14.精霊王

 場所は闘技場に戻る。


 観客達は騒めき立っていた。

 魔導部門の決勝開始時刻から既に数十分経っている。だというのに、未だに試合は始まっていないのだ。

 それでも不戦勝にならないのは、魔導部門の決勝が一年を通してのビッグイベントであり、あまりにも無視できないほど大きなものであるからだ。何より観客が納得いかない。

 そんなわけで不満が飛び交いながらも、観客は待ち続けていた。


「学園長、失礼するぞ。」

「……わしはまだ入って良いとは言っておらんぞ。」


 学園長がいる特別な観客席に、フランが無遠慮に入り込む。

 学園長、オーディンは椅子にだらしくなくもたれかかり、試合会場をボーっと見ていた。

 しかしフランはそんな事など意に介さず、一方的に話しかける。


「アルスがどこにいるか知っているか?」

「アルドールに探させておる。後、十分以内に来なかったらエルディナの不戦勝じゃな。」

「それは困るぞ。」

「約束事を守れんアルスが悪い。ルールは厳格に守られるべき事じゃよ。」

「それでも、駄目だ。例え観客がいなくとも、ここで試合は絶対にする。優勝は、ハッキリと決めねばならない。」


 そこでやっと、オーディンは振り返り、フランの顔を見る。


「駄目じゃ。いくら武術部門を優勝したお前が言おうと、それはできん。」

「ならこちらも言おう。それは良くない。」

「何?」

「エルディナが、暴れる。」


 その言葉の意味を理解し、オーディンは深くため息をついた。

 まともに勝負したら自分が勝つだろうと、オーディンは知っている。ただエルディナが本気で暴れれば、恐らくはこの闘技場が潰れる。

 この闘技場は国営のものであり、いくら世界に名だたる魔法使いとはいえ、処罰は免れない。


「それに、俺も便乗するかもしれない。」

「……ああ! 何故お主らはここまでめんどくさいんじゃ! ここまでめんどくさいのはラウロの時以来じゃぞ!」

「すまん。」

「謝るならするな!」


 どこか疲れた様子で、グッタリと椅子にもたれかかる。


「……わしとて、曾孫の成長具合は確認しておきたいのじゃ。しかし立場というのもある。こういう前例を許すわけにはいかん。」

「そうか。」

「興味なさげじゃのう、お主。」


 フランはふと、突然後ろへ振り向き、部屋への扉を見た。

 するとその少し後に、足音が聞こえてくる。小刻みに響く事から、恐らくは走っているのだろう。

 次第にその足音は大きくなっていき、その扉を勢い良く開け放った。


「オーディン学園長!」

「お主もか、ティルーナ。許可を得てから入れと言っておろうに。」

「すみません! しかし、火急の用なのです!」


 ティルーナの様子は鬼気迫るものであり、オーディンは気怠げではあるものの、耳を傾ける。


「フィルラーナ様がどこにもいらっしゃらないのです!」

「リラーティナ嬢が……ふむ。どこかに行っているだけではないないんじゃな?」

「闘技場内は探しました。少し離れていたら、いつの間にかいなくなっていて……」

「あまり心配する必要はなさそうじゃが……確かに妙じゃな。何をするにも、誰にも伝えずに行くなどらしくない。」


 そう言ってオーディンは顎に手を当てる。

 この場の誰も、フィルラーナが名も無き組織の幹部と戦っているとは思っていない。いや、想像する事すら難しい。

 一番の実力者であるオーディン自身も、自分の結界を掻い潜り、潜入する存在がいるとは思いすらしていない。

 だが、一人だけ、その常識の埒外に生きる者がいた。


「学園長、不審人物は学園内に入っていないか?」

「この結界内で起こるありとあらゆる魔法、闘気の流れはわしの元へ伝えられる。有り得んな。」

「そうか。なら、危険な可能性は高そうだ。」


 フランは左手で強く鞘に収まった剣を握り、目を開く。

 それは本能に近かった。スラム街で生まれ育ち、地べたを這いずって生きてきたフランだからこその嗅覚だ。


「何か、地下に出てきたぞ。たった今。」


 フランが悪寒を感じるほどの強さを持つ何かが、そこにはいるのだ。






 地下の立ち入り禁止区画。そこにはオーディンさえも気付かないほど、完璧な隠蔽結界が構築されていた。

 だからこそフィルラーナと、幹部の一人であるトッゼが戦闘していても誰にも気付かれない。


 いや、気付かれないはずだった。


 トッゼの失敗は二つ。

 遮断結界ではなく隠蔽結界であるため、外部からの干渉が容易であるという事。

 もう一つは、逆転の切り札を、他ならぬフィルラーナ・フォン・リラーティナが所持しているという事。

 フィルラーナが時間を稼いでいる事にも気付かず、猶予を与えてしまった。


「何、何だよコレ!」


 床に、壁に、天井に、いくつもの魔法陣が展開されていく。十や二十ではない。百を優に超えるほどの魔法陣だ。

 しかも一つ一つの魔法陣に込められた魔力は、それだけで一つの街を消し飛ばせそうなほど。

 トッゼが分かりやすく動揺するのも、無理がない事であった。


「あら、私を逃していいのかしら。」

「うるさいぞ! 何をした、フィルラーナ・フォン・リラーティナ!」


 トッゼはフィルラーナを拘束していた黒い手を外した。フィルラーナの命など、どうでも良くなったのだ。

 それとは比べ物にならない程のものが、ここに来るからだ。


「この世界に存在する魔力そのものであり、魔法そのものとも呼ばれる精霊達。それは意思のない下級精霊、意思を持つ中級精霊、単体で力を持つ上級精霊に区分される。」


 精霊の在り方は少し普通とは異なる。精霊は基本的に精霊界という場所と、属性に適応したものがある場所にしかいられない。

 しかし、他の生物と契約をする事によって、精霊はそれ以外の場所にも行けるようになるのだ。


「精霊は契約を重んじ、ディナのような『賢将の青眼』という例外を除いて、契約をしなければ力を貸してくれない。」


 エルディナが持つ祝福眼は、精霊を呼び出せる空間を付近に作り出し、精霊と擬似契約を結ぶ事により、通常なら有り得ない出力を出すことができる。

 普通は正式に契約を結んでいない人間に精霊は力を貸さないし、それは大精霊も例外ではない。


「精霊の頂点である、精霊王を除いて。」


 しかしこれらのルールは、全てただの精霊である大精霊以下に成り立つルールだ。

 神と同格とも呼ばれるほどの力を持つ、精霊王だけは話が違う。

 精霊王は契約を結ぶ事を許されていない。そもそも世界のルールにより、精霊王は決められた一部の場所にしか行くことができない。

 しかし力を借りる方法は、確かに存在する。


「精霊王召喚の札。一度切りだけ、最強の精霊王を味方にできる札。四年前、この為にわざわざダンジョンから抜け出して手に入れた価値はあった。」


 フィルラーナは懐から一枚の札を取り出す。その札は光り輝きながら、粒子となって溶けていく。

 その光の粒子が、魔法陣を生み出し続けていた。


「チェックメイトよ、『怠惰欲』のトッゼ。ここで死んでおきなさい。」


 札は溶け切り、魔法陣を完成させる。

 ここまで来たら、もう止める事はできない。決してトッゼが弱いわけではない。ただ、相手が悪過ぎるのだ。


「『精霊王顕現』」


 世界最強の存在が、今ここに。

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