6.王子

 俺は魔法による雪が降りやんだ頃、やっと他のところに意識が回る。

 たかが絵に感動するわけないだろうと芸術家を馬鹿にしてたが、今ならその気持ちが分かる。ありとあらゆる所に技術と積み重ねられた理論を感じるのだ。

 一緒とは言えないだろうが、それに近しいところは必ずあるだろう。


「終わったかしら。私はもう待ちわびたのだけど。」

「いや、僕も気持ちは分かるけどね。アルスほどにずっと見てたりはしないんだけど。」


 俺が窓から振り返ると、もうそこには二人しかいなかった。ガレウとお嬢様だけだ。


「お待たせしてすいません、お嬢様。それとガレウもすまんな。」

「いやいや大丈夫だよ。僕がしたくて待っていただけだから。」

「ならさっさと行くわよ、アルス。用がある男がいるの。」


 そう言ってお嬢様は教室を出る。

 俺はよくわからなかったが取り敢えず教室を出て、ガレウも続く形で教室を出た。


「明日、グループを組んで授業をすると言っていたでしょう。加えたいメンバーがいるの。」

「まあ三人じゃあグループというには少ないですからね。」

「……分かってたけど僕はもうそのグループに入ってるんだね。」


 ガレウのぼやきは無視する。

 お嬢様は悩むことなく廊下を歩いていき、そして一つの部屋の前で止まる。

 一階の端の方にある部屋、図書館だ。

 お嬢様は迷うことなくその扉を開けた。

 その先には無数の本棚とそれにいっぱいに詰まった本があった。入り口の近くには地下へと続く階段があり、この部屋では足らないほどの蔵書量があることが分かる。


「国立図書館行った時も思ったけど、この国は本当に蔵書量多いな。」

「グレゼリオン王国も歴史がある国だし、長らく戦争も起きていないからね。」


 俺の言葉にガレウはそう返した。

 しかしその会話を気に留めることさえせずに、お嬢様はそのまま真っ直ぐ歩く。

 その先には一人の少年がいた。本を片手に椅子ではなく机に座って、山積みの本の横で黙々と本を読み続けていた。

 お嬢様に気付くこともなく、一心不乱に本を読んでいる。


「お久しぶりですね、殿下。」

「……」


 そのお嬢様の言葉に構うことなく、少年は本を読み続ける。

 そして少し経った後に本を閉じ、本を置いた。黄金色の髪が揺れ、その黄金の目がお嬢様を貫く。


「貴様か、フィルラーナ。」

「お元気そうで何よりです。」

「やめろ気色が悪い。俺の前で敬語を使うな。貴様の性格のどす黒さを知っていれば違和感しかない。」


 あまりにも公爵令嬢を前に偉そうで、殿下と呼ばれた。それだけでおおよそ彼の身分を予想できるというものだ。


「何の用だ。」

「第一王子様は友達がいないかと思ったの。」

「はっ、抜かせ。いないに決まっている。」


 グレゼリオン王国第一王子。それが目の前の少年であった。

 第一王子であるというのに護衛の一人も連れず、一人で図書館で本を読んでいるというのは異常に見える。


「初見の奴がいるな。あいつらはお前の連れか。」

「ええ、白髪の方が私の騎士で、灰色の髪の方が学友よ。」


 白髪とは俺の事だ。灰色の髪がガレウだろう。

 そう言えば学園長も髪が白かったし、そこら辺は遺伝をしているのだろうか。


「まさかとは思うが、この俺を授業のグループの一員としたいと?」

「そうよ。どうせ貴方、組む人いないでしょう。ここにいる三人と私の友人一人を加えて、貴方で五人目よ。」

「はっ、折角の学園という交流の場で見知った同士で組む必要などなかろう。取り巻きを集めて自分を守ってもらいたいのか。」

「いえ、どうせ貴方は余るわ。第一王子な上にそういう性格じゃ人は懐かない。なら先に回収して王族への評価を下げないように立ち回ろうとしただけよ。」


 そう言われて大きくため息を吐いて、少年は座る机から降りる。

 そして俺、ガレウ、お嬢様の順に顔をゆっくりと見て再びため息を吐く。


「まあ、良い。断る理由は元よりない。単純に貴様のことが気に入らなかっただけよ。」

「あら、奇遇ね。私も今の貴方とは気が合わなそうだわ。」

「当然だろう。貴族思想の塊と王族の肥溜だからな。」


 そう言って俺とガレウの方へ歩いてきて、俺達の前で止まる。


「初めましてだな。俺の、俺様の名はアース・フォン・グレゼリオン。グレゼリオン王国の第一王子であり、最も次の王に近く、最も王から遠い男だ。」

「……私の名前はアルス。アルス・ウァクラートです。僭越ながらフィルラーナ様の騎士を務めさせて頂いております。」

「気をつかわなくていい。王族の名だけが取り柄の男だ。俺様自身に大した価値などない。」


 偉そうな態度とは裏腹にあまりにも自己評価が低い。というか自己嫌悪をしているようにも感じる。

 第一王子のくせしてひねくれた性格をしているものだ。


「ガレウ・クローバー、です。」

「お前もそうだ。敬語などいらん。俺様はここに友人を作りにきたのだ。」


 その異様な卑屈さは謙虚であるからか、それとも本当に心の底から自分をそう評価しているか。

 未だ会って間もない俺にはよくわからない。

 だが、俺には何故かこいつと仲良くなれるという確信があった。いや、違う。仲良くならなくてはならない気がした。


「友人として、仲良くしてくれ。俺様のことは……なんだ。平民だとでも思ってくれればいい。」

「いや、流石にそれは無理があるでしょ。」

「それじゃ、よろしくアース。」

「なんで君はそんなに馴染むのが早いのかなあ!?」


 ガレウの言葉は変わらず響かない。

 俺とアースは手を出し、固く握手をした。


「中々骨がありそうな奴ではないか。」

「ああ、俺もお前とは長い付き合いになりそうだからな。敬語なんて使うなんて馬鹿らしい。」

「ふ、フハハ。フィルラーナめ、中々面白い騎士がいるではないか。」


 アースは首だけを回してお嬢様にそう言う。その様子を見てお嬢様は憂鬱そうに手を顔にあてる。


「……アルスに会わせたのは失敗だったかも。」

「よし、アルス来い。面白い本があるぞ。魔法使いを志すならば見て損はあるまい。」

「よしきた。見せてくれ。」


 俺とアースは一緒に机の上に積まれた本をあさり始める。

 ガレウはぽかーんとしたようにそれを見ていて、お嬢様は諦めたように図書館の出口へと進んでいった。


「行くわよ、ガレウ。さっきも言った私の友人と顔合わせしておきたいから。」

「え、でもアルスが。」

「アレは放っておきなさい。魔法の腕は確かだけど頭に致命的な欠陥があるわ。」

「ええ……」


 その日、俺とアースはひたすら本を読み漁った。

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