19.証拠
俺の方を何百人もの人が見ている。その中には貴族もたくさんいる。
下手なことを言えば、お嬢様の騎士であっても殺されるだろう。
緊張で足が少し震えるが、それでも俺は言葉を紡ぎ続ける。自分を自信付けるように、他の人に口出しされないように。
「まず一つ聞きましょう、リードル侯爵。そもそも疑問に思いませんでしたか。なぜ殿下が反論しないのか、更に言うならばなぜ全てを包み隠さず話してくれるか。」
「そんなもの、もう逃げようがないと殿下自身が分かっているからであろう。」
「いいえ、それこそおかしな話だ。貴方たちは何をそこまで十歳の子供を恐れているのでしょうか?」
リードル侯爵は青筋を立てるが、怒ることなく冷静に返す。
「現国王であられる陛下は、十の頃には既に公務をこなせるほど才覚に溢れていた。その子である殿下が同じようでないとどうして言える。」
「ほう。今まで才能がないと散々罵ってきたくせして、才能溢れる陛下とお比べになさるのか。」
「……なんのことやら。そもそも必要なのは可能かどうかだ。子供であっても容赦などしない。」
「ならば、年齢など関係ないと。実力や能力、正当性が重要だと言うのですね。」
「ああ、もちろん。」
俺がこうやって少し遠回りしたのは時間を稼ぐためだ。
この裁判の時までに全力で準備したが、ギリギリだった。だからこそ俺は遅れたし、まだこの状態で討論を続けなければならない。
「ならば次の質問を――」
「待て。なぜ私にそこまで質問をする。お前がそこに立てているのは公爵の恩情であることを忘れたか。早く本題に入れ。」
釘を、刺された。なるほど、道理でこんなバカみたいな事件が成立するわけだ。
こいつ、相当頭が回る。俺が時間稼ぎをしようとしていたのがバレたのだろう。
恐らくその理由までは分かってはいないだろうが、俺の嫌な事を的確に突いてくる。
「……ならば率直に言いましょうリードル侯爵。私はあなたが犯人ではないかと疑っています。」
辺りにいる人がざわめく。
当たり前だ。たかが平民があろうことか貴族、それも侯爵を敵に回したのだ。
俺だって頭がおかしいと思うね。だけどこの話なら、侯爵は応じざるをえない。
「ほう、してその証拠は?」
切り返しが早い。
俺がちょっと悩んだことで時間を稼ごうとしているのだと確信したのだろう。
本当に厄介だ。平々凡々な一生を地球で終えた俺に、舌戦ができるはずもない。
「勿論、あります。」
「なら見せてみよ。」
嘘だ。証拠など、今はまだ用意できていない。
ヤバい、早く言葉を返さねば怪しまれる。
「……もういいか? リラーティナ公爵、やはり子供の戯言だったようです。もう終わりにして問題ありますまい。ついでに言うならこの副騎士も失礼が過ぎる。」
ヤバい。だけど、もう手札が――
「……もう終わったか。その平民も即刻追い出すといい。裁判にかける価値すらない。さっさと俺を裁け。」
その時、沈黙を保っていたアースがそういった。恐らく、裁かれるかもしれない俺をかばおうとしたのだろう。
やっぱり、お前は優しい。
「……その必要は、ありません。」
だが、もういい。俺は全部成功して生きるか、失敗して死ぬか。そのどちらかのために来ているのだ。
それにもう、準備は整った。
足音が響く。かなり早いテンポで響き、走っているのが分かる。そして俺はその足音の主が何のためにここにきているのか、知っている。
「リードル侯爵閣下! 伝令です!」
裁判所の扉が開くと同時にそんな声が響く。それに平民、貴族を含めて驚く。
だが直ぐにリードル侯爵は言葉を返した。
「裁判中だぞ! 後にしろ!」
「ひぇ! す、すいません! ですが、このまま報告する愚行をお許しください! 緊急なのです!」
その騎士は焦りながらもしっかりと声を出し、全体に聞こえるように言った。
「閣下の屋敷が、リラーティナ公爵家の騎士により制圧されています!」
「なんだとッ!?」
まるで問い詰めるかのように公爵の方をリードル侯爵が見る。
しかしリラーティナ公爵それを見てやれやれといった風に首を振った。
「だから言っただろう、リードル侯爵。全て娘がやったことだ。私は関係ない。」
「教育がなっていないのでは。子供が貴族の屋敷を制圧するなど、いくら公爵家だからといって許されませんぞ!」
俺は、しっかりと見た。
伝令など、はなから見ていなかった。ずっとリードル侯爵の顔だけを見ていた。だからこそ気付いた。屋敷が制圧されたというのに、一瞬その顔がにやけたのを見た。
「決まりだ。」
この裁判所内は魔法を封じる結界がある。正確にいうなら、大気中の魔力を外に追い出す結界。
魔法は体内と体外、二つの魔力を合わせてやっとまともに使えるものだから、大気に魔力がなければ使用はほぼ不可能。
「今度は何だ!」
音が響く。裁判所をぶち壊して、人が中に入ってくるような、そんな音。それに反応してリードル侯爵が落ち着かないように叫んだ。
ああ、本当に頼もしい。
「我が名はフラン・アルクス。最強の剣士を目指す者。」
漆黒の髪は、英雄の髪だ。この世界では珍しいその髪の色であるのにも関わらず、その髪色の者は何人も英雄と名を残している。
フランほど黒い髪となれば猶更、それは人の目を引く。
「人を一人、斬りに来た。」
「騎士ども、私を守れ!」
フランは自然な動作で腰の剣を引き抜いた。
この話の流れだと、誰もが思うだろう。リードル侯爵を殺しに来たのだと。
それはある意味正しく、十歳という幼い年でありながらそれはここにいる人間全員の視線を引いていた。
――俺への視線を、断ち切って。
俺の魔力量は何故か異常に多い。それは体外魔力がゼロの地球でも簡単な魔法が使えるぐらいには。
そして俺の魔力量は今、あの時よりも遥かに増えている。
「傷を、つけるだけでいい。」
フランが暴れ、場は乱れている。だけどそんな状況でも、決して外さない。
そのために、俺はこれまで魔法を練習してきたからだ。
「『
いくつもの小さな魔力の塊が形成される。
狙いはリードル侯爵が身に着ける装飾品。ほんの少しの傷だけで、目的は達成される。
「穿て」
魔力の弾丸は十発。指輪、ネックレス、ブレスレットなど、体につけている装飾品全てを俺の魔法が射抜いた。
「は?」
リードル侯爵は気付いたようだ。
まあ、それもそうだ。自分の身に着けている装飾品が全部、それも一気に壊れれば気付くってもんだろ。
だがもう遅い。
「フラン!」
「……ああ。」
フランは俺の声を聞き、適当なところで打ち合いをやめて引く。そして俺のそばに立った。
「やったか?」
「当然。」
フランの言葉に俺は確かな感覚を持ってそう言った。フランが俺の隣に立ったことから、再び俺の方へ注目が向く。
今でも一部の人は混乱しているが、そんなことは気にせずに俺は大声で叫ぶようにして言う。
「全て余興です! お静まりください!」
俺の大声に全員が動きを止める。
残った魔力で音を拡散させただけあって、全員が聞こえたようだ。
「失礼、リードル侯爵。全て必要なことでした。これで、貴方が犯人だという証拠ができた。」
「ッ! 中止だ、私は帰るぞ! 屋敷が襲われているのならば私が――」
「逃げないで頂きたい! あなたは今、神聖なる裁判所に立っているのですよ!」
俺の目は確かにリードル侯爵を捉えていた。
もう、この馬鹿げた裁判も終わりだ。
「さっきの余興はリードル侯爵の隙を作るためです。見てください! あの壊れた装飾品の数々を! 恐らくはその中のどれかが魔力を隠す魔道具!」
リードル侯爵の首の部分にさっきまでなかった魔力が見えた。
「あれこそが契約の刻印! スカイ殿下とアース殿下へと刺客を放った確たる証拠! この裁判が茶番であるという動かぬ証拠です!」
さあ、答え合わせといこうか。
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