1.かつての帝国

 魔導の授業も重要だが、勿論その他の授業も重要だ。

 特に歴史は知るべき事柄だ。その俺達が使っているものはどのような過程をもって生まれたのか、どういう風にして今の世ができたのか。

 それは歴史からではないと知れない。


「旧代にはかつてオルゼイ帝国という強大な国家が存在していた。」


 アルドール先生が今教えているのは昔にあった国家の話。その中でも特に有名だった国だ。


「オルゼイ帝国はかつてここ、グレぜリオン王国に並ぶとも言われた国だ。七つの騎士団を軍として保有し、軍事力に秀でた国でもある。」


 グレぜリオン王国は誰もが認める世界最大の国家である。

 王国に迫ることができた国は歴史上に一つだけ。それこそがオルゼイ帝国だったのだ。


「オルゼイ帝国といえば、一人有名な英雄がいるな。分かる人はいるか?」

「はい!」


 そう聞くと同時に一人の生徒が手を挙げる。アルドール先生は無言でその生徒を指す。


「シンヤ・カンザキです!」

「その通りだ。オルゼイ帝国の七つの騎士団の団長達、通称七大騎士セブンスナイツの筆頭騎士を務めた男。この後に行われた邪神戦争にてオルゼイ帝国は滅びることから、このシンヤ・カンザキが最後の筆頭騎士となる。」


 邪神戦争。確か平凡な英雄記に書いてあったな。

 旧代が終わり、今の現代へと進んだ切っ掛けとなった戦い。神と人との世界の存続をかけた戦争。

 俺たちが今生きてる時点で戦争の結果は目に見えているんだが。


「このシンヤ・カンザキは邪神を倒した七人の英雄、『七星』に数えられている。これが彼を有名な英雄にした理由だ。彼は祖国を失いながらも邪神討伐に大きく貢献した。しかし今回は名は出さないが、オルゼイ帝国にはそれ以外にも優れた人間が多数いる。興味がある人は調べるといい。」


 その言い切って、アルドール先生は時計を見て微かに頷く。


「それでは今日の授業はこれまでだ。各自復習を怠らないように。」


 そう言って先生が出ていくと同時に、生徒達も騒がしくなる。

 これぐらいの歳であれば、ていうかどの歳でも静かにするのは難しいというものだ。

 会社と違って休み時間は騒いでもいい、というのがそれに拍車をかけているような気もするが。


「どうしたの、アルス。早く寮に戻ろうよ。」

「ああ、ガレウ。いや、な。俺もそうしたいんだがよ。」


 俺は手元にあるノートを見る。

 そこにはミミズがはったような字があった。ぐちゃぐちゃで、自分の字とは思えないぐらいの。


「いや、なんか文字化けしたみたいでよ。心霊現象ってあるんだな。」

「……眠かったのかい?」

「まあ、そうとも言う。」


 ガレウはそれを見て大きく溜息を吐く。

 いや、本当に眠くなるんだよ。仕事とかだと寝たりしないんだが、やっぱり学校の授業って睡魔を襲う何かがある。


「おいおい何してんだ……うげ、何だこの字。お前これで読めんのかよ。」

「うるせえよ、お前日によっては授業中ずっと寝てるだろうが……!」


 ガレウの後ろからアースが顔を出す。ヤバい、何か集まってきた。この勢いだとそのままもう二人も来そう。


「俺様はもうこの程度の内容なら全て覚え終えている。必要ないだけだ。」

「それでも授業中に寝るのはダメに決まってるでしょ。」

「いったぁ!」


 お嬢様がアースの頭を引っ叩く。

 次期国王に容赦ねえな。その後ろにはしれっとティルーナ様もいらっしゃるし。


「ほら、僕のノート貸すから写したら? アルスの成績でノート取れてないのはキツイでしょ。」

「……恩に着るぜ、ガレウ。」


 俺はノートのページをめくり、ガレウのやつを見ながら書き直していく。

 現代ほどは技術は発展していないが、ペンぐらいならある。

 紙の大量生産には成功しているが、生憎とインクで書く時代だからな。

 間違えたら最後、やり直しなのだ。だから先生とかもノートは集めないし、メモ程度のものでしかない。

 気苦労はないが、めんどくさいのは確か。


「フィルラーナ様、こいつなど捨て置いて先に寮へ帰りましょう。時間の無駄です。」

「うん……それもそうね。何人もで囲っても仕方ないし、殿下がついているなら大丈夫でしょう。」


 お嬢様はそう言って教室の扉の方へ歩いて行き、ティルーナ様もそれについていく。


「それじゃあアルス、頑張りなさいよ。」

「そのまま退学になってしまえばいいのに。」


 お嬢様は激励の言葉をかけ、ティルーナ様はポツリと陰口を言って去っていった。

 相変わらずだな、ほんと。


「本当に嫌われてるね、アルス。」

「お嬢様を取られたって気分なんだろうよ。子供にありがちな事だ。」

「君も同い年だろうに……」


 ガレウはそう言うが、俺とティルーナは実際かなり違う。

 精神年齢およそ五十数歳、後十年足らずで六十。そこまでいくともうお爺ちゃんと言われる域だ。

 正直に言ってちょっと俺の方が目線が高くなってしまうのはしょうがない事だろう。


「孫を見てる気分だ。俺より強いけど。」

「ティルーナは魔法戦闘は不得手だけど、格闘技術は飛び抜けた才能がある。本来なら武術部門にいるべきなんだよ。」


 アースがそう補足する。

 武術の方が得意なのにこっちに来て、わざわざ取得の難しい回復魔法を練習している。

 何が目的か、なんて知れてはいるけどね。


「そーいや、話は変わるが平凡な英雄記は読み終えたか?」

「ん、ああ。読むのに一週間もかかるとは思わなかったけど、なんとか読み終えたよ。」


 あの本は分厚い。面白い内容ではあるのだが、面白いのとずっと夢中で見れるのかはまた別なワケで。

 この世に存在せし十人の大英雄。

 十大英雄の一人であり、最後の勇者。『英雄王』ジン・アルカッセルの話。

 神を殺した唯一無二の英雄であり、勿論だがシンヤ・カンザキと同じく七星の一人に数えられている。


「だけど、こんなの本当にいたのか? とても一人が残した功績には見えないけどな。」

「まあ確かに嘘くせー気もするが、一部の脚色はあったとしても概ね真実だと思うぜ。なにせかなり最近の英雄だ。うちの学園長、オーディン・ウァクラートは実際に会った事もあるからな。」

「マジか……神を斬るなんざ想像つかねえよ。」


 そう言っているうちにノートは写し終える。

 水属性魔法でインクを染み込ませて乾かせ、そしてノートを閉じる。


「よし、終わりだ。ガレウ、ありがとな。」

「どういたしまして。これを機にちゃんと寝なよ。」


 ガレウに忠告をされるが、こればかりは仕方ない。

 俺の魔法のレベルは未だ低い。もっと高い魔法の腕が必要で、そうなれば当然、魔法の練習をよりしなくてはならない。


「無理な話だぜ、ガレウ。そいつは魔法が大好きだからな。眠くなるまで魔法の練習をしなきゃ発狂して踊り狂いながら死ぬ。」

「馬鹿にしてんのか?」

「言わなきゃ分かんねえのか?」


 アースとの一瞬の視線の交差。しかし、これが冗談だと互いに分かっているから特に気にせず立ち上がって教室を出ていく。


「今日も図書館に行くの?」

「知識は俺様の生命線だからな。何より勉強においても、暇潰しにおいても、図書館の右に出るところはそうそうない。だろ、アルス?」


 俺はアースの言葉に頷く。


「暇潰しなら遊べばいいでしょ。校庭で魔法を使ってみんな遊んでるよ?」


 まあ、確かにそうだ。

 貴族であろうと未だに十歳ほど。まだ校庭で走り回るぐらいの歳。みんな走りながら魔法を使った遊びを開拓し、練習と遊びを混ぜ込んでいる。


「王子が余人と絡むなどありえん。届かないからこそ、高貴なのだ。」

「魔法使いに肉体を動かすような行動が必要か? 必要なはずがない。俺たちは果てなき研究者なんだから。」

「それっぽい事言って誤魔化すなよ! 要は運動したくないからでしょ!」


 俺とアースは目を合わせる。

 うん、まあ、ぶっちゃけそう。俺ら体力皆無だし。

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