4.師匠
人という人物はそう簡単には変われない。
五十年、五十年だ。
俺は自分のできる生き方だけをしてきた。決して一番になる事もなくて、目指す事もなくて、なんとなく今楽しい事だけをやって、人より劣っているのを言い訳して。
色んな人ががそんな経験をした事があるはずだ。今まで勉強なんて一切してこなかった奴がいきなり毎日勉強するなんてできっこない。できたとしたらそいつは『特別』な奴だ。
普通の奴は、変われない。少なくとも俺は変われなかった。
俺は自分が嫌いだ。
母親が殺されて尚、人一倍頑張る事すらできやしない自分が嫌いだ。だけどそれは仕方のない事じゃないだろうか。ニートは親が死んだから働こう、となるか?
いや、なりはしない。なったとしても自分を改める奴なんて極小数のみだ。ハッキリ言おう、俺はクズだ。
何度も何度も失敗をして、色んな人を傷つけて、そして今ここに来ているのだ。
ボロが、出てきている。
母親が死んで悲劇の主人公にでもなったつもりか? 夢を見て、たまたま上手くいっただけで変わったつもりか?
お前自身は何もできちゃいないのに。過去の咎など消えはしないのに。俺の愚かさなど変わりはしないのに。
成長しなきゃいけないのだ。甘ったれるのはやめなくちゃいけない。フランみたいに日夜それしかしないってぐらい魔法の勉強をしろよ。いつか絶対後悔するのは分かってんだろうが。
だけど、俺の体は動かない。楽し過ぎるんだ。甘えてしまうんだ。
だってこんな友達は今までいなかったんだ。俺に期待してくれる友達も、俺を信じてくれる友達も、俺と一緒に騒いでくれる友達も。
一人も、いなかったんだ。
甘えさせてくれよ。ぼっちで陰キャで、友達の一人もいなかった俺なんだ。現実なんてもう見たくないんだ。
その結果が、母親の死だと、知っていても。
「現実って、クソだな。」
今日は休みの日だってのに、気分は最悪だ。
既にガレウはいない。相変わらず朝が早いし、どこに行ってるのだろう。
それ自体は考えても仕方のない事か。
「異世界転生なんだから、チートぐらいくれよ。本当に。」
人を幸せにしたい。その夢は本当だ。嘘偽りのない真実だ。
俺みたいな人間はもう二度と作らせてはいけない。
だけどそのための努力となると、急に足が遠のく。そして何とかしてくれるような超常的なナニカを求める。
「まあ、頑張るだけ頑張るけどよ。」
別に俺が優勝する必要はないのだ。
一番がなんだ。別に一番になれなくても人は救える。
俺は俺のペースで頑張ってそして人を助けられればそれでいいんだ。
だからそこそこでいい。それ以上は求めちゃいけない。いや、求めたくもない。
「適当に頑張って勝てたら御の字。負けたら、仕方ないって事で。」
大会なんかで勝っても別になんだという話だ。俺の夢には関係ない。
人をより救った奴が偉いわけでもない。
確かに実力は必要だけど、一番になる必要があるわけじゃないってもんだろ。
「……よし、窓でも開けるか。こんな辛気臭い事いつまでも考えてたらよくねえ。」
俺は気分を入れ替えるためにも窓の方へ向かい、窓を開ける。
風が流れ込んできて、空気が入れ替わっていく。
やはりだがこの世界の空気は美味い。異世界は地球に比べて不便な部分もあるが、地球では味わえない良さが間違いなくある。
例えば、あの綺麗な空だ。夜になれば満天の星空が見えるのだ。
ほら、今でも何か黒いものがこっちに……
「え、何あれ。」
黒い。
俺がそう思った瞬間、丁度開いている窓にその黒いものが飛んでくる。
魔法を使おうとするが間に合わず、俺はそのまま後ろに吹き飛んだ。
「いったあ!」
家具やら何やらが倒れたりする。
それに痛い。前世でトラックで轢かれたみたいな痛さだ。
変身魔法でダメージを軽減してなきゃ死んだぞ。
というか変身魔法は体を魔法には変えれるけど傷も残るし、クソほど痛いんだからな。
「……ミスったな。」
「ミスったなじゃねえよ!」
俺は思わず叫ぶ。
どう見てもその男は不審者だった。
黒いコートで体を包み、微かに見える肌の部分にも黒い服がある。靴も黒いし、手にも黒い手袋をつけて、フードを被っているから髪色すら分からない。
肝心な顔の部分にも仮面があり、全くといっていいほど肌を露出していない。
それだけでも異常だが、仮面がおかしい。黒と白の紋様のような仮面であり、穴が空いていない。
つまり前が見えない仮面なのだ。
「ああ、すまん。わざとじゃないんだ。いや、わざとなら俺はあの馬鹿弟子の所に突っ込むからな。」
「すまんで済んだら騎士は要らねえだろうが! その不審者丸出しの格好で言い逃れするのが難しいだろ!」
俺がそう言うと男は少し首を傾げ、そして何か閃いたように開いた左手を下に握った右手で叩く。
「個人情報を守るためだ。」
「過剰過ぎるわ! どうやって生きていくんだよ!」
俺は右手に魔力を集めていく。即座に魔法を発動できるようにするためだ。
危険人物の可能性は大いにある。
自分の身を守るために警戒は怠っちゃいけない。
「そう、物騒な感じにしないでくれ。俺は様子を見に来ただけなんだ。ほら、部屋も戻すから。」
「そういう話はしてねえよ!」
「ほら、戻したろ?」
景色が、切り替わる。
さっきまで荒れ果てていたこの部屋は、俺が朝起きた時と全く同じ光景に戻っていた。
今、こいつは何をした。
これ、魔法か。いや、兆候すら見えない魔法があるのか?
じゃあ一体これは何だ?
「……ああ、めんどくせえな。そうだ、フラン。フランって奴を知らねえか?」
「知ってたとして、どうすんだよ。」
「知ってそうだな。なら、話は早い。」
男は指を弾く。
その瞬間にまた光景は切り替わる。いきなり天井が空に変わり、足元が硬質な床に変わる。
ここは紛れもなく校舎の屋上であった。
「よし、これでいいな。」
そう言って怪しい男はあぐらをかいて座った。よくよく見てみると木刀を持つフランもここにいる。
転移魔法か?
いや、これも予兆がなさ過ぎる。しかもフランまで転移させるなんて魔法の域を超えている。奇跡の域だ。
「フラン、俺のことを説明しろ。話すのがめんどくせえ。」
「……師匠。いきなり何だ。」
「話は後だっての。そろそろ魔法が飛んでくるかもしんねえってビクビクしてんだよ。」
そう言って困ったように男は手を振る。
フランは俺の顔を見た後に、男の顔を見て大きくため息を吐いた。
「すまん、アルス。迷惑をかけた。」
「いや、いいけどよ。結局誰なんだよこいつ。」
「俺の師匠だ。」
師匠というと、恐らくは剣のか。とても剣士がするような服装に見えないのだが。
「見た目は怪しいが、間違いなく俺の師匠だ。いつもあんな服装で、俺も素顔を見た事はない。」
「四六時中あの服装なのかよ。頭おかしいだろ。」
「知っている。」
「オイ、聞こえてるぞお前ら。」
頭おかしいのは間違いないだろ。どう考えても普通の奴がする服装じゃない。
「名をダストと言う。」
フランがそう付け足した。
「もういいだろ?俺はお前の様子と、あと学園長に会いに来ただけだ。」
男、ダストは立ち上がる。
そしてフランの目の前まで進み、そしてその目を覗き込むように見る。仮面があるから見えないはずなんだけどね。
「ふーむ。なるほど、ね。」
そう言ってダストはそのまま屋上の出入り口の方へ進んでいき、その途中で止まって振り返る。
「フラン、そのままやるのはやめておけ。経験談だ。それは上手くいかない。」
「……ぬ?」
思いがけない一言だったのかフランは少し驚いたような仕草を見せ、一体どういう事なのかを聞くより早くこの場を去っていった。
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