、神の望まぬところには行かぬだけのこと。私の行き先は、自分では決められませぬので。」


 そういえば、こんなガチガチの教会の人間は今日初めて見たかもしれない。

 俺は基本的には教会に近付くこともないし、興味もあまり湧かなかったからな。どこか奇異の視線を飛ばしてしまう。


「それじゃあ、出席確認も議題内容も確認した。賢神議会を始めようか。」

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