幸福の魔法使い
霊鬼
プロローグ
魔法に憧れる男、死す
あなたは、魔法を信じるだろうか?
恐らくは大勢がこの質問には『ノー』と答えるだろう。
一部の厨二病だったら『イエス』と言うかもしれないし、もしも俺が知らないだけで魔術結社なんていうものが存在するならば本当の意味で『イエス』と答える人もいるだろう。
しかし例えそうだったとしても、魔法というのは空想の産物であるというのが一般常識だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
空にドラゴンが飛んでいないのと同じように、魔法はこの世に存在しないというのが常識である。
ここで、だ。少し突飛な事を言わせてもらおう。
正確に言うなら俺が魔力と呼称するナニカ、ではあるが。
別に病気で幻覚を見ているわけではないし、思い込みの強いヤバイ奴でもない。
まあ生まれてから俺はずっと幻覚を見ている、という考え方もあるのだがそれは虚しくなるだけだからやめておこう。
兎にも角にも、俺には魔力が生まれつき見えた。
恐らく理由としてはこの身に宿る魔力の量が人より何倍も多かったからだ。魔力というのは生物であるなら全てのものに宿っている。つまりは、生物の原動力の一つなのだと俺は考えた。
ただ、ここで勘違いしないで欲しいのは魔力が見えただけで魔法が使えるとは言ってなかったという事だ。
つまり、この時点で幼い頃に魔力が見えるという意味の分からない事をガチで言う痛い子コースが確定したわけで。当然の如く友達なんて死ぬほどできなかった。
誰からかも喋りかけられないせいで、会話が上達しないから余計に会話ができない。最悪の負の連鎖が起きていた。
だがしかし、真面目だったからか学力はそこそこで、いい感じの人生を送れたんじゃないかと今なら思う。
まあ結局ここまでの話を総括すると、だ。
俺は魔力が見えるだけのただのサラリーマンというわけだ。ちなみに結婚もしてなければ、そんな働けたわけでもない。もう40超えたし、結婚も諦めてきてるけど。
魔力とかいう現代日本で一切使わない才能をくれるぐらいなら別の才能が欲しかったところだ。
「あいつ、遅いなあ。」
今日は友人と待ち合わせをしていた。ああ、もちろん男だとも。
俺の見た目は凡庸であり、残念ながら個性もなければ、性格も悪いという三点揃い。女性の目には止まるはずもなく、こちらとしてもコミニケーションが苦手だから話しかけるにも敵わない。
そんな人間にも、友人がいるというのが唯一の救いであろうか。
「あん?」
その時、ふと見えた。
いや見えてしまったというべきだろうか。今の時刻は日が沈む頃、ちょうど昼寝が気持ちいい時間帯かもしれない。
まあだからと言って、居眠り運転が許されるわけがない。他の人も気付いたのか叫び声をあげて逃げ始める。
トラックの運転手は明らかに前を見ていない様子でハンドルに倒れ込み、赤信号を無視して突っ込んでくる。
そしてその先には人が沢山いる横断歩道がある。
「おいおい、やべえんじゃねえか?」
しかしそれで人が死のうが素知らぬ他人。残念ながら助けようとも思わない。ああ、うん。素知らぬ他人だったら、本当に助けるつもりはなかったのだが。
横断歩道には一人の女性が倒れていた。転んでしまって、足を挫いたのだろう。必死に逃げようと体を動かしているがどうみても間に合うスピードじゃない。
そしてその顔は間違いなく俺の会社の後輩であった。
「……け。」
俺は走る。トラックは暴走しているとはいえ、まだ少し遠かったのも理由だ。
しかし普通にやったら間に合わない。そもそも一般人が救出活動をするというのに無理があるんだ。こういうのは主人公ポジションの人間がやるべきだろう。
多分今助ければ顔さえ良ければ惚れてもらえるんじゃない? 生憎顔が平凡かそれ以下のこの俺では主人公にはなれないのだろう。
「頼むぜ、成功してくれよ……!」
しかしそれでも、今週まで一緒の職場にいたやつが来週からいなくなるのは妙に居心地が悪い。それが優秀な新人であり、目の前で死なれるのなら尚更だ。
それに俺もこの魔力が見えるという能力で、魔法を使おうと試したことがないわけではない。
身体中の魔力を肌の表面に沿わせて纏う。そして地面を蹴る。多分この一瞬なら俺は世界記録を狙えるスピードを出しているんじゃないだろうか。
「え、先輩?」
抱き抱えて逃げる、のはちょっと無理。
もうトラックがそこまで来てるし、何よりこの魔力による身体能力強化は、パワーのセーブが効かない。
恐らくは抱き抱えようとしたところで彼女の骨をぐちゃぐちゃにして、そこで二人そろって仲良くお陀仏してしまう。
俺は身体能力強化を切り、後輩の体に触る。
魔力を突き出すようにして放つ。そうすることによって明らかに物理法則を無視した威力で物体は飛んでいく、という魔法だ。
人に試したことはないが、上手くいったようだ。
「……はあ。」
俺は心底嫌そうに溜息を吐く。俺の足はもう動かない。
魔力強化とかいうこの力を使えばオリンピックに出れたかもしれないが、俺の足はこれを使う度に折れる。
走れば走るほどグチャグチャになり、下手をしたら治らないレベルまでいってしまう。だから今まで使えなかったわけだ。
ああ、なんで助けたんだろうな。自分が代わりに死ぬって分かってたろうに。この年になって英雄願望でもあったのだろうか。
別に俺が死んで困ることはないのだが、唯一申し訳ないのは友人だろうか。折角久しぶりに遊ぼうってのに片方が死んじまったら、それもできないってもんだろう。
いや、あいつなら俺の死体を見て笑うかもしれん。俺が言うのもなんだが碌なやつじゃない。
俺の体の横から大きな衝撃が加わった瞬間。俺は意識を失った。
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