5.勝利への思い

 男は去っていった。

 さっきの言葉が本当なら学園長、俺の曾祖母であるオーディン・ウァクラートの所へ行くのだろう。


「……本当にすまん。巻き込んでしまった。」

「いや、別にもう気にしてねえよ。そんなに心が狭い人間のつもりもねえし。」


 痛みは残るが部屋も戻ったし、というかそれよりも気になる事の方が多い。


「それより、あれがお前の剣の師匠なのか?」

「ああ、間違いない。」

「見た目はどう見ても魔法使いだし、剣すら持ってないぞ。」

「俺の師匠は『より強い剣士は魔法も使う』と言う人だからな。それに腕も確かだ。俺は今まで一度も勝ったことがない。」


 あのフランが、かよ。

 俺より強いあのフランが一度も勝ったことがないのか。というかだとしてもあの魔法は何だったんだよ。

 俺の知っている既存の魔法に一切当てはまらない魔法だった。


「師匠は間違いなく最強の剣士だ。あのゴーレムも師匠なら一刀両断しただろうし、王子を襲った男も勝負にすらならない。」

「ゴーレムなら兎も角、あの男もか?」


 ゴーレムは、言ってしまえば所詮はゴーレムである。

 しかし、アースを襲った男まで倒せると言われれば疑問を感じてしまう。


「ああ。アルス、お前も見れば分かる。ただ剣を振るうだけ。それだけで芸術の域に達する人間だ。」


 驚くと同時に納得した。フランは師の完璧なまでの剣技を追っているのだ。

 自分ではまだ届かない、遥かなる頂を追っているのだ。


「俺の目標そのものだ。あの剣を振るうことができる男になる。それが俺の、永遠の目標だ。」


 なるほど。ならば確かにここで立ち止まるわけにはいかないだろう。

 俺の夢とは違い、彼の夢は一番になることなのだから。


「そうかい。俺には分からない感覚だな。」

「……そうか?」

「そうだよ。俺はいつだってオンリーワンが好きで、ナンバーワンが好きなわけじゃないからな。自分らしさだけを追い求めてきて、俺は今ここにいるからな。」


 誰かに憧れたわけじゃない。強いていうなら俺は自分に憧れている。

 魔法を使える自分に憧れて、人を助けられる自分に憧れているのだ。

 一番なんて、怠惰な俺には似合いやしない。


「それでも、一番は嬉しいだろう?」

「いや、そりゃそうだがよ。」

「それだけで十分だろう。勝ったら嬉しいから頑張る。それだけで良くないか?」


 それもまた真理だ。

 勝ったら嬉しいから勝つ。負けたら悔しいから勝つ。勝負事は真に迫れば大体そんなもんだ。

 だけど、俺はそこまで勝っても嬉しくないし、負けても悔しくないんだよ。


「まさか、俺が本当に優勝なんかできると思ってるのか?」

「魔法には自信があるんだろう?」

「自信はある。だけどよくよく考えてみれば俺が一番になる必要も、目指す理由もないわけだ。」


 そもそも、俺なんかが一番になれるなんておこがましい考え方だった。

 調子に乗ってたんだ。人より魔法が使える程度で優れた人間になった気がしていて。

 前世で負け続けた俺が、よりによって一番だと? 笑わせる。


「いいか、よく聞けフラン。この際だから言っておくぞ。俺は別に人を幸せにできる魔法使いになれればそれでいいんだ。勝負事は二の次だ。」

「……そうか。」


 それを聞いて少し残念そうにフランは頷いた。


「というか、お前は勝てんのかよ。」

「当然。普通にやれば、勝てる。だが油断が敗北に繋がる。だから日々剣を振るっている。」


 努力ができる人間は羨ましいものだ。

 努力も才能の内とはよく言うこと。事実、努力できるかどうかはその人間の性格に依存する。

 性格をそう簡単に変えれるか、という話だ。十年以上続く癖が消えないように、性格も変わらない。

 つまりは努力ができるのも才能の内だし、それを凡人に押しつけるのは間違っている。


「流石だな。俺はお前が羨ましいよ。」

「俺もだ。」

「嫌味か?」

「そんなわけないだろう。」


 まあ本心から言ってんだろうけど。

 短い付き合いだが、フランが嘘をつけない性格なのはよく知っている。


「……アルス。」

「なんだよ。」

「いや、何でもない。部門は違うが、互いに頑張ろう。」

「俺はほどほどにやるよ。」


 フランは屋上から飛び降りてこの場を去っていった。あいつマジで人間やめてない?






 ダストは、それでは駄目とフランにに言った。

 フランは間違ったことは言わないと、自分の師匠を信じていた。

 ダストは何が良いかは言わない。フランの駄目な所だけを言ってくる。自分に正解を見つけさせようとするのだ。

 しかし今回は今までに増して分からない。

 このやり方が駄目と言った。いや、それは正確ではない。上手くいかないと言った。

 しかも断言口調ではなく、経験談と付け足して。


「俺は、何を間違えているのだ?」


 それはつまり、何かを間違えているという事なのだろう。

 こんなあやふやなヒントは、フランにとって初めてであった。


「……分からぬ。」


 フランは思考を断ち切る。元よりフランは自分の頭に自信はない。

 ならば考えても無駄だ。結局いつも通り剣を振るうことしかできない。


「始めるか。」


 頭に思い描くは師の一太刀。

 ただ真っ直ぐ、完璧な力加減で振り下ろしただけの一刀。シンプル故に、その再現は難しい。

 発想ではなく、技術が全てだからだ。

 フランは昔からずっと師を追い続けている。その足運びから剣の動かし方、戦い方まで完璧に師匠を真似て。

 昔はそれだけで楽しかった。それだけで上手くなれた。


 しかし、今は違う。幾度やっても師匠と自分の差が埋まった気がしない。

 フランは行き詰まっていた。

 強くなりたい。だけど全く追いつけない。追いつかない。もっと早く強くならねば。もっと理想を追い求めねば。


 例えそのために何を犠牲にしようとも。


 自分の体など究極の剣に至るためなら迷わず捧げよう。無駄を削ぎ落とし、全てを犠牲にして、究極の一を得るのだ。


「……」


 しかしそんなフランであっても、友は、犠牲にできない。

 究極の剣に友など必要ない。無駄な時間のはずだろうに、フランはアルスを捨て切る事ができないのだ。それは、間違いなのだろうか?

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