20.夏休みへ
夏休みに入り、フランは一度師の元へ戻っていた。
これまた山奥の、とある家屋。木製の道場のような場所。
全身を黒い服装で身に包み、顔には仮面をつけた男。ダストは正座してこちらを見るフランを、あぐらをかきながら見ていた。
「……収穫は、あったみたいだな。」
「試合は見たのか?」
「ああ、見たさ。曲がりにも師匠をやってんだ。」
フランは何も言わずにただ師の言葉を待つ。
ダストは少し前を想起するように、少しの間上を向いて、再びフランへと向き直る。
「お前はどう思った。」
「俺が、か?」
「そうだ。俺がどう思っただけを言っても、結局そりゃあ意味がないんだ。」
ダストの教育方針は一貫している。正解を決めないことだ。
間違いだけを言い、後はフランに考えさせる。
フランの剣への才能があるからこそ、この教え方でフランは大きく伸びた。
だからこそ、フランは師を尊敬し、信用する。そして全力でそれに応えるために決して良いとはいえない頭を回すのだ。
「……近付けた気がした。師匠の剣に。今までのは上手くなっただけだった。今回のは、近付けた。」
「そうだな。確かにそうだ。最後の二太刀は特に良かっただろうよ。だが、本題はそこじゃない。」
重要点はそこではない。
自分がどのような成果を残したかではなく、何故その成果を出せたか。それがこれから最も大切にすべきものなのだ。
「人のために、初めて剣を振った。」
そしてフランの出した答えがそれだった。
「自分のためじゃなく、友のためと思った時。いつもの何倍も力が出た。頭も回った。剣も鋭くなった。」
「よしフラン。よくその感覚を覚えておけ。自分のための努力と、他者のための努力。この二つの片方でも欠けた奴じゃあ、頂へは決して来れない。」
アルスとフランは対照的だった。
他者のための努力をした結果、自分のために努力ができなかったアルス。
自分のために努力をした結果、他者のための努力に価値を見出せなかったフラン。
どちらも必要だったのだ。
「自分のために努力できる奴は強い。だが、他者のために努力できる奴はいざって時に限界を超えた力を出せる。」
ダストは立ち上がり、何もない場所から木刀を抜く。
「……そして安心しろ。俺がその域に届いたのはもっと先だ。お前は俺より才能がある。」
「え?」
フランは大きく動揺する。
フランにとって師匠とは、決して越えられぬ憧れであったのだ。
例えどの点であっても、その師へと届く光明が見えれば。喜ばずにはいられなかった。
「師匠、俺は師匠を超えられるのか?」
「当たり前だろ。俺でも未だに剣の頂は遠い。もちろんお前なんぞに追い抜かされる気は毛頭ないが、お前が修練を重ねればいつか俺より強い剣士にもなりうる。」
フランの今までの道筋は我武者羅に生きただけのものだった。
ただ何も考えずに剣を振るい、全く捉えられぬ師の影を必死に追い続けてきただけ。
(ああ、無駄ではなかったのだな。)
これまでの努力に無駄はなく、そしてフランには高め合う友がいる。
そのシンプルで決定的な事実が、フランの背中を何よりも強く押してくれる。
「さて、フラン。久しぶりに稽古をつけてやる。剣をとれ。」
「はい……師匠。」
山奥にて、剣が打ち合う音が響く。
いつも通り、学園にフィルラーナとティルーナが一緒にいた。
しかし、その雰囲気はいつもより重い。
「ティルーナ、まだアルスとは馴染めないの?」
「……認められません。」
ティルーナとて貴族の子女の一人。嫌な人間とでも絡めるようにと教育はされている。
事実、ガレウやアースなどとは一定の関係を築いているし、エルディナとはよくフィルラーナを交えて集まるので仲が良い部類だ。
フランとは接点がないため交流がないが、険悪な仲になる事は決してないだろう
「確かに、アルスは優秀な魔法使いだと思います。座学は今は悪いですが、決して馬鹿なわけではありません。」
「なら、何が気に入らないの?」
「フィルラーナ様のために、その全てをかけられないからです。」
それはあまりにも無茶があるというものだろう。
いくら騎士であっても、主人のために自分の全てを捧げる者はそういない。
それは長年の信頼関係の上でやっと生まれる不思議な絆のようなものだ。
間違っても会って半年程度の関係で築けるものではない。
「だから、言ってるでしょ。私はアルスにそこまでは求めていないわ。」
「いえ、駄目です。駄目なのです。理由は言えません。ですが、きっとそれでは駄目なのです。」
それは喉の奥から這い出るような思いを乗せた、切実な声であった。
フィルラーナも流石にそれを無視はできず、黙ってティルーナの話を聞く。
「アルスには、覚悟が足りません。いつか、フィルラーナ様が困難に陥った時。無条件で信頼して支えてくれるような覚悟が、アルスにはないんです。」
「自分の問題なら自分で解決するわ。他人の力なんてなくても、私一人で。」
「違うんです、フィルラーナ様。それじゃいつか、絶対に……」
懇願に近い、絞り出すような声。
フィルラーナが大きくため息を吐いて、ティルーナを見る。
フィルラーナにとってもティルーナは大事な友人であった。何故か異常に崇拝されている事への疑問はあっても、ティルーナは彼女にとって大切な友人。
その考えや意見は無碍にできない。
「ちょっと、何か策を考えなくちゃね。」
ポツリとフィルラーナはそう呟いた。
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