20.閉廷

 裁判でアースの無罪を勝ち取るには証拠が必要だった。それこそ、誰がどう見ても覆しようのない証拠だ。

 アースがやっていないという証拠を用意するのは難しい。

 だからこそ、狙い目はリードル侯爵。アースが無罪である以上、アースの元へと送られた刺客とその弟へ送られた刺客もリードル侯爵が送ったはずだ。

 その証拠、つまりは契約書のようなものが見つかれば俺達の勝ちだったわけだ。


 何の契約もせずに裏社会の人間が力を貸すはずがない。

 非合法だからこそ、依頼人もいざという時は道連れにできるように脅しをつけておかねばならない。

 だが、書類で証拠を残す事をするかどうかが大きな疑問点であった。

 契約書はリードル侯爵にとっても重要だ。裏社会であっても、いや裏社会だからこそ評判は大切。契約が履行されなかったとすれば、それを訴える契約書は重要だろう。

 しかしこれには一つ欠点がある。公爵家が調べればその証拠はいとも簡単に露呈するという事だ。

 事実、本当に書類に残しているのならお嬢様が屋敷の制圧時に発見できただろう。ここまで大きな策だ。対策は完全であろう。


 万全を期すはずだろうという、いわば相手の頭が良い事を前提とした考え。契約関係のものを常に持っているという可能性である。

 そして行きあたったのが、契約魔法だ。


 体のどこでもいい。魔法陣を人の体に刻み、詳細な条件を厳密に決めることによって契約を遵守させる魔法。

 もしも契約を破れば魔法陣の設置したところから爆発させたり、電気を発生させたりするという罰によって確実に相手を縛る。

 これ以上の信頼できる要素があるだろうか。

 契約魔法の可能性はかなり高い。しかし、契約魔法は本当に重要な契約の時しか行わないもの。王家へ契約内容も含め全て報告しなければならない決まりがある。

 それに契約魔法は魔法陣から魔力を発して、魔法使いであれば一目で分かるのだ。


「簡単な事ですよ、リードル侯爵。」


 そこまで行きつけばもう簡単だ。


「貴方は人前に出るときに必ず装飾品を身につけていた。特に最近となれば装飾品の数も増え、付けていない所などないそうで。」

「ッ!」

「ならば怪しいと思うはずです。そう例えば、契約魔法が発する魔力を抑える魔道具なのではないかと、ね?」


 リードル侯爵は見るからに青ざめ、しかしそれでも目から闘志は消えていない。必死に打開するための言葉を探しているのだろう。

 だが、もう既にこちらのペースだ。主導権はもうこっちが握っている。


「事実、その首筋にはさっきまでなかった契約魔法の魔法陣がある。」

「難癖をつけるなッ! これはそんな契約のものではないッ!」


 そんなに焦っていれば分かりやすい。裁判中であれば大丈夫だと考えていたのが唯一の油断だったな。

 既にここにいる貴族や平民の一部はリードル侯爵に疑惑の目を向けている。

 その目線に気付いたのか、ハッとした表情で周りを見る。


「貴様らぁ! こんな平民、しかも子供の言うことを信じるというのか!」


 もはやそれはただの言い訳にしか聞こえはしない。


「つまみ出せ! そこの平民を! 所詮子供の戯言に過ぎない!」

「否! あなたは言ったはずです! 正当性が大切なのだと、年齢など関係ないと!」

「揚げ足をとるなこのガキがッ! 調子にのるんじゃないこの平民風情がッ!」


 目に見えてキレている。

 これでいい。俺は交渉をしに来たのではない。友を救うために、こいつを陥れに来たのだ。怒れば怒るほど冷静さを人は失う。


「結局はそれが何なのかを調べればハッキリする話です。そうしたらスカイ殿下を襲ったのが、リードル侯爵だというのが分かるでしょう。」

「で、出鱈目だ! そいつは――」

「見苦しいぞ!」


 そこでリラーティナ公爵が初めて自分からしゃべった。立ち上がり、その視線が全て公爵の元へ集まる。


「子供を相手して見苦しい言い訳をするな、貴族の面汚しだ。平民を相手に権力を振りかざすな、貴族の膿そのものだ。」


 その公平公正にして、国民のために立つその姿はまさに貴族であった。

 貴き血が流れているのだと、認めそうになるほどの威厳がある。


「我々の頭は、口は、民を豊かにして導くためにある。我々の権力は、民から外敵を守るためにある。断じて自分のために使っていい、軽々しいものではない!」


 リードル侯爵は押し黙る。

 誰も話さない。たったこれだけの言葉で、他の人の動きを止めるほどの威圧を放ったのだ。

 これがお嬢様が憧れた貴族そのものなのだろうとも、俺はそう思った。


「裁判長、裁判はその男の検査を厳密に行った後に再び行う事とする。リードル侯爵は拘束をしろ。必ず王国騎士が複数人で見張りに入れ。そして次の裁判で真実を追求しよう。」


 その言葉に逆らう奴などおろうはずもなかった。公爵家という肩書はもちろん、そのまとう雰囲気が逆らう気力すら奪う。

 言い終えてリラーティナ公爵が座る。それに合わせて思い出したように裁判長は動き始める。


「こ、これにて一時裁判を中止とする!」


 裁判は、終わりを迎えた。

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