2.闘気

 三年、三年か。

 普通に考えて、いや普通に考えなくても長い期間だ。

 将来的には得なのかもしれないが、しかしそれでもためらってしまうような長い期間に違いない。


「闘気とは、生命力の発露。生命活動に使う分以上の余剰エネルギーを活用して、思考能力、五感、身体能力その他もろもろを強化してくれる力だ。」

「……そうか。ちなみに手っ取り早く習得する方法とかは?」

「うーん、まあなくはない。」


 お、一応裏技もあるのか。時間短縮できるのならそれに越したことはないし、裏技みたいな感じで終わらせたいんだが。


「さっきも言った通り、闘気とは生命エネルギー。つまり君が生命の危機を感じれば、もしかしたら一か月で習得できるかもしれない。」

「お、じゃあそれで――」

「だけど、三回に二回は僕でも殺しちゃうかも。」

「……やっぱりやめとく。」


 いくら強くなりたくても、命には代えられない。三回に二回は負けるってじゃんけんで負ける確率より高いだろ。


「……というか今思いついたんだけど、肉体がなきゃ闘気は生み出せねえんだよな?」

「そうだね。そもそも闘気とは体を動かすための力だから、肉体がないと手に入らない。」

「じゃあ悪魔とかって弱いの?」


 この理論で言うと魔力生命体は肉体を持たないから、身体能力で遥かに人類に劣るという事になる。

 しかし、色々な本を見ても悪魔、天使、精霊が弱い種族という感じは全くない。むしろ強力な種族として描写されている場合が殆どだ。


「そうだね……そもそもなんだけど、魔法使いの中では闘気を習得している奴もいるけど、そうじゃない奴もいる。いわゆる肉体改造をしてる魔法使いは、魔眼だとかを使って認識能力を高めている。」

「だけと、それも肉体があってこそできる事だろ?」

「ふむ、その通りだ。説明するのは難しいんだけど……この魔力生命体と呼ばれる三種族は体が魔力でできているから、認知能力は魂の強さに依存する。」


 魂の強さ。あまりピンとこない言葉だ。そもそも魂とかって強くなるものなのか?

 俺はてっきり生まれた瞬間から決まっているものなのだと思っていたが。


「細かい説明とか原理は省くのだけど、魔力生命体はそれぞれ固有の魂の強さをあげる方法がある。」

「人間には無理なのか?」

「アレは肉体がない生物だけができるものだ。人類がやればそのままお陀仏だね。」


 そうなのか。異世界だから様々な種族があるのは知っていたけど、その細かい所までは知らなかった。

 それぞれの種族に色々な特徴があって、魂も違うのか。


「悪魔は契約して、魂を集めて取り込む事によって魂を強化する。精霊は魔力の操作の修練をすれば知覚能力はあがるけど……身体能力は上がらないんだよね。」

「それじゃあ悪魔も俺と同じ魔法を使う事だってあり得るんじゃないか?」

「悪魔は最も力を発揮できる体の形が一つに定まっている。体を変形させる事はできても、最も力が出る形態は決まっているのさ。」


 へえ、じゃあやっぱり変身魔法は俺が一番使いこなせる魔法ってわけか。

 そう考えると特別感があってワクワクしてきた。


「さて、じゃあもう問答はこの辺でいいかい?」


 師匠は胸の前で手を叩き、そして虚空から杖を取り出す。


「外に出るよ、闘気の練習だ。先ずは闘気を知覚する事から始めよう。」

「よしきた! 一瞬で会得して度肝抜かせやるよ。」

「それなら僕も嬉しいけども、ね。」


 師匠は扉を開け小屋の外、平地の上を少し歩いて止まる。


「闘気とは即ち、生命エネルギー。それを知覚するには生命の流れを知り、感じ取り、そして親しまなくてはならない。」

「おう。で、何すればいいの?」

「瞑想だ。」

「……めい、そう?」


 地味、俺は反射的にそんな感想を抱く。

 え、ええ。こういうのってキッツイ派手な修行じゃないの?


「座禅を組むのでもいいし、寝っ転がってもいいし、何でもいいから集中できる体勢に入りな。心を無にして自然の生命エネルギーを感じ取り、そして自分の生命エネルギーを感じ取るんだ。」


 そう言われて俺は渋々と座禅を組む。

 こんなんで本当に闘気なんか身につくのか? 魔力とかはもっと分かりやすかったのに。


「ほら、無駄な事を考えない。次やったらこの杖でぶつからね。」

「……」


 そう言われて俺は心を研ぎ澄ます。

 自然のエネルギーを感じ取る。風の流れ、大地の冷たさ、木々の揺れる音、空気の渇き。その全てに感覚を走らせるような感覚で。


「いや、無理じゃない?」

「ふん!」


 一言そう言った瞬間に杖で頭をぶたれる。

 文句を言おうかと思ったが、しかし言ったら殴られるだろうから俺は大人しく押し黙った。


「このまま最低でも一時間は瞑想だよ、頑張ってね。集中力が乱れたらその杖、自動でぶつようになってるから。」

「え、いやちょっとどこにって、いったあ!」


 宙に浮く杖が鋭く俺の頭を叩いた。

 師匠はそんな俺を無視してそのまま家へ戻っていった。


「じゃ、頑張ってね~」


 終わったら殴ろう。俺はそう思った。






 休憩をはさみながら結局、日が沈むまで俺は瞑想をしていた。

 しかし全くというほど成果はなく、闘気は一切感じ取れなかった。というか実在を疑い始めていた。


「本当に、闘気って存在するのか?」

「やだなあ、闘気がないなら君は一日を無駄にしたことになるけど。」

「そう思ってたから聞いたんだよ……」


 マジで頭が痛い。

 何度もぶたれたから本当に頭が痛いし、二日酔いの気分だ。あまりにも前だから朧げな感覚だがな。


「僕はそんなつまらない嘘はつかないさ。つくなら裸で逆立ちすれば使えるようになるって言うね。主神である支配神に誓おう。」

「こんなつまらない事で支配神に誓うなよ。」


 俺と師匠は一緒に夕食を食べていた。

 どうやら師匠は定期的に街で食料を買い足して、それを保存しているらしく、結構普通の食事だ。


「それに、君のひいおばあちゃんの古くからの友達なんだ。僕はそんな不義理なことは決してしないさ。これは……僕の妻と親友に誓おう。」

「結婚してたのか?」

「今はいないんだけどね。」

「あ、ごめん……」

「いいよ、それも随分と昔の事さ。」


 昔を思い出すように師匠はボーっと天井を見た。

 破壊神との遥か昔の戦争、本当にその時代から生きているのなら、数百年は生きていることになる。

 その期間が楽しいものだけとは限らないし、こんな愉快な性格の人間にも悲しい記憶が数えきれないほどあったのだろう。


「さて、君への稽古量は基本的に僕の裁量で決まる。だから休みが欲しいなら事前に言ってくれよ。」

「うん、分かった。」


 稽古初日、頭が痛くなって終わった。

 ただ、俺はこの人から、魔法以外の何かも教わる事ができそうだ。

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