序章~魔法使いになるために~

1.転生

 水にしては硬く、固体にしては柔らか過ぎる。そんな流動形の何かを流れるような感覚の中、俺は自分の人生を思い起こしていた。


 俺は捨て子だった。

 どうやら山に捨てられていたらしい。らしいというのも、もちろんの事だが幼い頃は記憶がなかった為だ。

 結局、俺は実の親に出会う事なく死んだ。

 今更出てきても遅過ぎるって話だがな。だからこそ、俺を拾った義理の父が俺の唯一の家族だった。


 そして俺は何故か魔力が見えた。

 しかし幼い頃はそれが普通だと思っていたから、他の子供達とは大きくすれ違った。前にも言ったがそのせいで友人は一生で片手で数えられる程度しかできなかった。

 そんな俺は普通に大学を出て、普通に仕事について、普通にそこそこ昇進して、そして劇的に死んだわけだ。

 どうせこれから先、何の目標もなく惰性で死にゆくだけだったはずだ。そういう意味ではまだ目標がある若き命を救えたというのなら、俺は満足できる死に方をしたのかもしれない。


 一応魔力が見えるという特性上、魔法使いになるなんていうのを目指さないわけではなかった。自分には特別な力をがあると思い込んで、ちょっと恥ずかしい時期もあった。

 だけどどれだけ扱おうと思っても、見える程度で終わり。俺の持つ全魔力を注ぎ込んで、物体を数メートル吹き飛ばすのが限界。

 それでも立派な魔法ではあるが、どう考えてもそれで食っていけるような力ではなかった。


 というかそもそも現代社会において、魔法が使えるというのが何の役に立つというのだ。役に立つわけがない。もしも神がいるのなら、もっと別の才能を俺にくれても良かっただろうに。


 まあそんな事を考えても、仕方のない話か。


(う、ん?)


 しかしそんな中で違和感を覚える。

 さっきまで真っ暗だった世界に、急に光が差し込んだ。眩しくて思わず目を閉じる。

 それだけじゃない。そして何故か体が泣き始めた。意識したものではない。まるで体が勝手に動いているようだった。


「――――」


 体と俺の考えが別にあるような奇妙な感覚。

 何か声が聞こえるが、その言語は俺の知らないもの。日本語ではないし、英語でもない。恐らく俺が聞いたことのない言語だった。

 目が見えないからこそ、何が起きているのかは分からない。しかし俺はそんなことよりも驚く事があった。


(魔力が、こんなに……)


 俺には周りから溢れんばかりの魔力を感じていた。

 例えるなら海。地球では大気に魔力なんて一切なかったというのに、ここにはとっても永遠になくならないと感じるほどの魔力が存在したのだ。


 その中でも魔力がより濃い場所が分かる。

 生物に宿る魔力の密度はその生命の強さに比例して上がる。恐らく体内で管理する為には密度を濃くしなければいけないのだろう。

 それはどうやらこの世界でも変わらなさそうだ。

 大気の魔力はまるで無限かのように流れてはいるが、密度は大して高くはない。だからこそ密度が高い場所が分かる。

 そしてそれはどことなく人の形をしている事も分かった。しかも、どの魔力密度も地球で見た中でトップクラスに高かった。


「―――――!」


 なんか、もう色々起きすぎて分からない。

 魔力の動きやら形を見た感じ、俺はたった今産まれたのだろう。多分、そうだ。一回死んで、再び生まれる。つまりは転生か? しかし判断がつかない。

 この世に生きる人間は全て死んだ後、記憶を保持したまま転生するのか。それとも俺だけが特別なのか。一定数が存在するのか。


 ……分からない。そもそも俺は転生したのか? 今まで見てきたのは生まれる前に見た壮大な夢だったんじゃないだろうか。

 仮説はあげればキリがない。そもそも今起きていることが非現実的なのだ。予測はほぼ不可能とみていいだろうか。


 取り敢えず確実に言えることとしては一つ。俺は赤子からやり直さなければいけない、らしい。






 あれから何十日か過ぎた。

 何十日か、だ。正確な日数は分からない。こちとら赤ちゃんだから日数を調べる方法がない。だからといって一々夜が来る回数を数えるのはかったるい。一応最初の方は数えてたけどどうせ知っても意味ないなって思ってやめた。

 取り敢えず結構な期間がたった。


 そしてなんとなく、現状が掴めてきた。

 最初の方は視力がしっかりしていないのか、あまり周りを見ることはできなかったが、最近になって外がしっかりと見れるようになったのだ。

 といってもまだかなりぼやけている。最初は視覚障害かと思ったが、日を増すごとに見えるようになったことから、そういうものなんだろうと受け入れた。


 体の状態としては、首が座ったのがかなり前。最近ではなんとか立って動けるようになった。

 動く練習をちゃんとしてたのと、元々体を動かす感覚を俺が知っていたから多分平均より早く立てているのだと思う。

 だから……多分、一歳より前ぐらいなのだろう。そこら辺を掴んで立つのが限界だし。


「―――」


 そしてたった今、ご飯を作っているのが俺の母親だと思う。

 父親はいない。理由は分からない。離婚か、死別か、別居か。まだこの段階じゃ分からない。

 ついでに言うなら言葉もまだよく分からない。固有名詞はなんとなく覚えてきたが、文法のルールがよく分からない。

 一応学生時代の恩恵で、英語の文法も多少は分かるが多分文法のルールが根底から違うのだと思う。だから別に人より言葉の覚えが早いわけではない。まあ比較対象がないから、知らんのだが。

 というか、同世代と全く会わない。赤ちゃんは俺以外に見たことがない。『何? 赤ちゃんって世界に俺だけなの?』って思うぐらい。外には一応連れていかれたりするんだがね。


「―――?」


 あと、一つ問題がある。

 それは生理的現象が起こる時、俺の本能で体が動き、俺の制御から外れるという点だ。

 つまり汚い話、排泄したら体を動かせなくなって体が勝手に泣く。そしてされるがままにオムツを替えられる。

 精神年齢がかなりいってるおっさんからしたら、オムツを替えられるのも母親からお乳をもらうのも耐え難い屈辱だ。

 赤ちゃんプレイとかいう特殊性癖は持ち合わせていない。


「―――!」


 そうして、俺は今日もおむつを替えられる。

 いや、まあ流石にいい加減慣れてきたもんだよ。最近じゃあ、即座に意識を切り離して心を無にすることによって難を逃れているわけだし。

 ああ、割とどうでもいい事だがこの世界の文明レベルは結構高い。そして家の物品を見て、なんとなく察しがついた。魔力が使われてるんだな、と。


 そうだ、魔力だよ。

 魔力が見える俺にとっては、日常風景は異常という一言では片付けられないほどおかしかった。

 現代ほどではないものの、簡素な冷蔵庫ぐらいなら普通にあり、電気、水と至る所が魔法によってなされていたのだ。それによって現代日本に住んでいた俺にとっても、そんなに苦しくない生活を送れている。

 そして、なんとこの世界の住民は日常的に魔法を使えるらしいのだ。

 手を洗う時に普通に水を出したりとかをしょっちゅう見る。つまり、この世界において魔法は誰にでも使えるようなものなのだと思う。


 ならば、だ。俺にだって使えない道理はない。



 取り敢えず第一目標は魔法使いになる、ということにしよう。

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